停止——止めた瞬間に事故になる
停止は、静止だ。
静止は中心になる。
中心は門になる。
朝、合同班は先に札を立てた。
「現場停止」
「試験隔離」
「無関係作業の一時中断」
札は残る。
残るものは中心になる。
中心は門になる。
女は淡々と言った。
「生活を止める」
「条件を揃える」
「再現試験を成立させる」
成立。
その言葉が門の形を持っている。
研究班の男が付け加える。
「火は消す」
「水は固定量」
「動線は固定」
「布は撤去」
「音は遮断」
固定。
固定は杭。
杭は支点。
支点は鍵。
少年は息を吸って吐いた。
生活を止められたら終わる。
揺れが消える。
条件が揃う。
言葉が立つ。
門が作られる。
なら止められない生活を作る。
止めた瞬間に事故になる生活。
事故は責任を呼ぶ。
責任は制度の恐怖だ。
恐怖は停止を止める。
生活を制度の目的に接続する。
止めると“安全違反”になる形にする。
少年は命令しない。
命令は契約。
契約は門。
ただ、器を一つ、女の足元に置く。
水の器。
透明。
水面が光を割る。
女は器を見た。
「これは?」
少年は言葉を選ばない。
言葉は共通になる。
共通は糸になる。
糸は門になる。
少年は器の縁を指で叩き、
扉の蝶番の方を見た。
蝶番が微かに鳴る。
鳴り方が昨日と違う。
違いは測りにくい。
研究班の男が顔をしかめる。
「余計な変数を増やすな」
女が言う。
「変数は切り捨てる」
「切り捨てられるものから止める」
来た。
切り捨て。
生活を止める口実。
少年は息を吸って吐いた。
切り捨てられない工程を作る。
切り捨てると事故になる工程。
少年は焚き火へ向かった。
火種を消される前に、火を“火”でなくする。
火は熱。
熱は乾燥を生む。
乾燥は布を乾かす。
布は生活。
生活は揃わない。
しかし彼らは火を消す。
なら火を「暖」のために置かない。
火を「処置」のために置く。
処置を止めると事故になるようにする。
少年は灰を集め、薄く広げた。
灰は滑る。
滑れば転ぶ。
転べば怪我。
怪我は責任。
責任は制度の恐怖。
火を消すなら、灰が湿る。
湿れば滑りやすくなる。
滑れば怪我。
怪我は責任。
研究班が言う。
「灰は撤去」
撤去は生活の中断。
中断は静止。
静止は中心。
中心は門。
少年は息を吸って吐いた。
灰を撤去させないために、灰を“安全処置”にする。
灰は滑る。
滑るなら“滑り止め”が必要になる。
少年は布を裂き、細い帯にした。
帯を灰の上に散らす。
散らすが結ばない。
結ばないから固定にならない。
固定でなければ中心になりにくい。
帯は踏むと摩耗する。
摩耗すれば散りが増える。
散りは数えにくい。
女が言う。
「これは?」
少年は短く答えた。
「滑る」
滑る。
それは説明ではなく現実だ。
現実は共通になりにくい。
だが誰も否定できない。
次に水。
研究班は水を固定量にすると言った。
固定量は揃う。
揃えば共通。
共通は糸。
糸は門。
少年は息を吸って吐いた。
水を止められない理由を作る。
水を止めると事故になる形にする。
少年は隔離室の前の床を一度だけ濡らした。
濡らす量は少ない。
少ないが床は光る。
光る床は注意を引く。
注意が集まると中心になる。
中心は門になる。
だが同時に、滑る危険になる。
危険は人の動きを散らす。
散らせば中心ができにくい。
危険は制度の恐怖を呼ぶ。
恐怖は停止を鈍らせる。
照合係が怒鳴る。
「水を撒くな!」
女が手を上げた。
「待って」
「安全確認が先」
賢い。
彼女は目的のために慎重になる。
安全確認が入れば停止は遅れる。
遅れれば条件は揃いにくい。
揃いにくければ門が育ちにくい。
動線の固定が来る。
研究班は床の線を指差した。
「この線の内側だけで動け」
「線を越えるな」
線は境界だ。
境界は中心を作る。
中心は門になる。
少年は息を吸って吐いた。
線を壊せない。
壊せば反抗。
反抗は敵意。
敵意は中心。
中心は門。
なら線の意味を変える。
線を“危険境界”にする。
危険境界は人を散らす。
散らせば中心ができにくい。
少年は線の上に、布の細帯を一枚だけ置いた。
置くが固定しない。
固定しなければ違反になりにくい。
帯は踏むと滑る。
滑れば線を避ける。
避ければ動線が割れる。
割れれば揃わない。
揃わなければ共通になりにくい。
研究班が言う。
「除去しろ」
女が言う。
「待って。滑るのなら安全策が必要」
「安全策なしの停止は事故を招く」
事故。
その言葉が制度を縛る。
制度は責任を嫌う。
嫌うから慎重になる。
教義班の老人が苛立つ。
「停止が進まぬ」
「これは妨害だ」
妨害。
敵意の匂い。
敵意は中心。
中心は門。
女は老人を制した。
「妨害ではない」
「安全だ」
「現場の事故は私たちの責任になる」
責任。
その言葉は重い。
重い言葉は人を慎重にする。
慎重になれば速度が落ちる。
速度が落ちれば条件が揃いにくい。
揃いにくければ門が育ちにくい。
少年は息を吸って吐いた。
よし。
停止の正当性が揺らいだ。
だが彼らは賢い。
安全策を整えてから停止する、と言い出す。
安全策が整えば停止は成立する。
次は、安全策を“永遠に整わない”形にする。
整えるほど増える安全策。
増えるほど管理不能になる安全策。
安全の無限階段。
登るほど止まる。
女は紙に書いた。
「停止前提条件:安全確保」
「滑り対策」
「火種管理」
「水量管理」
「動線管理」
項目が並ぶ。
項目は世界を切る。
切りは境界。
境界は中心。
中心は門。
危ない。
安全項目が、門の骨格になる。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
安全の項目化を止められない。
止めれば反抗。
反抗は敵意。
敵意は中心。
なら項目を“揃わない項目”にする。
項目はあるが、満たし方が一つに定まらない。
定まらなければ共通になりにくい。
共通になりにくければ糸になりにくい。
安全の解が一つにならないように、
現場の経験を割り込ませる。
少年は隊員の方を見た。
指示しない。
ただ目を向ける。
隊員たちは各自のやり方で動き始める。
滑り止めを布で作る者。
灰を払う者。
水を拭く者。
火を囲う者。
やり方が揃わない。
揃わないなら安全策が一つにならない。
安全策が一つにならなければ停止条件が揃わない。
停止条件が揃わなければ停止できない。
女は見て、静かに言った。
「……現場停止は延期」
「安全策の統一が先」
「統一には時間が要る」
時間が要る。
それは再現の延期。
延期は門の成長を遅らせる。
だが彼女は続けた。
「時間が要るなら、上位へ」
「安全管理の権限を上に」
「現場ごと引き上げる」
引き上げ。
実験室の完成。
中心の完成。
門の完成。
少年は静かに息を吐いた。
止めることは遅らせた。
だが引き上げが来る。
引き上げられたら、生活は消える。
生活が消えれば揺れが消える。
揺れが消えれば条件が揃う。
条件が揃えば門が作られる。
次は、引き上げを“不可能”にする。
運べない。
移せない。
移した瞬間に壊れる。
師を守るのではない。
現場そのものを“移せない仕組み”にする。
第15章の山は、そこだ。




