1.溺愛と腹黒―1―
こんにちは。拍手用小話をまとめることにしました。
腹黒と溺愛の一話目ですね。大幅に改稿してますので、違いをお楽しみください。
たとえば私が、誰かを好きになったとしよう。この場合いくつかの選択肢ができる。
1、告白する。
2、しない。
いくつかと言っておきながらいきなり二つで終わってしまったが、まぁいい。大きく分けるとどちらかにしか進めないはずだ。
そうして、この1から派生していくルートで細かく分岐されてめでたく、最終的に意中の人とお付き合いする、しない、に辿りつくと思われる。ここまでのルートも千差万別だし、ここからのルートに至ってはちょっと膨大すぎるので言及しないが。
幸せな奴らは皆もれなく爆発すればいいと私は思っているので、詳しく言いたくないというのも、正直に言えば、ある。
「で、どうして私には、その『恋に落ちる』という選択肢すらないのか聞きたい」
「んー?あるよ?俺限定だけど」
わざと前振りもせずに唐突に聞いてみたが、実にあっさりといなされてしまった。少しは驚いてほしい。私の告白が浮いたようで理不尽だ。
手にした文庫本から目を上げ、口角を吊り上げる彼の笑い方は、人によっては、ふんわりと、という形容詞が付くはずだ。
だが彼はそんな優しい言葉で飾れる人間じゃない。私の惚れた欲目で評価が半分、つまりどう贔屓目に見ても、あくどい、とか、たくらんでる、の単語しか思い浮かばないのだ。
笑んでるはずなのにどうしてそうなる。
鏡を見て研究しろ、研究。
「せめて目だけでも笑えば、そこまで腹黒い印象にならないんじゃないか」
「腹黒って直接的だね。っていうか、お前だけじゃない?俺にそこまで言うの」
彼は肩をすくめてさらりと受け流し、手の中の本に目を落とした。
くそう、授業中にぽっかりとできた自習中のわずかな隙間を縫った息抜き、と見せかけたなんら本心のこもっていない今日の忠告タイムはここで終わりか。
…あれ?忠告はしたか?口に出しては疑問と批判しかしてない気がするが。
湧いた疑問はぎゅるぎゅると鳴った腹の虫で、些細なことへとトーンダウンされた。
空腹に勝る問題があるだろうか。
いや、ない。
「ああ、ところで腹が空いたから」
「購買に行くよりも、ここにお前の好きな手作りのタルタル付きカツサンド、同じく手作りの、キャラメルピーナッツがたっぷり塗られたくそ甘いサンドイッチ、そして全粒粉メインのドライフルーツたっぷりグラノーラバーがある」
「おぉぉっっ!? マジか!」
「マジだ。ついでにミルクティー、カロリーオフのフレーバーティー、緑茶はこっちの袋にはいってる」
昼休みに入る前にひとっ走り、学食寄りにある購買に走ってくるか。
腰を上げる私に、彼は淡々と口調も変えずに足元のカバンから次々に袋を取り出す。
出てくる食べ物全てが、読心魔法を使ったかのように私好みだ。
ちくしょう、これだからコイツと一緒にいるのが好きなんだよ。
女友達も楽しいし、親兄弟も好きなんだけど、最終的に一番は、ああもう悔しいことに、コイツしかいないんだよなぁ。
「野菜はどこかで俺が食わせるから、とりあえず」
「やぁしかし、お前はガチで便利だよね。手放したくないわぁ」
野菜の話題から高速で離れようとおだててみたが、流し目のあげくに鼻で笑われた。
くそ、栄養士の言うことに踊らされやがって、いい子ちゃんめ。人は野菜がなくても生きていけるんだぞ。
脳内で歌う言葉すらも読まれたらしい。にやにや笑いながら、彼用の昼食に用意された濃い、本格的な野菜ジュースを目の前で振られてしまった。
それは嫌だ。
今日も今日とてどこか負けた気分でいっぱいになりつつも、実は私は幸せだ。
幼馴染の彼は異常に面倒見がいい。できると言っている私の意見を無かったことにして、毎日の昼食まで用意するほどだ。さすがに食費は気が向いたら入れるようにしているが、しかし、受け取ってもらえた金額は華麗にターンを決め、私のためへと使われているので意味があまりない気がする。
ああ、気の利く幼馴染が見返りもなくただ溺愛してくれてるなんて、この幸せはいつまで続くのか…とか思っていたのが十年ほど前なので、ぶっちゃけて言えばこの状況は私にとって意外なのだが。
でもいつかは、こいつにも彼女ができるだろう。私は知っている。
男女間の幼馴染なんてそんなものだ。
どれだけ居心地が良くても、いや、いいからこそ、か。
過ぎ去っていくのが惜しい時間ほど、必ず終わる。それはこの場合、学生時代の終了と同義だろうけど。
「手放したくなければ、そうしろよ」
「手の中にこぼれたミルクを飲むか飲まないかの問題じゃないか?」
呆れたような彼の突っ込みに、英語でのことわざを少しもじって返してみる。覆水は盆に帰らない。手で受けたこぼれたミルクを飲めば、こぼれなかったことになるか?
手も口も汚れてしまうだろう?
起きてしまった問題は解決できるが、始末は必ずついて回る。それが楽しいか面倒なだけかはともかく、どんな類のモノであろうとも。
だから私は、居心地のいい幼馴染の関係を、一瞬かもしれない恋心で崩したくはない。
私たちの間に流れている空気の均衡がおかしくなるとしたら、彼が去っていき、私がどんなに泣こうが喚こうが関わり合いのない、隣人ですらない赤の他人になってからだ。
肉欲の伴った恋人へのあこがれは当然ある。溺れてしまうなら今だと、脳内の理性が唆してくる。そんなずるい、したたかな判断は感情ではなく理性が下すものだ。
ああまったくもってくそったれめ。
私は恋がしたい。けれども相手はもう特定していて、他の人をいまさら見つけられない。
私は、布団で朝から日が暮れるまでいちゃいちゃしたい。
でもきっと、その相手は彼じゃない。
彼じゃないと、いやなのに。
私は、サンドイッチを頬張りながら彼に目で感謝を伝える。今日も旨い。おばさんと彼には盆暮の付け届けもするべきだろうか。
まぁ、ジレンマすらも楽しめばいいのだ。高校生の時間は思ったよりも短くて長い。どたばたすることまで含めて、いっしょくたに味わってしまえ。
「いいけどな。俺は、手放す気もよそ見させる気もないから」
そう言って笑う、空気と同じくらいに大切な幼馴染の男なんぞ。
誰かと、とっとと幸せになってしまえばいい。
しまった、コレ本来なら「柿木さん」でいいじゃねぇのよ?!と思いついた時にはもう書き上げてました。
キャラまるかぶり。