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溺愛と腹黒―3―

少しペースが速いです。正月だから。仕方ない。

彼の家の扉を開けるのに、これだけ躊躇したことはなかった。散々迷い、出した結論をはしからひっくり返し続け、心を決めたその瞬間から更なる迷路にはまり込む。


 これまでの17年間の中で探せば、今日にいったい何があったというわけでもない。現象としては今までもこれからもなんら特別なものでもなく、良くあることだろう。

 むしろ、私が昔に彼への恋心を自覚した時の方が激動したと思う。私が彼をいわく言いがたい恥ずかしさから避けてしまい、三日目に彼が初めて見る無表情さで私の部屋をこじ開けて入って来た時の方が大騒ぎになったはずだ。


 数えきれないくらいに毎日何度も、当たり前のようにノブにかけていた手が震える。

 これから、自分勝手な感情で彼を傷つけるのかと思うと罪悪感が芽生えた。

 

 シミュレーションは腐るほどした。怒るところも、呆れるところも、無関心に受け流される回数が圧倒的多数だったが頭の中で経験済み。

 『明日からは幼馴染というより、顔馴染でいきたい』

 『もうご飯を用意してくれなくていい。夕飯も、一緒に取らない』

 『この先、彼女が出来たとしても報告はいらない。私も、報告しない』

 …その場になってしまえば口にできないんじゃないかと恐れて、鏡の前で繰り返して発声した。その度ごとに傷付くのは私だけの事情だ。泣く権利なんてない。声を震わせるような薄っぺらさも見せたくない。

十年以上も私を溺愛して、大切に思ってくれている彼をこんな形で裏切ってしまうのだから、むしろ思いっきり誰かに打ちのめしてほしい。

 

 そんな身勝手なわがままは、通らない方が当たり前だ。

 彼の部屋のドアを叩く。無造作な返事を聞いてから足を踏み出す。


 そう。傷口なら一気に深く。広げないように思いやりを持って。

 口にするべきだ。



 「おっとしかし、この展開は想像してなかった」

 「どこの誰に言ってるのか想像もできんがしかし、口をきく暇があったら俺にキスをさせろ。噛んで啜って舐めとるまでの展開なら常に想像済みだ。むしろ切実なる希望だ」


 どすとれーと、照れ無し。むしろデレだ。デレデレで……発情中、だ。


 私は、彼の下で、目を瞬いた。



 いったい何がどうしてこうなったのか。私としては引導を渡したかったのだ。

 物心つく前からの幼馴染でいまだにお隣に住む、同級生の彼。

 いつの間にか私の恋愛対象としてゆるぎなく第一位を獲得し続け、腹立たしいことに他の男子には目を向けることを放棄させ、私の心を容赦なく揺さぶる男だ。

 

 知ってるだろうか。私は、平々凡々、毎日の繰り返しの延長である今日を望み、明日を願う。変化は嫌いなのだ。

 だって私たちが高校生だから。

 ただでさえ、こんな自分はイヤだから変わりたいとか、何かいい事ないかな? なんてささやかな願望に常に追い回されている。努力しろ、勉強は、などの脳内小人からの叱責付きで、ああ、しつこく再生し繰り返される。平穏だとか、何もない無事な、なんて形容詞が一蹴で消え去るほどの若さという名の暴力に振り回されるわけだ。

 真面目な話、これはもう暴力だろう。

 ホルモンバランスの乱れ、肉欲色欲独占欲と、かてて加えて物欲までもが私たちに襲い掛かる。ちなみに自我と彼我については中学生の時に洗礼にあった。

 あれも大した辛さだったが、いやいやこの肉欲の強さときたらただごとではない。

 睡眠と食事をこよなく愛する私をして、睡眠不足に陥らせる。


 だから。だから私はせめて何事もない毎日を願い、変わることを嫌う。平穏を保っていたいのだ。

 日々は勝手に移ろい、変化を確実にもたらし、周囲の環境を変えていく。

 季節が変わり、太陽が隠れる時間も刻々と変わり、たかが服のサイズですら自分の思うままにできない。

 だったらせめて少なくとも感情だけでも。コントロールしたいと思うのは無謀なのだろうか。

 かっとなったり泣いたり、悲しくなることは避けて通りたい。ただそれだけなのに。


 ……帰り際に、彼を見つけた。駅のホームで、知らない子と話をしていた。


 事象としては、たったそれだけだ。だが、私は、相手の女の子に強烈に嫉妬した。

 息が詰まるとはこういうことか、と。

 物語に書いてあることがこれかと、自分の心臓部分を思わず掴んでしまった。くしゃりとシャツが手の中で音を立てる。皺になる、と思い至り、それでなお一層、どこの誰とも知らない彼女の可愛らしい制服、今どき珍しいセーラー服から目が外せなかった。

 彼が浮かべているそれが、私に向ける笑顔となんら変わりないことに、妬いた。

 楽しそうに笑う彼に唖然として、唐突に体の左側にあるべき体温を恋しく思った。


 そうして、愕然としたわけだ。


 これが、この痛みが恋だというのなら。私はいらない。

 物理的に心臓が痛い。息ができない。こんな苦しさなら、捨ててしまえ。

 ……我を忘れるような感情は。自分で自分が信じられなくなるような黒い感情、どす黒いモヤモヤなんぞはいらん。

 必要ではない。ゆえに。


 切り捨ててしまえ。


 私は、立ち尽くしていたほんの何分かの間に、そう決心した。

 自分の家にふらふらと辿り着き、切り捨てると決心した、この恋心をどう始末するかを散々っぱら迷いシミュレートし練習を入念にした。

泣いた目まで隠すためにタオルで冷やして後、鉄は熱いうちに打てとばかりに彼の部屋にやってきた、わけだが。

 彼は何事かをぶつぶつ口内でかみ殺しながら、ノートにシャーペンを走らせていた。漏れ聞くだに、先日の実習系課題、構造物の設計の一部分をフォローしているらしい。淡々と関数電卓を叩く、その指にうっかり見とれて私は開けかけた口を閉じる。


 畜生。出ばなをくじかれたか。


 専門課程で使う関数電卓は普通の電卓よりずいぶんと小さいキーで構成されている。彼はこの上で素早く数字を叩き、関数部分をミスなく打ち込んでいくようだ。綺麗だと感じた時には、私はもうきっとコレに溺れていたような気がする。コレとはつまり、彼の白く節のハッキリと浮き出た長い指とか、一筋縄ではいかない性格だとか、黒髪なのに重たく見えずに耳を半分隠している横顔だとかのことだ。


 くそったれめ。この期に及んでコイツに欲情するとか、大概にしろよ馬鹿野郎。


 私は自分自身に悪態をつき続ける。彼が私の気配に気が付き振り向いて片手を振り、ベッドの上へと誘導した。枕元には私の読みたかった新刊がある。

 テーブルの上には、美味しそうなおやつと、簡単な水屋にはきっとお湯の沸かせる簡易ポットが水の入った状態でスタンバイをしているはずだ。くそぅ、くそっ。


 駄目だやっぱりこれはいま口を開かなければ私はコイツから逃げるなんてできない。


 そう。そうして意を決して練習したとおり、「もう二度とこの部屋には来ない。お前とも絶対に話さない。縁を切らせてくれ」と一気に吐き捨てた。

 …いや、弱冠、練習とは違っていたようだが。おかしい、あれだけ繰り返した単語はどこに行ったか。

 あれ、と首を傾げたが私はどこまでも本気だった。笑わずに、固まってしまった彼の顔を見返す。ややして、ぱちりと音がした。彼の手の中のシャープペンシルがノートに叩きつけられたのか。

 製図用の0.4mmを使っているので、簡単にはへし折れなかったらしい。

 椅子はきしみもせずに滑らかに動きベッドボードにぶつかった。こいつから目を離したのはほんの一瞬。その隙に彼は距離を詰め、私の腕を掴んで腰を引き寄せる。

 体が密着してから、私の髪の匂いと彼の体臭が入り混じった。

 ……こんな時になんだが、これはアレだな、萌えるな。

 別に私は冷静だったわけじゃない。ただ、私には切れると冷静になるという悪癖がある。彼は十二分にそれを承知しているから手加減もしない。ぐるりと視界が回った。背中には布団の感触。またも一拍遅れで、彼の生活臭に包まれる。


 「おっとしかし、この展開は予想してなかった」


 

私は目を瞬かせ、展開が予想外に斜め上になってきたことに。


戸惑った。




引いてますが、大丈夫です。いつかは更新します。

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