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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第15章 機関——言葉を揃える者たち

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整合——最後の一点だけ外す

整合は、門の芯だ。


芯が揃えば回る。

回れば開く。

開けば世界が揃う。

揃えば共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


朝、合同班は机を増やした。

机が増える。

中心が増える。

中心が増えると中心が一本になりにくい。

だが増えすぎると祭壇になる。

祭壇は門。


女は机の間を歩き、言った。


「更新条件を整合する」

「整合が取れれば搬送」

「整合が取れなければ現場維持」


現場維持。

その言葉が、すでに逃げ道だった。

逃げ道があると、賢い者は焦らない。

焦らない者は長く試す。

長く試せばいずれ揃う。

揃えば門が開く。


少年は息を吸って吐いた。


全部を壊さない。

全部を壊すと妨害になる。

妨害は敵意。

敵意は中心。

中心は門。


“最後の一点”だけを外す。

九割を揃えさせる。

揃ったと錯覚させる。

そして最後の一厘だけ、噛み合わないままにする。


噛み合わないのは、誰のせいでもない。

誰のせいでもない不一致は、罪になりにくい。

罪にならなければ切られにくい。

切られにくければ戦いにならない。

戦いにならなければ中心が立ちにくい。


整合表が作られた。


更新条件(一)安全確保

更新条件(二)巡回点検完了

更新条件(三)記録整合

更新条件(四)搬送ルート確保

更新条件(五)原本照合手順


研究班が言う。


「安全は満たした」

「点検も満たした」


照合係が言う。


「記録整合も可能だ」


監察本部の男が言う。


「ルートも確保できる」


教義班が笑う。


「整合した」

「名が通る」


女は首を横に振った。


「まだ」

「最後が残る」

「原本照合手順」


最後。

一点。

ここだ。


少年は息を吸って吐いた。


最後の一点に、散りを残す。

散りは測れない。

測れなければ整合できない。

整合できなければ鍵は揃わない。


だが露骨に残すと妨害。

自然に残す。

生活の摩耗として残す。


研究班の男が言う。


「原本を開示してくれ」

「照合して、参照札を作る」

「これで整合が取れる」


参照札。

単独で効力を持たないはずの札。

だが整合が取れれば札が鍵になる。

鍵になれば門が開く。


女は少年を見る。

視線が“現場の核”を探す。

核は中心。

中心は門。


少年は息を吸って吐いた。


ここで核にならない。

核になると名が生まれる。

名が生まれると門が育つ。


原本は出す。

だが照合できない形で出す。

原本を原本として保持しつつ、照合の“最後の一致”だけを欠けさせる。


少年は箱を開けない。

箱を開けるのは女だ。

女が開ければ、少年の手は汚れない。

汚れないなら改竄の疑いが薄い。


女は承認書を取り出し、机の端に置いた。

端。

中心ではない。

だが紙は残る。

残れば中心になり得る。


研究班が透明板を乗せる。

写す。

一致を作る道具。


少年は息を吸って吐いた。


一致の作業を止めない。

止めれば敵意。

敵意は中心。

中心は門。


一致の“条件”だけをずらす。

条件をずらせば一致は成立しない。

だが作業は続く。

続く作業は疲労を生む。

疲労は揺れを生む。

揺れは数にしづらい。

数にしづらければ共通になりにくい。


少年は器の水に指を一度だけ入れた。

指先の温度が移る。

温度の微差。

測れない微差。


女の指先が紙に触れる。

紙の繊維がわずかに湿る。

湿りは写しに影響する。

影響は出るが説明できない。

説明できない差は整合を阻む。


研究班が眉をひそめる。


「……線が滲む」


照合係が言う。


「昨日の印影と一致しない」


研究班が言う。


「湿度だ」


女が言う。


「湿度は変数として補正できる」


補正。

また刃が来る。


少年は息を吸って吐いた。


補正できない差が要る。

補正の前提は、差が測れること。

測れない差なら補正できない。


測れない差を“最後の一点”に残す。


研究班は湿度計を出した。

数を作る。

数ができれば補正できる。

補正できれば整合できる。

整合できれば鍵が揃う。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


器具を増やせば中心が増える。

中心が増えれば中心が一本になりにくい。

だが彼らは中心を統合してしまう。

統合は門。


器具を増やすほど、管理が難しくなる。

難しくなれば“誤差”が増える。

誤差が増えれば最後の一点が残る。


なら彼らに器具を増やさせる。

増やして自滅させる。


研究班が言う。


「温度も測る」

「光量も測る」

「紙の含水率も」


項目が増える。

項目が増えれば世界が切られる。

切られた世界は管理できる。

管理できれば揃えられる。

揃えられれば門が育つ。


危ない。

だが増えすぎると管理不能になる。

管理不能は賢い者の嫌いな状態だ。

嫌いな状態は切り捨てを呼ぶ。

切り捨ては本質化を呼ぶ。

本質化は中心。

中心は門。


少年は息を吸って吐いた。


増えすぎない。

ちょうど“面倒”になる程度。

面倒は逃げ道を探させる。

逃げ道が「現場維持」になれば勝ち。


照合係が苛立って言う。


「一致しない」

「整合できない」

「誰かが触ったからだ」


誰か。

責任の矛先。

矛先が立つと中心になる。

中心は門。


女がすぐに切った。


「誰のせいでもない」

「条件の揺れだ」

「揺れは現場の本質」


現場の本質。

それは危険な言葉でもある。

本質化は中心を作る。


女は続けた。


「揺れを止めるには現場を停止する必要がある」

「停止は事故を招く」

「事故の責任は取れない」


責任。

また責任。

彼女は責任に縛られている。

縛られた者は、強い判断ができない。

強い判断ができないなら、撤退する。


研究班が言う。


「なら施設へ原本ごと」

「施設なら揺れを止められる」


女が首を横に振る。


「搬送は規格更新条件の整合が前提」

「整合が取れない以上、搬送は規格違反になる」


規格違反。

昨日の楔が効いた。


照合係が言う。


「整合できないなら、更新は未達」


監察本部の男が言う。


「未達なら現場維持だ」


教義班が唸る。


「名が遠い」


女は紙に書いた。


「結論:更新条件の整合未達」

「理由:原本照合に再現不能な揺れが介在」

「対応:現場維持(監視強化・巡回規格継続)」

「上位への提案:別手段の検討」


別手段。

第16章へ渡る言葉。


少年は静かに息を吐いた。


整合は外した。

最後の一点だけ、外し続けた。

彼ら自身が「整合不能」と書いた。

それが欲しかった。


だが別手段が来る。

賢い敵は諦めない。

次は規格ではなく、規格の外から来る。

理屈ではなく、力か。

力ではなく、誘惑か。

あるいは——名を直接奪いに来る。


第16章。

門の作り方が変わる。


こちらも、戦い方を変えなければならない。

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