行く手を阻む崖野郎
日が昇ると同時に起床し、朝食用に取っておいた果実を貪りながら、木から飛び降りる。
この森でサバイバルな生活を繰り広げる事、早三日。
最初は川を辿れば自然と森から抜けられると高を括っていたが、どうやら事はそう簡単に済みそうもないらしい。
下流へ進めば、海が広がり。
上流へ進めば、崖が聳え立つ。
崖からは大量の水が激流となり、滝となり湖に流れ落ちていた。
こんな激流に飲まれてよく生きていたなと感心しながら、初日は泣く泣く元の場所へ戻る羽目となった。
森で生活する事、早三日。
寝床も滝の傍に移し変え、食料も魚と果実があるから飢える心配もない。
生きる為に必要な、最低限の要素は全て出揃っている。
後は、この森から脱出するだけ。
でも、それが出来ないから、困っているのだ。
森を抜けられたかと思うと、海が目前に広がっていて。
どうやら、俺が今いる場所はこの崖を除き、全ての森を海が周りを囲っているようで。
残すはこの、頂上が見えそうで見えない程の高さを誇る、崖野郎のみ。
こいつを越さない限り、俺はこの森から脱する事が出来そうもないらしい。
なので、一度意地でも登ろうと、ロッククライミングに挑戦してみたが、半分と行けず力尽き落下。
幸いにも足を強打するだけで済んだが、もう一度やれば骨折くらいはいくと思う。
でも、その時・・・、初めて体の異変に気づいた・・・。
腕力が、握力が、全くと言っていいほど出せなかった。
以前は片手で林檎を握り潰すぐらいはあったのに、今は両手で必死になって、やっとこさ握り潰せる程度。
いや、一般人の腕力か、それ以上の腕力はあるとは思う。
それでも、崖をよじ登るだけの筋肉が、この腕には全くと言っていいほど無かった。
それだけではない。
この体になってから得た身軽さは素直に評価してもいいけれど、短時間走るだけですぐに息を切らしてしまう、この体たらくは何だ?!
いや、以前と比べれば走る速度も増したし、跳躍力もこんな非力な体でよく出せているとは思う。
それでも、勇者としての観点から見れば、この肉体は脆弱と言っていいほど脆いと言える。
川の近くに歩み寄り、改めて自分の顔を拝見する。
水面に映るのは、赤い髪をした、目つきの悪い女。
俺と瓜二つな髪をもつ、女。
そもそも、どうして俺の体は、女になってしまった?
男を女に変える魔術なんて聞いた事もない。
聖剣がやったにしても、一体どうやって性別なんて変えたんだ。
いや、そもそも、この体は果たして俺の物なんだろうか?
もしかしたら、どこの誰かも分からない『誰か』の器に入れられているのかもしれない。
そうなれば、この女性には飛んだ迷惑をかけている事になる。
でも、俺もどうしてこんな事になったのか、全く検討がつかないんだ。
無の世界に返されたと思いきや、目が覚めればどこかも分からない樹海の中。
不運にも巨大狼に追い回され、愚かにも足をすべらせ、川に落ちる始末。
後ろには海が広がり、前方には崖が聳え立つ。
八方塞とはこの事か?
・・・とにかく、今はこの状況下で、何が出来るかだ。
崖を登るにしても、ある程度の筋力と持久力が必要だ。
ならば簡単な話、鍛えればいいのである。
だが、鍛えるにしても、崖をよじ登るだけの筋力を身につけるには、相当な時間が要するだろう。
ならば、イカダを作って海へ繰り出すとか?
アホか、そんな現実味のない手段がとれるか。
即遭難して、鮫にでも食われるのがオチだ。
ならば、なんだ。
やはりこの崖を意地でもよじ登るしかないのか。
ハァ・・・。
今もこうして全裸になって、座禅しながら滝にうたれてる訳だが・・・。
何?風邪引くって?
ハハハ、そいつは残念。
俺は今の今まで『風邪』とやらにかかった事がないのだ。
どうだ、羨ましいだろう?!
フハハハハ、ハハハ、ハァ・・・。
・・・とりあえず、鍛えるか。
腹筋+腕立てを100セットぐらいやれば、ある程度の筋力もつくだろう。
よし、これからの方針は決まった。
とりあえず、死に物狂いで鍛える事にする。
それで、少しの間を置いてから、改めて崖を登る事にする。
たとえ登れたとしても、その先に何があるのかも分からない。
もしかしたら、巨大狼のような化け物が、ウジャウジャいるのかもしれないし。
でももしかしたら、呆気なく人里に着けるのかもしれない。
でもその前にはまず、目の前に佇む崖野郎を越えなければいけないわけで・・・。
その為にはまず、鍛えなければいけない訳で・・・。
「ええい、考えても仕方ない!今は我武者羅になって、筋力を鍛える事にする!!」
こんな非力な腕では、お得意の剣術も使えないだろうし。
でも腕力を手に入れられれば、それも可能だろうし。
同時に、持久力も手に入れられるだろうし。
戦闘力が上がれば、死ぬ確立も減るだろうし。
強くなっても、損する事はないだろうし。
女になった原因も、それから探しても遅くはないだろうし。
聖剣に制裁を加えるのは、それからでも遅くはないだろうし。
座禅を解き、滝から立ち上がる。
同時に揺れ動く二つの物体。
ああ、そうだ。
鍛える前に一つだけ・・・。
「この馬鹿でかい脂肪を何とかしてくれ」




