反撃開始
『……無様だな』
誰もいなくなった部屋に、カーリーの低い声だけが響く。
「皆……」
今、1人の少女がその地に降り立った。 少女は周りを見渡す。 あるのは……死んでいった仲間たちの亡骸。
「時を破壊すればこんなの簡単にできる、けど……」
まだ未熟な彼女には、時を操ることはできない。 今まではカーリーがいたからできたのだ。
「ならば自分ができる魔法で精一杯戦うのみ」
少女は決意を固め、にやりと笑う。
その少女の名は、山口愛加。
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愛加……戦ってる。 あたし達6人がかりでかかっても倒せなかった相手に。 やっぱり、愛加に成りすましていたカーリーなんかとは姿が違う。
瞳だって彼奴より澄んでいるし、何よりオーラっていうのかな、それが違う。
ゴメンね愛加。 私は愛加の約束を破った最低のやつなのに、仇だといって彼奴と全力で戦ってくれている。
あたしは死んじゃったからこうやって見ていることしかできない……。 やっぱりあたしは愛加に何もできないの……!?
『そんなことはないです』
その声は……女王様?
『明菜さんの魔法を使えば、皆さんの力を集めて愛加さんに送れます。 それを芽紅さんの魔法で増幅させれば、彼奴に勝てるかもしれません』
本当……ですか!?
『しかし、これは危険な賭け。 失敗すれば皆さんも愛加さんも死んでしまいます』
愛加にまで被害が及ぶ可能性があるのか……。 でも、可能性があるならやるしかない。 集めるだけ集めて、愛加にどうするか聞こう。
『それでいいのですね?』
勿論……あたしは、どれだけ犠牲になったって構わない。 発端はあたしなんだから、あたしがけりをつける。
「私たちも、でしょう?」
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気が付くと、私はさっきの部屋に立っていた。 ふと足元を見ると、私の死体が転がっている。 そうか、私カーリーに殺されて……。 ああ、私の死体はなんて無残なんだろうな、なんて考える。
前方に目をやると、愛加とカーリーが戦っている。 ……え!? 愛加!? どうしてカーリーから出てきているの!?
いや、今はそんなのはどうでもいい。 愛加……。
「皆を傷つけた仇……とらせてもらうから!!」
死んでしまった私は、何もすることができない。
愛加、どうして? 私たちは一度とはいえ、あなたを敵視していたんだよ? なのにどうして助けてくれるの……私は……本当に何もできないの?
『------皆さんの力を送れます。 そうすれば、彼奴に勝てるかもしれません』
この声は……女王様? 後ろのほうから聞こえてくる……。 確か私の後ろは明菜と女王様が死んだところのはず。 てことはまさか……。 淡い期待と共に、私は後ろを振り向く。
思った通り……女王様の話し相手は明菜だった。 一瞬、生きているのかと思ったけど、明菜の近くにある明菜の体をみて、すぐに死んでいるのだと分かった。
『しかしこれは危険な賭け。 失敗すれば皆さんも愛加さんも死にます』
僅かだが聞こえる話し声。 きっと女王様がわざと皆に聞こえるように仕向けているのだろう。 この距離で聞こえるはずがないもの。
「勿論……私はどれだけ犠牲になろうが構わない」
明菜は……決意を固めていた。
「芽紅先輩!」
横から聞こえてきた、まどかちゃんの声。 安心感を覚えた。
「先輩……今の話聞きましたか?」
「もちろん。 まどかちゃんは……どうするの?」
「そんなの、答えは既に決まってるじゃないですか」
まどかちゃんは私に向かって、ニコッとはにかんだ。 私もこくりとうなずいた後、少し遠くにいる明菜に大声で言った。
「私たちも、でしょう?」
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ものすごい轟音と共に意識を取り戻す。 私……死んだんだよね? じゃあここは天国かあの世? なんて考えは戦っている愛加先輩とカーリーの姿を見て覆された。
「カーリー、一つだけ言っておくよ。 皆は……無様なんかじゃないから!」
そんな愛加先輩を見て、私は後悔した。 どうしてもっと早く愛加先輩の気持ちに気付けなかったのか。
正直、愛加先輩のことは苦手だった。 話に混ざってこようとしないし、大人しすぎて何を考えているのかわからない。 そう思っていた。
けど本当は全然違う。 あの態度も心の闇があったからで、本当は私たちをずっと好きだったって、今になって気づいた。
会いたい、話したい。 そして謝りたい。 けれどそれは過ぎた願い。 死んでしまった今、私は償うことも、今愛加先輩を助けることもできない。
何が仲間だ。 先輩1人助けられないで、何が……っ!!
『------えば、皆さんの力を送れます。 そうすれば、彼奴に勝てるかもしれません』
ななめ後方から声が聞こえたのは、そんな時だった。 この声は……女王様かな? そう思って後ろを振り返った。
でも、女王様だけじゃなかった。 明菜先輩までいるのだ。 生きている……わけないか。
『しかしこれは危険な賭け。 失敗すれば皆さんも愛加さんも死んでしまいます』
なるほど……。 まとめると、危険だけど状況を変えられる方法があるってことか。 それも、皆の力を使うことによって。
「私は、どれだけ犠牲になっても構わない」
やっぱり、明菜先輩ならそういうと思った。 けど、「私は」ってどういうことですか? 一人で背負う気ですか? そんなこと……させませんよ?
横から人の気配を感じた。 その方向に顔を向けると、芽紅先輩がいた。 私は決意を固め、芽紅先輩の元へ駆け出した。
「芽紅先輩!!」
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俺は最初に死んだ。 だから、全員の死を見てしまった。
芽紅とまどかがカーリーにかかっていって吹き飛ばされたところ、羽矢斗が背後から攻撃されたところ、ピリアーが消滅したところ、女王が脳天ぶち抜かれたところ、そして……明菜が心臓を貫かれたところ。
元はと言えば、俺がもっと強力なバリアを張っていればよかったんだ。 あれが壊されることがなければ、皆死ななかったのかもしれない。
俺は……なんて無力なんだろうか。
『……無様だな』
カーリーのその一言が重く、確実に俺にのしかかる。 このまま……終わってしまうのだろうか。
「皆……」
その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。 それは明菜でも、他のやつらでもない。 1か月ぶりに聞いた声。
愛加。
彼奴は俺たちを見ると、何かを決意したようにカーリーに攻撃を始めた。
「もう、お前の自由には絶対させない。 皆は私が助ける!」
……は? あいつ馬鹿か? 俺たちはここにいる間、ずっとお前と対立してたし、なによりお前が俺たちに距離感じてたろ……。
くそっ! 俺……何もできないのか?
『------使えば、皆さんの力を送れます。 そうすれば彼奴に勝てるかもしれません』
一筋の希望といったところだろうか。 少し遠くから声がする。 この声は……女王か?
耳を澄まして話を聞いてみると、近くに明菜もいることがわかった。 どうやら明菜の力を使えば彼奴に勝てるかもしれないらしい。 危険な賭けだが。
「私は、どれだけ犠牲になったって構わない」
やっぱりな……明菜ならそういうと思った。 けど、お前だけに背負わせるわけないだろ。
俺は覚悟を決めた。
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俺……馬鹿すぎるだろ。
まどかがあいつに殺されて、それが許せなくて逆上して、先輩の言うことも聞かずに1人で立ち向かって……。
結局なんの役にも立ててないじゃないか。 まどかだって守れなかった、俺はあいつの彼氏なのに。 彼奴にも勝てなくて、弱くて。
そんな時、明菜先輩と女王の会話を聞いた。
-明菜先輩の力を使ってみんなの力を集めれば、彼奴を倒せるかもしれない-
それを聞いたときは、本当にうれしかった。 無敵と思われた彼奴に勝てるかもしれない。 まどかの仇を取れるかもしれないと。
しかし、代償に課せられたのは、消滅するかもしれないというリスク。
消滅……どうなるのかな。 やっぱり消えてしまうんだろう。
コワイ。
嫌だ、消えたくない。 消えたらなくなってしまう。 怖い。 どうなるかわからない。
「何言ってんだよ」
……颯介先輩!? どうしてここに?
「どうしたもなにもねえよ、お前そんなもんだったのかよ」
そんなもんって……どういうことですか?
「自分でまどかの彼氏って言い張ったんなら、最後まで守り抜けばいいんじゃねえのか? 少しでも助かる望みがあるなら、それにかけようって思わないのかよ?」
まどかの……彼氏。 俺が。
「俺だったらそうするな。 助かる可能性を何もしないうちに捨てはしたくない。 大事な人が助かるなら俺は消えたってかまわない。 彼氏って言い張るんならそのくらいの覚悟で行けよ」
……そうだ、俺は大事な人を守らなければいけない。 そのためにも……俺はやる。
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愛加さんもこんな気持ちだったんですね。
仲間を襲いたくないのに、体が勝手に動くこの感覚。 この体自体は僕のものではないけど、そんな感覚がする。
いい気分ではない。 いや、むしろこんな感覚早く捨ててしまいたい。
このまま感覚を閉ざしてしまえば楽になれるだろうか……。 でも、そんなことしたらこいつはさらに強くなって、愛加さんが死んでしまう。
だから……僕は自我を保ち続けなければ。
さっきから聞こえる、皆の声。 どうやら反撃の準備をしているらしい。
……僕にも聞こえる!? じゃあ、こいつにもきこえているんじゃないのか!?
だとしたら危ない……! みんな気を付けてくれっ!!
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それぞれが、それぞれの思いを馳せる。
故に、全員が決意を固めた。
今……軽音同好会の仲間が、反撃を始める。
勝利を信じて。