権限——奪うほど事故が増える
権限は、力だ。
力は速い。
速いものは中心を作る。
中心は門になる。
朝、女は印の付いた札を立てた。
「権限移譲」
「管理権限:合同班」
「現場判断:停止」
停止。
静止。
中心。
門。
研究班の男が言う。
「点検の手順を固定する」
「補給の配分を一元化する」
「動線を統制する」
照合係が言う。
「履行を監視する」
「記録を統一する」
教義班の老人が言う。
「従え」
「従えば救われる」
救われる。
甘い脅し。
隊員たちの顔が硬くなる。
硬い顔が揃うと拍になる。
拍は糸。
糸は門。
少年は息を吸って吐いた。
権限は散らせない。
散らしは言葉に効く。
力は言葉を飛び越える。
だが力にも弱点がある。
力は責任を伴う。
責任は制度の恐怖だ。
奪うほど事故が増える構造にする。
事故が増えれば責任が増える。
責任が増えれば力は鈍る。
そして——奪う対象を消す。
奪う対象がなければ権限は空回りする。
空回りした権限は形だけになる。
合同班はまず補給を集めた。
一か所に。
机の下に。
箱に。
札を付けて。
中心を作る。
中心は門。
研究班の男が言う。
「配給はこの窓口で」
「列を作れ」
列。
拍。
糸。
門。
少年は息を吸って吐いた。
列を壊せない。
壊せば反抗。
反抗は敵意。
敵意は中心。
中心は門。
列が事故になるようにする。
事故になれば列は維持できない。
維持できなければ統制が崩れる。
少年は水の器を二つ、列の近くに置いた。
中心ではない位置。
だが列の足元が少しだけ湿る。
湿りは滑る。
滑れば転ぶ。
転べば怪我。
怪我は責任。
照合係が叫ぶ。
「水を撤去しろ!」
女が即座に言った。
「転倒事故は避ける」
「列は危険だ」
「配給は分散する」
分散。
中心が崩れる。
研究班が不満そうに言う。
「分散すると管理できない」
女が返す。
「管理より責任が重い」
責任。
力の足枷。
次に点検。
研究班は点検手順を紙に書いた。
「一、二、三」
順番。
固定。
共通。
糸。
少年は息を吸って吐いた。
固定手順は門の骨格になる。
骨格を作らせない。
だが紙を破れない。
破れば反抗。
反抗は敵意。
敵意は中心。
固定手順を“危険手順”にする。
危険なら採用できない。
採用できなければ固定できない。
少年は灰を一筋、点検場所の床に散らす。
灰は滑る。
滑れば危険。
危険なら手順は変わる。
変われば固定にならない。
研究班が苛立つ。
「掃け」
掃く。
掃くのは生活。
生活は揃わない。
照合係が言う。
「清掃を固定手順に入れろ」
固定手順が増える。
増えるほど管理が重くなる。
重くなれば疲労。
疲労はミス。
ミスは事故。
事故は責任。
女が小さく舌打ちした。
賢い者は“重さ”を嫌う。
女は言う。
「固定手順は最小に」
「現場に任せる」
任せる。
権限の後退。
教義班の老人が声を荒げた。
「任せれば門が育つ」
「だから奪うのだ」
女は冷たく言った。
「奪えば事故が育つ」
「事故が育てば責任が育つ」
「私は責任を負わない」
責任を負わない。
その言葉で力は止まる。
止まれば権限は空回りする。
それでも、権限移譲は続く。
合同班は動線を統制しようとした。
線を引き、札を立て、監視を置く。
監視は視線を揃える。
揃えば中心。
中心は門。
少年は息を吸って吐いた。
監視を敵にしない。
敵にすると戦いになる。
戦いは中心。
中心は門。
監視を“仕事”にする。
仕事は疲れる。
疲れれば揃わない。
揃わなければ中心が立ちにくい。
少年は監視の足元に布を一枚置く。
布は踏めば摩耗する。
摩耗すれば灰が付く。
灰が付けば滑る。
滑れば監視は動く。
動けば視線が割れる。
割れれば中心が立ちにくい。
監視は苛立つ。
苛立ちは揃う。
揃えば拍。
拍は糸。
糸は門。
少年は息を吸って吐いた。
苛立ちが糸にならないように、苛立ちを分ける。
分けるには、原因を一つにしない。
原因は布。
原因は灰。
原因は水。
原因は風。
原因は人の癖。
原因が散れば責め先が散る。
責め先が散れば中心が立ちにくい。
女は結論を急がない。
だが記録は残す。
「権限移譲を試行」
「事故リスク増大」
「現場判断尊重へ戻す」
戻す。
それでも彼女は諦めない。
別の形で奪うだろう。
奪い方を変える。
力は形を変える。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
力に勝つには、力の対象になる必要がある。
だが対象になれば中心になる。
中心は門。
なら対象ではなく“支点”になる。
支点は中心に似ている。
だが中心ではない。
中心を支える場所。
中心をずらす場所。
支点になるには、
自分の名を差し出さない。
名を差し出さずに、責任だけを引き受ける。
責任を引き受ければ、彼女は動けなくなる。
動けなくなれば力は鈍る。
弟子が支点になる。
その準備を始める。
夕方、女が言った。
「権限移譲は一部撤回」
「配給は工程ごとに分散」
「点検は巡回規格の範囲で」
「ただし——責任者を置く」
責任者。
柱。
中心。
門。
女の目が、少年を見る。
核を探す目。
少年は静かに息を吐いた。
来た。
次は私だ。
私を柱にする。
柱になれば中心になる。
中心は門。
柱にならずに支点になる。
責任者を、責任者にしない。
次の話で、受ける。




