これもまた、1つの幸せ
『…本当に?』
え?
『本当にこれでいいの?』
この声…愛加?
『皆にも見捨てられて、こんな終わり方でいいの?』
…もういいんだよ。どうせあたしは愛加を見捨てた、生きる価値のない人間なんだ
『…そんなことないよ、明菜ちゃんはいい子。 それはあたしが一番知ってる』
…あなたは何がしたいの?
『今の時を破壊すれば、あなたが戻したい時まで戻せるよ』
そんなこと、本当にできるの?
『私は破壊属性なんだよ?そんなの容易いことね』
じゃあお願い!あなたが相談してきた時まで戻して!…一人はイヤ
『わかった。あなたが望む世界へ。『ライプ』』
愛加の手に現れたのは、一つのボタンだった。上には、こう書いてあった。
コンティニューしますか?
YES NO
『さあ、ボタンを押して』
あたしは迷わず、『YES』のボタンを押した。 すると暗闇から一筋の光が現れ、あたしを包み込んだ。
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「-----菜、起きなさい明菜!!」
「ふえ!?」
母の怒号で目が覚めると、あたしは自分のベットの上にいた。 現実世界のあたしの家の。 カレンダー付時計の日付を見てみると、10月27日だった。
愛加が失踪したのは10月28日。 つまり、本当に時が戻ったんだ。
「明菜、いつまで寝てるの!もう8時よ!」
---そして、登校時間は8時30分なのに、時計は8時を表示していた。
「うっそおおおおおおおおお!!」
あたしは大慌てで着替え、階段を下り、途中でつまずいて階段から落ちるといういつもの儀式なるものをして、トーストを加えて家を飛び出た。 しかし、案の定遅刻してしまった。
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「あーきなっ!」
聞き覚えのある甲高い声。 この声は、萌花だ。
「萌花、どうしたの?」
「今日の昼休み、ベランダでみんなで一緒に雑談しない? もちろん、お昼食べ終わってからでいいからさっ!」
「あー…ゴメン、今日は昼休み用事があって」
「ウチの頼みを断る気なの?」
…ここで断ると、あたしは明日から仲間はずれにされていじめられる。 けど…。
「そうだよ、…ゴメン」
あたしの決断に、教室内がざわついた。
「へぇ…そうなんだ、じゃあこっちにも考えがあるから」
そういって、萌花はあたしから離れていった。 次の授業から、クラスのみんなが口をきいてくれなくなったのは言うまでもない。
…そして昼休み、穏やかで優しい風が吹く中、あたしは愛加とお弁当を食べた。 あの時が、近づく。
「ねぇ明菜ちゃん、相談があるんだけどいい?」
…きた。 今度は間違えない。
「うん、いいよ。どうしたの?」
「…実は私、中北さんたちからいじめられてるの。」
「中北さん?萌花のこと?」
「うん、私のこの大人しい態度が気に入らないからって、1ヶ月前くらいから聞こえるように陰口言われたり、靴とか隠されたりしてるの」
「え…」
知らなかった。 愛加は軽音部ではそんなこと一度も言ってなかったし、そんなそぶりも見せてなかったから。 だから、前の愛加はあたしに相談できずに消えちゃったんだ。
「そうだったんだ。 先生に言っても萌花の家は権力あるから何も動いてくれないだろうね。」
「だから誰にも相談できなくて、だから明菜ちゃんにと思って…」
「愛加…」
そしてあたしは、あることを思いついた。
「軽音部の皆にも相談してみよう」
「え?」
「だって軽音部の皆はあたし達以外校舎違うから、この状況をわからないでしょ? だから、相談しても皆に被害はないと思うからさ」
「でも、それでみんなが離れていったら…」
「あたしがいるよ。 あたしもさっき萌花にはむかっちゃったからさ、もう口をきいてくれる人は愛加しかいないし」
「わかった、そうしてみよう」
あの昼休みは、無事終わった。 大きな代償はあったけど。 帰り際に愛加が何かを呟いたような気がしたけど、多分空耳だろう。
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放課後、軽音部の皆に愛加のことを話した。皆は、大層驚いた様子だった。
「そんな…愛加ちゃんがいじめを!?」
「うん。 あたしたちの校舎に萌花って子がいるんだけど、その子に…ね」
「それはひどいですね」
皆が心配してくれていたけど、颯介だけが冷たい態度をとっていた。
「なら、なんで嫌だって一言いわねぇんだよ」
「だって、これ以上中北さんにはむかったらお母さんにまで影響が来ちゃうから…」
「いじめは立派な犯罪なんだろ、それをわかってて何もしねぇんだったらただの弱虫じゃねーか。」
「ちょっと颯介君! それはないんじゃないの!?」
「うるせーな! 真実を言ったまでだろ!」
「芽紅先輩も颯介先輩も落ち着いてくださいよ!」
…皆、愛加のことなんかそっちのけなんだ。 皆愛加のことなんかどうでもいいの?
「もういい加減にしてよ! 皆愛加のことも考えてよ!」
「っ!!」
あたしがどなったことで、皆静まり返った。 …ゲーム世界で皆あたしが愛加を仲間外れにしたって疑ったら愛加を心配するようなこと言ってたくせに、どうでもいいんじゃない。
そうか、本当に愛加のことを考えているのはあたしだけなんだ。
「…愛加、軽音部やめよう」
「え?」
「ここにあたし達の味方なんかいないんだから」
「あ、明菜ちゃん!?」
あたしは愛加の腕を強引に引っ張って、部室から出て行った。 残りの皆は、ただ茫然とあたしを見ていた。
…どの位歩いただろう。 気がついたら、誰もいないさびれた公園の前にいた。 歩くのに疲れたあたし達は、ブランコに乗ってみた。
「ゴメンね愛加、強引に連れてきちゃって」
「ううん、びっくりしたけど、大丈夫」
「そっか」
あたしはブランコをこぎ始めた。 サビだらけになった鉄柱とブランコの鎖がこすれあって、キィーキィーと音を立てる。 ブランコだったら、この音は嫌いじゃない。
「…ねえ明菜ちゃん」
「何?」
「私達、もう学校で普通に暮らせないよね。 味方もいないんだから」
「そうだね、今まで通りっていうのは難しいね」
「だからさ、私たちだけの世界をつくらない?」
「あたし達だけの…世界?」
「そう」
愛加はブランコを飛び下りて、くるっとあたしのほうを向いた。
「この間ね、この公園の近くの神社で少し大きい黒い穴を見つけたの。 それはね、ゲームの世界につながっていたんだよ」
「ゲームの世界?」
わざと知らないふりをしたけど、本当はそのことを知っている。 愛加は神社から入り込んだんだ。
「そこから破壊の神って人が出てきて、今のことを話したの。」
「破壊の…神?」
もしかして、愛加が言っていた「あのお方」って、破壊の神のことだったの?
「嘘っぽい話だけど、本当だよ。 話したら、ゲームの世界に私だけの世界を作ってくれるって言ってくれたんだ! だから、明菜ちゃんも一緒に行こうよ!」
「…いいの?」
「どうせ明菜ちゃんもここにはいられないんだし、誰にも干渉されない場所に私達だけでいたほうが幸せなんじゃないかな」
「…そうだね。 わかった、一緒に行くよ」
静かに笑って、あたしはそう答えた。
「やったぁ!じゃあ今すぐ行こうよ!」
愛加はさっきあたしがしたように、ぐいっとあたしの腕を引っ張った。
「待って、心の準備つけてから行っていいかな?」
「あ、そうだよね、戻ってこれなくなるんだもの。 いいよ、私先に神社に行ってるから」
そう言うとあたしの手を放し、先に神社へと行ってしまった。
誰もいなくなってまた静かになった公園のブランコに再び座り、こぐ。
「これじゃあ、愛加がいなくなっちゃうのに変わりはないなぁ。 でも、今度はあたしも一緒だからいいか」
あははっと、笑って見せた。 誰も、いないのに。
心の準備はできた。 どうせ誰も味方はいないんだし、萌花に目をつけられたら親にまで危害が加わるから、これでいいんだ。
あたしは立ち上がり、神社に向かおうとした。 その時だった。
「黒瀬さん!」
「!?」
突如聞こえた声に驚いて、とっさに振り返った。 そこにあったのは、いきを切らしながらこっちに向かって走ってくる、ピリアーの姿だった。