イシヲツグ
「先輩……こんなのってアリっすか……。 女王様も、颯介先輩も、明菜先輩も、芽紅先輩も、まどかも……」
僕の隣で、羽矢斗がその場に膝をつく。 その表情は、「絶望」という言葉がふさわしかった。
「ここはゲームの世界で、この展開……おそらく彼奴はボスキャラだ。 ボスじゃない愛加にさえ歯が立たなかった僕たちに、彼奴が倒せるのかどうか……」
「そんな……」
状況は絶望的だ。 僕たちは彼奴より力がないし、既に仲間と、自分の彼女まで殺された後の羽矢斗の精神状態では本気で戦うのは無理だろう。 何か、この状況を打破するものはないだろうか……。
「とりあえず、羽矢斗の創造魔法で何か強力な壁をつくってくれないか? その間に僕が作戦を考える」
「わ、わかりました……っ!」
「それと、絶対に戦うなよ。 戦ったところで結果は目に見えてるから、本当に危険になった時だけ攻撃、いいね?」
「はいっ!」
そういうと羽矢斗君はがれきで壁を作り、僕たちと彼奴の境界線が出来上がった。
「ピリアー先輩、なるべく早くお願いします!」
「わかった!」
状況を整理しよう。 彼奴はカーリーという殺戮の女神で、悪魔。 おそらく山口さんは彼奴に憑りつかれているのだろう。 そして今まで僕たちを襲っていたのも山口さんではなくカーリーだ。
……あれ、じゃあ山口さんはどうなっているんだ? 憑りつかれているだけだとしたら、もしかしたら……この方法なら、状況を打破できるかもしれないっ!
「ピリアー先輩……もう限界です……っ」
「羽矢斗……作戦を変える、とにかく一旦ここを離れるから、その壁崩して土煙おこし「うああああああああああっ!!!」羽矢斗!?」
壁が崩れるのと同時に、羽矢斗はカーリーのもとに駆け出して行った。
「俺は創造属性……どんなものでも創れる、てめぇを倒せる武器だってなぁ!!」
「羽矢斗よせっ!!」
僕は急いで気を集中させ、羽矢斗を安全なところに移動させるために魔法をかけた。 だが……。
「なんで……移動できない!?」
これには僕だって慌てる。
「くそっ! 『ワープ』!『ワープ』! ……なぜっ!?」
どれだけ唱えても、どれだけ叫んでも魔法が使えない。 そんな僕に、1つの答えが浮かんだ。 大概のRPG系のゲームは、ボスとの対戦になるとそこから逃げたりできなくなる。
「それがここにも反映されてるっていうのか……」
羽矢斗は劣勢ながらも、何とか戦っている。
「羽矢斗っ! 戻ってこい! 黒瀬さんがいない今、それは無駄に魔力を消費するにすぎないんだ!!」
「死ねよ! 先輩達を……まどかを返せええええええええっ!!」
そして羽矢斗は、カーリーに切りかかる。 しかし、その刃が彼奴にあたるわけもなく、彼奴は羽矢斗の背後にまわり……。
『……その威勢だけは認めてやる』
「羽矢斗おおおおおおおおおおおっ!!」
カーリーが持つ刃が、羽矢斗を貫いた。
「せん……ぱ……」
死に際に羽矢斗が流した涙は、僕の目にもはっきりと見えた。 僕の中の憎しみが倍増する。 どうにかなってしまいそうだ。
「落ち着け……今ここで僕が狂えば、それこそ皆の死が無駄になる」
僕は大きく深呼吸をした。 一か八かだけど、1人でやるしかない!
「……『ワープ』!」
僕は彼奴の意識の中へと移動した。
暗闇の中、山口さんを探す。 ……いた、あそこだ。
「山口さん! 聞こえますか!?」
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「どうしてピリアー君がここに……」
「話はあとです、それより、協力してください!」
「協力……?」
「カーリーと同じ破壊属性を持つあなたがカーリーから出てこれれば、この状況を打破できるかもしれないんです!」
状況を……打破? 今更?
「ピリアー君、あなたならわかるでしょう? 皆死んじゃったじゃない。 どうして今更状況を打破する必要があるの? 仮にカーリーを倒せたとして、皆が生き返るわけでもないんだからさ……」
「皆が死んだという事実を『破壊』すればいいじゃないですか!」
「無理よ、破壊属性で人の生死を操ることはできないの。 これができてたなら今頃私だって動いてる」
「それができなくても、カーリーを倒すことは僕たちにとって必要です、カーリーを倒さなければ元の世界に戻ることも、何もできなくなる!」
「既に何もできないじゃない! ピリアー君もわかったでしょ、彼奴がどれだけ強いか! それに私は門名をこんな目に合わせた元凶なんだから、皆憎んでるよ! 私なんか生きていいはずが……っ!?」
突然、私の周りを温かいものが包んだ。 一瞬何が起こったかわからなくて動揺したけど、すぐにそれはピリアー君だと分かった。
「……いつまで弱くいるつもりですか、何もしないのにどうして諦めるんですか? 実際にやってみなければ、結果は案外わからないものですよ?」
「っ!」
ピリアー君が言うことが、私の心に深くのしかかる。 ああ、これは、颯介君に言われたのと同じだ。 私は弱虫で、すぐあきらめて……。
「愛加さん、誰も愛加さんを憎んでなんかいませんよ、きっと皆も、皆の意志が愛加さんの中で生き続ければ本望なんじゃないですか?」
「……」
皆……憎んでなんかなかったんだ。 私の自分勝手でこんなことになったのに……。
「それに、僕だって皆の仇を取りたい。 愛加さんもそうでしょう? 力を……貸してくれませんか」
「……できることならそうしたいよ。 だけど……誰かがこの中にいないと彼奴は完全体になって、もっともっと強くなっちゃうの」
「あれがもっと強く……!?」
そう、私が諦めていた一番の理由はコレだ。 彼奴は私を彼奴の中に閉じ込めることにも魔力を使っているから、まだあれは6割位の力。 10割なんか出したら、勝ち目はない。
「……誰かが中にいればいいんですよね?」
そういうと、ピリアー君はスッと立ち上がる。
「そうだよ……ってピリアー君まさか! だめだよ!」
「僕の魔法だけじゃ彼奴を倒せない。 だから、愛加さんが出るのが正解だと思う」
「どうして!? 私が出て行ったって何の役にも……」
「愛加さん……キツい言い方をするけど、その自分勝手な行動が皆の死を無駄にすること、まだわからないんですか? 僕たちがこうなったのは自分のせいだって自覚しているのなら、どうして今行動を起こそうとしないんですか!?」
「っ!」
ピリアー君がいつもとは違う、冷たい表情でこちらを見る。 ……本気で怒ってるんだ。 私はようやく、ここで事の重大さに気が付いた。 今までは、気が付いたふりをしていたのかもしれない。
「ごめんなさいピリアー君……私、行くよ」
「……ありがとう」
そういうと、いつもの笑顔を見せてくれた。 ピリアー君は私に手を添え、大きく深呼吸をする。
「……『ワープ』」
すると私の周りを光が包み始める。 そして、ピリアー君の姿は消えてしまった。 最後に何かを言っていたようだが、私には聞き取ることができなかった。
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「行っちゃった、か……」
覚悟はとうにできていたのに、なぜか不安と恐怖が押し寄せようとする。 耐えなきゃ、愛加さんだってこれから頑張るんだから。
……けど、最後に「好きです」って言ったのは、聞こえているといいな。