遭難者から原始人に
まるで原始人のような生活を始める事、早二ヶ月。
朝一は持久力をつける為に、海沿いの海岸を往復。
脚のバネや独自の腰の角度などを追求し、わざと疲れやすい走り方をさせる。
尚且つそれなりの速度で走っているから、かなり消耗するのは当たり前。
でもこれを毎日繰り返していれば、脚の筋肉もつくし、何より持久力が得られる。
まぁ最初は、足を動かす度に揺れる二つの脂肪が超絶に鬱陶しかったが、もう慣れたわ。
昼になる前に滝に戻り、果実と魚サン達を貪りまくる。
ガツガツ食うから、傍目から見れば相当下品だろうけど、そんな事はどうでもいいのだ。
食えりゃいいのだ。
腹が満たされれば、それでいいのだ。
偉い貴族さんとかが見れば下品だの、汚いだの、散々に言われまくるだろうけど、そんなのは勝手に言わせておけばいい。
というか第一、釣った魚を焼いて食うのに上品さなどいらんわボケ。
偉い人にはそれが分からんのだ。(経験あり)
それに、俺には今日のスケジュールが山積みなのだ。
飯ごときに時間をさいている暇などない!!
これから腕立て500回と、腹筋300回。
それを1時間でこなせたならば、褒美として10分間休憩。
それが出来なければ、罰として逆立ちしながら森一周。
夕飯時には再び魚達を食い漁る。
食い終えた後は、滝で20分間座禅をしつつ精神統一。
もちろん、全裸でな。
・・・最近、全裸でいる事が当たり前のように化してきたのが悩みである。
でももはや、日課と化してるからどーしようもない。
日が沈む前に、正拳突きを木に500回、回し蹴り300回をあてまくる。
俺は元々剣術主体で戦うのだが、肝心の剣がないからやりようが無いのだ。
いや、最初の頃は木の棒などで素振り300回とかやってたけど、感覚がおかしくなりそうだったから即止めた。
何故か?それは、形の曖昧な木の棒などを毎日振ると、元々あった型などが崩れる恐れがあったからだ。
まあ、その程度で型が崩れたりはしないとは思うが、一度考え始めれば頭から離れなくなり、結局今は剣を忘れて我武者羅に無手の修行を繰り返している。
当初の目的は腕力と持久力を得る事だけだし、単純な腕力を手に入れるだけなら、素振りよかそういった修行の方がよっぽど効率がいいと言える。
超ハードな修行を始める事、早二ヶ月。
少々ぶっ飛ばしすぎな気もするが、これぐらいしないと崖野郎を超えられそうにないから丁度いい。
確かに、最初の頃は海岸一周するだけでもヒーヒー言っていたが、最近は息切れせずに完走できたりするから上出来である。
努力したかいがあったと言える。
そろそろあの崖野郎を越える時も近づいてきたようだ。
残り、後一ヶ月。
当初の目的は三ヶ月以内に腕力をつける事だったから、当初の目的通り後一ヶ月続けるつもりである。
でも、もう既に十二分すぎるくらいに筋肉もくっついてきた。
筋肉といっても、ムキムキという訳ではない。
筋肉をつけ過ぎれば体重が増え、移動速度が貧しく低下する恐れがあったから、俺独自の鍛え方をさせてもらった。
簡単に言えば『凝縮』させるのだ。
一見ただの細腕のようにしか見えないが、実は最も必要な筋組織しか加えられていないという、少々ぶっ飛んだ構造をしている。
これで恐れていた体重の増加も防げるし、以前の速度よりも遥かに速い速度も叩き出せている。
・・・え?どんな鍛え方すればそんな構造になるかって?
・・・それは、あれだ。禁則事項です。
俺も一武術家だ。
わざわざ秘密を暴露する必要がどこにあるんだ。
っていうか、俺は誰に話しかけているんだ。
ついに一人で暮らす生活に寂しさでも抱き始めたか。
・・・アホらしい。
そんな事は、断じてあり得ない!!(汗)
寂しいなんて、そんな訳ないんだからね!!(汗)
そんなこんなで後一ヶ月。
今日も日が昇ると同時に起床し、取って置いた果実を胃袋の中に収める。
うん、いい天気である。こんな日は走りこみに限る。
海岸に向けて朝っぱらから全速力で飛ばし、縦横無尽に森の中を駆け抜ける。
今日は少し力を入れて、海岸十週でもやってみようか?
そんな無茶なプランを頭の中で練りながら、いつも通りに道を駆けていると・・・。
突然、今までいる筈がない、感じた事のない気配を、感じ取った。
「ーーーっ?!!」
全速で動かしていた体を即座に停止させ、姿勢を低くし、気配を最小限に収める。
・・・何だ・・・?
今、森のどこかで、未知数の気配が現れた。
この森には野生の動物はリスやウサギなどしか生息していないし、危険と言える生物は勿論皆無だ。
ああ、言い忘れていたが、彼らにも時たまその命を頂戴させてもらっている。
毎日毎日ハードな修行を繰り返している訳だから、その分消耗するスタミナの量も半端ない訳で。
その分栄養が必要な訳だから、魚だけではなく『肉』も胃袋に入れさせてもらっている。
まぁ何が言いたいのかというと、この二ヶ月間で完全に森に溶け込み、自然に溶け込んでいた原始人コト俺。
もはやこの森は俺の庭と化してきていたから、当然辺りに変化が現れれば、すぐに気づける訳で。
・・・本当に、突然現れた気配。
未知数の気配。不確定な気配。
どこだ、どこにいる。
意識を周りに浸透させ、神経を、五感を最大限に研ぎ澄まさせる。
分かった事は、この気配はリスやウサギ、ましてや狐の物でもないという事。
この二ヶ月間の間で感じた事のない気配・・・。
・・・まさか、人間・・・人間か?!
気配を察知した方向へ音を立てずに忍び寄り、それとは相まって結構な速さで森の中を移動する。
数分という時間をかけて、その正体のいる場所へ到達した。
・・・その正体は、黒い髪をした男の子だった。
大体、12、3歳ぐらいだろうか?
木の陰に隠れ・・・いや、死角となる陰に潜みながら、その正体をじっくり観察する。
顔は、大人しそうな、幼い顔つき。
服は、貴族が着そうな、高級そうな洋服。
でも、俺がいた世界の服とは、どこかかけ離れている物。
だがどこと無く、女が着そうな洋服である事も分かる。
・・・最近の若者は、女っぽい服を着るのが流行なのだろうか。
・・・最近の若いもんの考えは、ホトホト分からんなぁ・・・。
・・・いや、何を阿呆な思考を練っているんだろうね俺は。
今は、そんな事は、どうでもいいだろうが。
肝心なのは、
一体どうやって、気配を感じさせずに、ここまで移動したのか。
一体どうやって、俺の視野を掻い潜って、ここまで移動できたのか。
『転移』系の魔法という可能性もあるが、こうも気配を感じさせずに一瞬で間合いに入ってこれるような、都合のいい魔法は存在していなかった筈。
そんな物があったなら、一国の王や、偉いさん達は暗殺されまくりだろうな。
・・・ならば、もう一つの可能性・・・。
『空間転移』系の魔法は、そこに存在する物体を次元ごと転移させる、言わば転移の力を数百倍超える、最上級の魔法でもある。
それならば気取られずにここまで一瞬で来れたのも、納得が曖昧ではあるがつくし、俺も恐らくそれらの力によってここに連れて来られたのだろう。
そんな無駄な思考を頭の中で繰り広げながらも、男の子の一挙一動を観察する事は止めない。
見た感じ肌も髪も清潔そうだし、貴族であることは間違いないだろう。
でもそんな裕福な貴族様が、最上級である空間転移を使えるとは到底思えない。
ならば第三者がこの子をここへ送り込んできた・・・という事でいいのだろうかな?
しかし、もしそうだとしたら、第三者は『最上級』の魔術師、という事になる。
空間転移系の魔法を使える者は、俺の知る限りでは、指の数程にしか存在していなかった筈だし・・・。
どいつもこいつも気の良い奴らだったから、こんな幼い少年を、こんな何処かも分からない樹海の中に放り込むなんてのは、まずない話である。
・・・分かっているさ、こんな思考が無駄である事ぐらい。
でもここで下手に行動に移せば、敵対して質問に応じてくれない可能性があるのだ。
恐らく、この子はこの世界の住人だろうし、どうやって敵では無いことを示せばいいのか、今考え中なのである。
それにしても・・・、あれ・・・?
今更ながらに気づいたが、様子がおかしい。
いや、様子がおかしいという以前に、まるで動いていないのだ。
歩を一歩も動かしておらず、表情は氷のように固まっている。
一体、何者なんだろうか、この少年は。
こんな幼い子が魔術師・・・なのだろうか。
やはり、危険とは言え、こちらから仕掛けるべきだろうな。
もう結構な時間が過ぎているが、一向に少年の動作が見られないし。
存在するのかしないのかさえ分からない、第三者の存在も曖昧ではあるし。
もう観察するのにも飽きてきたし、危険もなさげに見えてきた。
もう無駄な観察はヤメだヤメ。
人間には言語という意思疎通が可能な素晴らしい物が存在するだろう。
・・・あれ、ちょっとまてよ・・・?
言葉が通じなかったりしたら泣くぞ俺?
そんな、言葉が通じないとか、十分にあり得る話である。
でもそれは、この世界が俺の予測通り違っていたらの話であって、ここがもし別世界でないのなら、それも気鬱に終わるだろう。
でももし、世界が違っているのなら、言語が通じる訳もない。
・・・もういい加減考えるのにも疲れてきたし、隠れて観察するのもやめにしようか。
言語が通じる通じないの話は、実際に試してみれば分かる事だろう。
敵対していないと証明するのには、行動で示せばいい訳だし。
隠れていた茂みから一気に飛び出し、少年の前に現れる。
さて、未だ少年の方は無反応ではあるが、俺は逆に目を輝かせている。
久々に会えた『人』だ。
二ヶ月と言う長いとはいえ、短い期間を森の中で一人で生き抜いてきた。
そんな俺にとって人に会えた事の喜びは、予想に反して結構な感動を覚えさせている。
さて、ではここはシンプルに初対面の方には誰しもが言い放つ、古典的な挨拶をするとするか。
しかし、言葉を紡ごうとした瞬間、絶叫が鳴り響いた。
「こ・・・ここどこおおおおぉぉおぉおお?!!!!」
・・・あ、そういえば全裸だった事を忘れていた。




