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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第15章 機関——言葉を揃える者たち

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再現——変数化される生活

賢い敵は、乱れを恐れない。


乱れを数える。

数えれば管理できる。

管理できれば揃えられる。

揃えられれば共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


朝、研究班の男が紐を張った。

床に線を引く。

線に番号を付ける。

番号に札を立てる。


動線。

動線が決まれば人の動きが揃う。

揃えば拍になる。

拍は糸になる。

糸は門になる。


女が言った。


「生活は止めない」

「生活の揺れは変数として扱う」

「変数を記録し、補正する」


補正。

その言葉が刃だった。


揺れは逃げ道だった。

揺れを許せば一致が壊れた。

だが揺れを変数にすれば、揺れは“同じ扱い”になる。

同じ扱いは共通になる。

共通は糸。

糸は門。


少年は息を吸って吐いた。


生活が武器でなくなる。

散らしが通じない。

彼らは散らしを“数”にする。


数にされた乱れは、乱れではなくなる。

乱れが乱れでなくなれば、門が育つ。


なら乱れを、数にできない形に戻す。

測れない乱れ。

数えられない散り。

変数化できないもの。


彼らに「再現不能」と言わせる。


再現試験が始まった。


研究班は板を置き、同じ文を書かせた。

同じ位置で、同じ声で名を言わせた。

同じ印泥で印影を取った。

同じ時間、同じ光、同じ温度。


そして、揺れも記録する。


水の量。

火種の数。

布の枚数。

風の向き。

足音の回数。

息の深さ。


全部、数になった。


照合係が嬉しそうに言った。


「これなら一致が出る」


研究班が頷く。


「誤差は補正できる」


教義班が小さく笑う。


「名が生まれる」


名。

中心。

門。


少年は息を吸って吐いた。


ここで慌てない。

慌ては揃う。

揃えば中心。

中心は門。


数えられるものは捨てる。

数えられる散らしはもう効かない。

数えられない散りだけを残す。


女は隔離室の前に立ち、言った。


「対象——」


言いかけて、言葉を止めた。

賢い。

対象と呼べば中心が立つ。

中心が立てば門が育つ。

彼女はそれを避ける。


だが避けながら作るのが、賢さだ。


「保護状態の確認に入る」

「同じ手順で行う」

「同じ順番で」


同じ。

門の言葉。


少年は息を吸って吐いた。


同じ順番を崩す。

だが妨害に見せない。

順番を崩す理由を、彼ら自身に作らせる。


少年は器を動かさない。

器の位置を動かすと、変数として記録される。

変数にされたら終わる。

終わるのは「生活の揺れ」が武器でなくなること。


なら器はそのまま。

代わりに——水面だけを変える。


少年は器の水に、指を一度だけ入れた。

指先の温度が水に移る。

温度の揺れ。

だが温度計はない。

測れない。

測れないなら数にできない。


水面がわずかに揺れ、

その揺れが光を割る。

光の割れ方は、数えにくい。

数えにくいなら共通になりにくい。


研究班の男が言った。


「光量の揺れは……」


測ろうとする。

測ろうとすると器具がいる。

器具は時間を奪う。

時間が奪われると試験が遅れる。

遅れは焦りを生む。

焦りは揃う。

揃えば中心。

中心は門。


女が言う。


「光量は補正する」


補正。

また刃が来る。


少年は息を吸って吐いた。


補正できない揺れが必要だ。

補正の前提は、揺れが測れること。

測れない揺れなら補正できない。


測れない揺れを増やす。


少年は布を一枚、隔離室の中へ差し入れる。

命令しない。

置くだけ。


師が布に触れ、指先で撫でる。

撫でる動作は規則にできない。

規則にできないなら数にできない。


研究班が言う。


「動作を固定してもらえますか」


女が言う。


「固定はできない」

「本人の負担になる」


本人。

その言葉が危ない。

本人は対象を作る。

対象は中心。

中心は門。


少年は息を吸って吐いた。


本人の言葉を、生活へ落とす。

負担。

疲労。

それは数にしづらい。

しづらいなら共通になりにくい。


少年は水を差し出す。

師が飲む。

飲む量は測れる。

測れるなら変数になる。

だから量ではない。


飲む“間”だ。

飲む速度。

喉の鳴り。

息継ぎ。

それは数にしづらい。


照合係が苛立つ。


「揃えてください」


揃える、という命令が出た。

命令は反発を生む。

反発は戦い。

戦いは中心。

中心は門。


女が手を上げた。


「揃えなくていい」

「揃えないこと自体がデータだ」


来た。

揃えないことすら変数にされる。


少年は息を吸って吐いた。


賢い。

だが賢さにも限界がある。

変数化には境界が必要だ。

境界がない揺れは変数にできない。


境界のない揺れ。

終わりのない散り。

項目にできない散り。


少年は、摩耗帯を一本、扉の蝶番から抜いた。

抜く音は小さい。

だが蝶番の鳴り方が変わる。

鳴り方の変化は数にしづらい。

同じ扉でも、同じ音ではない。


研究班は音を測ろうとし、板を置く。

板が増える。

板が増えれば中心が生まれる。

中心は門になる。


少年は息を吸って吐いた。


中心を作らせないために、中心を増やさせる。

中心が多すぎると中心が一本にならない。

一本にならなければ門が立ちにくい。


だが増やしすぎると祭壇になる。

祭壇は門。

加減がいる。


研究班は「再現条件表」を作った。

項目が並ぶ。

項目は世界を切り出す。

切り出しは境界。

境界は中心。

中心は門。


女は言った。


「変数をこれ以上増やすと管理できない」

「本質を絞る」

「門の本質は何か」


本質。

それが一番危ない。

本質は中心の核になる。

核は門の鍵になる。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


本質を絞らせない。

絞らせないためには、本質候補を増やし続ける。

だが無意味に増やすと妨害に見える。

妨害は敵意。

敵意は中心。

中心は門。


意味があるように増やす。

意味はあるが、揃わない増やし方。


“各自の経験”に落とす。

経験は揃わない。

揃わない経験は共通になりにくい。

共通になりにくければ本質が絞れない。


少年は隊員に指示しない。

指示は契約。

契約は門。


ただ、布を一枚ずつ渡す。

器を一つずつ渡す。

灰を一粒ずつ渡す。


隊員は各自のやり方で動く。

拭く者。

運ぶ者。

払う者。

結ぶ者。


やり方が揃わない。

揃わないなら項目になりにくい。

項目になりにくければ変数化できない。


研究班の男が苛立つ。


「作業手順を統一してください」


照合係が言う。


「個人差を減らせ」


教義班が言う。


「規範を与えよ」


女が言った。


「個人差は減らせない」

「減らせば現場が壊れる」

「壊れれば再現以前だ」


賢い。

彼女は自分の目的のために、現場を守る言葉を使う。

だが守る言葉は優しい。

優しい言葉は共通になる。

共通は糸。

糸は門。


少年は息を吸って吐いた。


優しさが糸にならないように、優しさを散らす。

散らすには、答えを一つにしない。


再現試験の結論を一つにしない。


夕方、女は報告書の下書きを読み上げた。


「現象は再現する」

「条件は——」


研究班が割り込む。


「いや、再現しない」

「条件が揃わない」


照合係が言う。


「一致は取れない」

「だが不一致の傾向はある」


教義班が言う。


「名が必要だ」

「名がなければ管理できない」


女は黙って、紙を伏せた。


結論が揃わない。

揃わないなら共通になりにくい。

共通になりにくければ糸になりにくい。

糸になりにくければ門が育ちにくい。


だが、女は賢い。

賢い者は、揃わない結論を“枠”でまとめる。


女は言った。


「本日結論:再現は未達」

「未達の理由:変数過多」

「次段階:条件の切り捨て」

「現場の生活を一時停止し、試験環境を隔離する」


隔離する。

来た。

生活を止める。

生活が止まれば揺れが消える。

揺れが消えれば条件が揃う。

条件が揃えば言葉が立つ。

言葉が立てば門が作られる。


少年は静かに息を吐いた。


次は“現場停止”だ。

生活を止められたら終わる。

止められた生活は静止になる。

静止は中心。

中心は門。


なら、停止できない生活を作る。

止めると壊れる生活。

止めると危険になる生活。


生活を、制度の目的に接続する。

止めたら責任が生まれる形にする。

責任は制度の恐怖だ。

恐怖は止めさせる。


明日、彼らは条件を切り捨てに来る。

その前に、切り捨てられない乱れを置く。


数えられない散りを、増やす。

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