表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第14章 登録——名を作る装置

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/104

正式——保護を規格にして対象を消す

正式は、門に似ている。


正式は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


夕方、監察本部の男が戻ってきた。

今度は紙束が三つ。

紙束が増えるほど、残るものが増える。

残るものは中心になる。

中心は門になる。


男は言った。


「保護を正式化する」

「保護規程を作る」

「手順を固定する」

「台帳に登録する」

「上位機関へ提出する」


固定。

登録。

提出。

全部、糸の材料だ。


少年は息を吸って吐いた。


拒めない。

拒めば違反。

違反は処分。

処分は中心。

中心は門。


従えない。

固定された保護は“対象”を作る。

対象ができれば中心になる。

中心は門になる。


なら正式化する。

だが対象を作らせない。

保護を「人を守る規程」にしない。

保護を「巡回工程の規格」に落とす。

規格は制度が好きだ。

好きな言葉を与えれば刃が鈍る。


そして規格に落とせば、守られる“誰か”が消える。

対象が消えれば中心が立ちにくい。


監察本部の男は紙を広げた。

上に太い文字。


「保護規程(案)」


 条文が並ぶ。


第一条 対象者を定める。

第二条 保護期間を定める。

第三条 監視体制を定める。

第四条 記録様式を定める。

第五条 責任者を定める。


対象者。

期間。

監視。

記録。

責任者。

全部、中心を立てるための杭だ。


照合係が言った。


「対象者の氏名を記す」

「欠けの一致を確認する」

「保護理由を明文化する」


明文化。

共通。

糸。

門。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


条文は“最初の一条”で決まる。

対象者を定めた瞬間、中心が立つ。

中心が立てば門が育つ。


なら一条を変える。

一条を、対象者ではなく工程へ。


対象者を消し、工程を立てる。


少年は紙に触れない。

触れれば改竄になる。

改竄は罪。

罪は中心。

中心は門。


代わりに、点検束を一枚、紙の隣に置いた。

四枠の点線。

焚き火、水場、結び場、通路。


欠け印の札を四枚、外側に置く。

三角、丸、線、足跡。

言葉にしづらい印。

言葉にしづらければ共通になりにくい。


監察本部の男がそれを見て、また自分で言語化した。


「……対象者ではなく、対象“工程”か」

「保護は工程の異常時対応だ」

「異常が出た工程を保護する」


照合係が眉をひそめた。


「工程を保護する? 人は?」


監察本部の男が言う。


「人名は不要だ」

「工程の異常として扱えば、名は固定しない」


制度の口から「人名不要」が出た。

その瞬間、刃が落ちた。


少年は息を吐いた。


よし。

一条が変わる。

中心の杭が一本抜ける。


照合係は食い下がる。


「だが理由の明文化が必要だ」

「欠けが——」


欠け。

鍵にされる言葉。


少年は息を吸って吐いた。


欠けを理由にすると中心が立つ。

欠けは唯一性。

唯一性は鍵になる。

鍵は門になる。


欠けを“症状”にしない。

欠けを“観測不能”にする。

観測不能は制度が嫌うが、

嫌うからこそ“規格”で包めば逃げ場になる。


監察本部の男が先に言った。


「欠けは理由にしない」

「理由は『一致不能』だ」

「一致不能は現象であり、工程異常として扱う」


一致不能。

それは痛みを伴うが、中心を立てない言葉だ。

誰の一致不能か、を言わない。

言わなければ名が固定されにくい。


照合係は不満そうに頷いた。


「……なら記録は増やす」

「工程異常の記録を」


増える記録は危険だ。

だが記録を拒むと違反。

なら記録を“消費”にする。

薄くなる記録。

残り続けない記録。


少年は摩耗膜を薄く作り、記録様式の枠の外側だけを撫でた。

外側。

枠の中ではない。

外側は意味になりにくい。


監察本部の男が言った。


「改竄防止だな」


また制度が自分で納得する。


記録は、文字ではなく痕で埋める。

擦り痕。

灰粒。

水滴。

残るが薄くなる。

薄くなれば残り続けない。

残り続けなければ中心になりにくい。


照合係は渋い顔で言う。


「読めない」


監察本部の男が言う。


「読めなくても、点検痕があれば運用は説明できる」


説明できる。

それが制度の目的だ。

目的が満たされれば形に目をつぶる。

目をつぶらせれば門が育ちにくい。


最後に、責任者の条文が残った。


第五条 責任者を定める。

責任者は、中心の柱だ。

柱は門を支える。


監察本部の男は言った。


「責任者は——」


照合係が言った。


「核を——」


核。

中心。

門。


少年は息を吸って吐いた。


責任者を人にしない。

責任者を工程にする。

責任者を巡回にする。


少年は点検束の四枠を指で示す。

焚き火、水場、結び場、通路。

そして欠け印の札を四つ、順に滑らせる。

滑る札は固定にならない。

固定にならなければ中心になりにくい。


監察本部の男が言った。


「責任者は『巡回工程』とする」

「巡回工程が責任を持つ」

「人名は記さない」


照合係が唇を噛んだ。

だが反論は弱い。

反論すれば、制度同士の争いになる。

争いは上位へ飛ぶ。

上位はもっと賢い。

賢い者は門を作れる。


照合係は妥協した。


「……承知した」


規程は形の上で成立した。

だが“対象者”は消えた。

対象が消えれば中心が立ちにくい。

中心が立ちにくければ門が育ちにくい。


夜、監察本部の男は紙束を箱に戻し、言った。


「これを提出する」

「明日、機関が来る」

「解析班だ」

「現場では扱えない」


来た。

第15章。

門を理解する者たち。


少年は隔離室の扉の前で布を畳んだ。

布の端が指に引っかかる。

引っかかりは現実だ。

現実は共通になりにくい。


扉の向こうで、師が静かに呼吸している。

呼吸は生活だ。

生活は中心になりにくい。


少年は思った。


師は守られる対象ではない。

運用の一部だ。

生活の支点だ。

中心ではない支えだ。


だが次の相手は、言葉で世界を作る。

言葉が揃えば糸が太る。

糸が太れば門が開く。


第15章では、

言葉を揃えさせない戦いになる。


理解される前に、

理解の前提を崩す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ