搬送——運べば事故になる
搬送は、中心を作る。
運ぶものは箱に入る。
箱は境界だ。
境界は中心を作る。
中心は門になる。
女は紙を一枚、監察本部の男に渡した。
「搬送計画」
「引き上げ」
「現象の隔離保全」
「管理施設へ移送」
隔離保全。
優しい言葉で包んだ刃。
研究班の男が言う。
「現場は雑音が多い」
「施設なら条件が揃う」
「再現が可能になる」
教義班の老人が言う。
「名を与え、封じよ」
名。
封じ。
門の完成図。
少年は息を吸って吐いた。
引き上げられたら終わる。
生活が消える。
揺れが消える。
条件が揃う。
言葉が立つ。
門が作られる。
なら搬送を不可能にする。
不可能だが反抗に見せない。
彼ら自身が「運べない」と判断する形にする。
運べば事故になる。
事故は責任を呼ぶ。
責任は制度の恐怖。
恐怖は搬送を止める。
運べない理由を“師”にしない。
師が理由になると中心が立つ。
中心は門。
運べない理由を“工程”にする。
工程を動かすと事故になる、という形にする。
搬送準備は速かった。
木箱が二つ。
縄が四本。
担架。
布。
封止札。
封止札は残る。
残るものは中心になる。
中心は門になる。
研究班の男は隔離室の前で言った。
「対象——」
言いかけて飲み込む。
賢い。
対象と言わずに対象を運ぶ。
「搬送する」
「振動を最小に」
「温度を一定に」
「声掛けは禁止」
「接触は禁止」
禁止は線を引く。
線は中心を作る。
中心は門になる。
少年は息を吸って吐いた。
振動を最小に。
温度を一定に。
声掛け禁止。
接触禁止。
全部、静止に向かう命令だ。
静止は中心。
中心は門。
静止が事故になるようにする。
止めた瞬間に危険が生じる仕組みを作る。
危険が生じれば彼らは動かせない。
少年は隔離室の扉の蝶番を見た。
蝶番の鳴り。
摩耗帯を挟んでいた場所。
それを、昨日抜いた。
今の鳴りは“生きている”。
音は揃わない。
揃わなければ糸になりにくい。
だが搬送で扉が外されると、鳴りは消える。
鳴りが消えると静止が増える。
静止は中心。
中心は門。
扉を外させない。
外すと事故になる形にする。
少年は器の水を一滴、蝶番の下に落とした。
一滴。
測れない。
だが床がわずかに光る。
光る床は滑る。
滑れば転ぶ。
転べば怪我。
怪我は責任。
責任は制度の恐怖。
照合係が顔をしかめる。
「また水か」
女が言う。
「滑るなら搬送は危険」
「安全確認が先」
安全確認。
その言葉は搬送を遅らせる。
研究班が苛立つ。
「拭けばいい」
拭く。
拭くのは生活。
生活は揃わない。
揃わないなら条件が揃いにくい。
女は首を横に振る。
「搬送は一度きり」
「一度の事故で終わる」
「責任は取れない」
責任。
制度の喉を締める言葉。
搬送計画は、さらに進む。
研究班は温度箱を用意した。
中を一定に保つ。
一定は門の条件。
少年は息を吸って吐いた。
温度箱は中心になる。
中心は門。
箱を使わせない。
だが否定しない。
否定は戦い。
箱が“安全上使えない”状況にする。
少年は灰を一筋、温度箱の取っ手に乗せた。
灰は滑る。
滑る取っ手は危険。
危険は責任。
研究班は苛立って灰を払う。
払う動作が増える。
動作が増えると揃いが崩れる。
揃いが崩れれば共通になりにくい。
だが彼らはまだ進む。
箱は置かれる。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
小手先では止まらない。
搬送を止めるには“根拠”が要る。
根拠は彼らが信じる言葉でなければならない。
安全。
責任。
手順。
彼らに「搬送は手順違反」と言わせる。
それなら止まる。
少年は点検束を一枚、女の前に置いた。
四枠の点線。
焚き火、水場、結び場、通路。
そして、欠け印の札を外側に置く。
言葉にしづらい印。
共通になりにくい印。
女が見る。
「巡回工程の……規格?」
少年は肯定しない。
肯定は契約。
契約は門。
ただ、点線の一枠を指でなぞる。
女は自分で言語化した。
「工程異常は、工程内で処置する」
「搬送は工程外移送」
「工程外移送は——」
「……規格違反になる」
来た。
彼女の口から「規格違反」が出た。
研究班が反発する。
「規格は現象のために変更できる」
女は言う。
「規格を変更するには承認が必要」
「承認なしの搬送は、責任が取れない」
責任が取れない。
制度が止まる言葉。
監察本部の男が頷いた。
「承認が先だ」
「搬送は保留」
保留。
止まった。
だが女は続ける。
「承認を取る」
「上位の署名を」
「上位が来る」
上位が来る。
第16章に向けて、さらに大きな枠が降りる音。
少年は静かに息を吐いた。
搬送は止めた。
だが止める理由が“規格”になった。
規格は共通になりやすい。
共通は糸。
糸は門。
規格で止めると、規格で縛られる。
次は規格を利用して門を作られる。
なら規格を、規格として成立させない。
規格を運用へ落とす。
運用は揺れる。
揺れる運用は共通になりにくい。
次は「承認」だ。
署名だ。
署名はトリガー。
門を開く鍵。
彼らは上位の署名を持ってくる。
それを受け取った瞬間に、中心が立つ。
受け取らずに、受け取る。
承認を承認にしない。
署名を署名にしない。
第15章の山は、そこに移る。




