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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第15章 機関——言葉を揃える者たち

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承認——署名を鍵にさせない

承認は、鍵だ。


鍵は回せる。

回せば門が開く。

門が開けば世界が揃う。

揃えば共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


昼前、使者が来た。

現場の埃を嫌う靴。

磨かれた箱。

箱は境界だ。

境界は中心を作る。

中心は門になる。


女は箱を受け取り、蓋を開けた。


中にあったのは一枚の紙。

厚い紙。

残る紙。

残るものは中心になる。


上位の署名。

上位の印。

赤い印泥の乾いた匂い。


研究班の男が息を吐く。


「これで搬送できる」


照合係が頷く。


「規格違反ではない」


教義班の老人が微かに笑う。


「名が通った」


名。

通る。

糸が太る音がした。


少年は息を吸って吐いた。


受け取った瞬間に中心が立つ。

紙は残る。

残れば中心。

中心は門。


だが拒めない。

拒めば反抗。

反抗は敵意。

敵意は中心。

中心は門。


なら受け取る。

だが承認を承認にしない。

署名を署名にしない。


署名を“唯一の鍵”にさせない。

鍵を増やし、鍵同士で回らなくする。

一つの鍵は門を開く。

複数の鍵が互いに噛み合わなければ、門は開かない。


承認を、工程の更新に落とす。

更新は揺れる。

揺れる更新は共通になりにくい。


女は紙を読み上げた。


「搬送を承認する」

「条件は以下の通り」

「封止、同意、監視、記録」

「再現試験は施設にて実施」

「現場は封鎖」


封鎖。

静止。

中心。

門。


女は淡々と続ける。


「署名は有効」

「本日より適用」

「拒否は規程違反」


規程違反。

切る刃。

刃は線を作る。

線は中心。

中心は門。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


署名は今、門の鍵として掲げられている。

鍵を折れない。

折れば戦い。

戦いは中心。

中心は門。


鍵を“鍵でなくす”。

鍵を“工程の部品”に落とす。

部品は単独では回らない。

回らないなら門は開かない。


少年は紙に触れない。

触れれば改竄になる。

改竄は罪。

罪は中心。

中心は門。


代わりに、点検束を一枚、女の足元へ置いた。

四枠の点線。

焚き火、水場、結び場、通路。


そして欠け印の札を四枚、紙の“外側”に置く。

三角、丸、線、足跡。

言葉にしづらい印。

共通になりにくい印。


女の視線が落ちる。

賢い目が、すぐ理解を作る。


「……巡回工程の規格」

「承認は、規格の更新として扱うべきね」


彼女の口から「更新」が出た。

更新は固定ではない。

固定でなければ中心になりにくい。


研究班が言う。


「承認は承認だ」

「更新ではない」


女は首を横に振る。


「更新しない承認は運用に落ちない」

「運用に落ちないなら現場が壊れる」

「壊れれば事故」

「事故の責任は誰が取る?」


責任。

制度が止まる言葉。


照合係が渋い顔で言う。


「更新手順が必要だ」


教義班が苛立つ。


「言葉遊びだ」


女は淡々と言った。


「言葉遊びではない」

「運用手順だ」


運用。

揺れる場所。

そこへ鍵を落とせば、鍵は一つで回らなくなる。


女は紙を机に置く。

机は中心になる。

中心は門。


危ない。

承認書が机の中心に据えられた瞬間、祭壇ができる。


少年は息を吸って吐いた。


祭壇を作らせない。

だが紙を動かしてはいけない。

なら机の中心を割る。


少年は器を二つ、机の左右へ置いた。

左右。

中心ではない。

だが視線は左右に割れる。

割れれば中心が立ちにくい。


さらに布を一枚、机の端へ。

布は生活。

生活は儀式になりにくい。

儀式になりにくければ門になりにくい。


女は気づいたが止めない。

止めれば自分が細かい人間になる。

賢い者は余計な敵意を生まない。


女は言った。


「更新手順を取る」

「承認書を、規格更新の証跡として扱う」

「単独で発動しない」

「更新条件を満たした時だけ適用する」


単独で発動しない。

それが欲しい。


研究班が言う。


「更新条件とは?」


女は答える。


「現場安全」

「巡回工程の点検完了」

「記録の整合」

「搬送ルートの確保」


条件が増える。

増えれば鍵が増える。

鍵が増えれば回りにくくなる。


照合係が言う。


「整合を取る」

「署名の対象も明確に」


明確。

固定の言葉。


少年は息を吸って吐いた。


明確化は危険だ。

明確化は中心を立てる。

中心は門。


なら明確化を“工程単位”に限定する。

人に落とさない。

対象を作らない。


女は承認書の条文に赤鉛筆で印を付けた。

触れている。

だが改竄ではない。

「運用注記」だ。

賢い者は制度内でやる。


「対象」


その語に丸を付ける。

そして横に書く。


「対象工程」


たったそれだけで、中心が一段遠のく。

対象者が消えれば、名が固定されにくい。


教義班が低く唸る。


「結局、名を避けるのか」


女は言った。


「名は最後」

「名を先に立てると事故が増える」

「事故は責任だ」


責任がまた出る。

彼らは責任を嫌う。

嫌うから、名を急がない。


だが研究班は次の刃を出した。


「では署名の原本を施設へ」

「原本がなければ更新の証跡にならない」


原本。

残る紙。

中心。

門。


少年は息を吸って吐いた。


原本の搬送が門になる。

紙が移動するだけで中心が移る。

中心が移れば門が立つ。


原本を渡さずに、証跡を満たす。

写しを作る? 写しは一致を作る。

一致は糸。

糸は門。


写しを“写しにしない”。

一致しない写し。

押されるが残らない写し。

摩耗の写し。


女は考え、言った。


「原本は現場で保全」

「施設へは『参照札』を送る」

「参照札は単独で効力を持たない」

「原本と照合が必要」


参照札。

単独で効力を持たない。

また鍵が増えた。


研究班が不満そうに言う。


「照合できなければ——」


女は答える。


「照合できないなら、搬送は延期」

「延期の責任は承認手順にある」


延期。

時間。

門の成長が遅れる。


少年は静かに息を吐いた。


承認は来た。

だが承認は単独で回らない鍵になった。

搬送は“今すぐ”ではなくなった。


ただし、女は賢い。

鍵を増やしても、鍵を揃える。

揃えれば回る。

回れば門が開く。


次は、鍵を揃えさせない。

揃えられない鍵にする。

鍵同士の一致を、成立させない。


鍵の一致を壊すには——

鍵そのものではなく、

鍵が当てはまる“条件”を揺らし続けるしかない。


条件は工程だ。

工程は巡回だ。

巡回は散りだ。


散りを、測れないままに保つ。


女は承認書を箱に戻し、言った。


「搬送は本日中止」

「規格更新手順に入る」

「明日、更新条件の整合を取る」

「整合が取れれば搬送する」


明日。

再び刃が来る。


少年は隔離室の扉の前で布を畳んだ。

布の端がまた指に引っかかる。

引っかかりは現実だ。

現実は数にしづらい。

数にしづらければ共通になりにくい。


扉の向こうで、師が静かに息をした。

呼吸は生活だ。

生活は門になりにくい。


少年は思った。


承認は止められない。

だが鍵にさせなかった。

鍵を部品に落とした。


次は“整合”だ。

整合は一致を作る。

一致は糸を太くする。

糸は門を開く。


整合させない。

だが矛盾として潰されない。

矛盾を“自然な揺れ”として残す。


明日、彼らは鍵を揃えに来る。

その手が届かない散りを——

散りのまま、増やす。

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