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ハナちゃん  作者: 志村菫
10/12

時の流れ

「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」

「い、いいえ」

 マサルさんと目が合いました。

 年を重ねて、白髪が混じった髪、目じりには薄っすらと皺が刻まれていましたが、優しそうな目元はちっとも変っていなくて、胸が熱くなりました。


「帰るぞ。おい、ナオ?」

 相変わらず、ふて腐れた顔をしてナオくんはマサルさんを睨みます。

「なぁ、ナオ。第一希望じゃない学校へ行きたくない気持ちは分かる」

「お父さんには俺の気持ちは分からないよ……受験に失敗した事ないだろ?」

「ああ……だけど、就職の時はかなり苦戦したよ……」

「ウソだろ? 今の仕事は天職だって言ってたじゃん」

「でも、すんなりと今の職場に就いた訳じゃないぞ……」


 そう話しながら、マサルさんは私の右足に座り、ナオくんを隣に座らせました。


「お父さんは、いい学校を出て大企業に就職するつもりでいたけど、就活がうまくいかなくてさぁ……もう落ち込んで落ち込んで……そうそう、ここで酔っ払って寝転がってたっけな……」

「えっ! ここで?」

「ああ……あの頃……なぜかよく覚えてないんだけど……」

 マサルさんは遠くを見つめながら少し首を傾げました。


「どうして急に水族館へ行ったのか……就活中なのにそんな余裕はなかった筈なのに……でも、無性に行きたくなって、子供の頃によく通ってた水族館にフラッと出かけたんだ」


 一緒に行こうって誘ってくれましたね……でも叶わなかった……。


「引っ越してから何年も行っていなかったのに、館長さんが覚えていてくれて、お父さんに話しかけてくれたんだ。その時、あれこれ話しているうちに、水族館が存続の危機にあるって聞かされて……」

「えっ? あの水族館って閉館しそうだったの?」

「もう何十年も前の話だよ。でもその話を聞いて、居ても立っても居られなくなって、迷わずそこでアルバイトをし始めて、気が付いたら正社員になってた……今じゃ、ちょっと頼りないけど、館長だ」


 マサルさん……大好きだった場所で働いていたんですね……良かった。


「自分で言うのもなんだけど、今の水族館になるまではかなり苦労したよ……でもやりがいを感じて、いい仕事に就いたって思えた……みんなで力を合わせて……」

「へぇ……」

「うまくいかない事や思い通りにならない事があると辛いよな……でも、これから通う高校でどんな景色が見えるのか、まだ分からないだろ? なぁナオ? ……お父さんは壁にぶち当たった時、いつもそう思うようにしてるんだ」


 そこには、父親の顔をしたマサルさんがいました。

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