疑義——欠けが鍵にされる
不一致は、罪ではない。
罪ではないと言われた瞬間が、一番危ない。
罪ではないなら、切らない。
切らないなら、残す。
残せば中心になる。
中心は門になる。
照合係は台帳を閉じず、開いたまま言った。
「違反ではない」
「だが疑義がある」
「疑義は解消する」
「解消できないなら隔離する」
隔離。
隔離は中心を作る。
中心は門になる。
監察本部の男が頷いた。
「現場の都合で揺れるのは理解した」
「だが“揺れてはいけない部分”がある」
「そこが揺れている」
揺れてはいけない部分。
それはつまり、鍵。
鍵は中心。
中心は門。
少年は息を吸って吐いた。
来た。
揺れを許すふりをして、
揺れを許さない一点を作る。
一点ができれば中心になる。
中心は門になる。
一点にされるのは誰だ。
——師だ。
欠けは、唯一性だ。
唯一性は鍵にされやすい。
鍵にされた欠けは、門を開く。
守れば守るほど、欠けが輝く。
輝けば中心になる。
中心は門になる。
照合係は追加の紙束を出した。
今度は「確認対象」の一覧だった。
筆跡。
声。
印影。
立会い。
そして最後に——
「責任工程の根拠」
「工程区分の制定者」
「是正命令の立案者」
制定者。
立案者。
それは名だ。
名は中心。
中心は門。
監察本部の男は言った。
「第13章の置換は、誰が決めた」
「責任者を人から工程へ変えた理由は何だ」
「意図があるなら説明しろ」
意図。
説明。
契約。
門。
少年は息を吸って吐いた。
説明すれば終わる。
説明は固定だ。
固定は中心。
中心は門。
説明しなければ疑義が深まる。
疑義は隔離。
隔離は中心。
中心は門。
どちらでも門に寄る。
なら第三の道。
説明を“人の意図”にしない。
説明を“現場の揺れの結果”にする。
だが——制度はもう、揺れの先に“一点”を探している。
一点を見せたら終わる。
照合係は視線を動かした。
隊員ではない方向へ。
隊列の外側。
焚き火の影。
そこにある“欠け”を探す目。
「責任工程」
「巡回」
「散り原本」
「変形写し」
言葉が並ぶ。
言葉が並べば共通になる。
共通は糸になる。
糸は門になる。
照合係は低い声で言った。
「この運用は、誰かの“理解”を前提にしている」
「理解の核がいる」
「核がいるなら、核が責任者だ」
核。
中心の別名。
監察本部の男が続ける。
「核を出せ」
「核を登録する」
「核が不在なら、隠匿だ」
隠匿。
罪の匂い。
罪は切る。
切れば線ができる。
線は中心を作る。
中心は門になる。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
核を出せない。
出せば門が育つ。
核を出さないと、隠匿で切られる。
切られたら戦いになる。
戦いは中心。
中心は門。
……詰められている。
照合係は紙を一枚めくり、さらに言った。
「もう一つ」
「欠けの件だ」
欠け。
出た。
核心に踏み込んだ。
照合係は淡々と続ける。
「記録が一致しないのは現場の揺れだとしても」
「欠けの一致しなさは揺れではない」
「欠けは“個体”だ」
「個体の不一致は、偽装の疑いになる」
偽装。
偽装は捕縛の口実になる。
捕縛は隔離。
隔離は中心。
中心は門。
監察本部の男は、欠け印の札を指で叩いた。
叩く音が拍になる。
拍は糸。
糸は門。
「欠けを見せろ」
「確認する」
「一致を取る」
一致を取る。
欠けを一致させる。
それはつまり、欠けを鍵にすることだ。
少年は息を吸って吐いた。
欠けを見せれば、視線が一点に集まる。
集まれば中心になる。
中心は門になる。
見せなければ隠匿。
隠匿は罪。
罪は隔離。
隔離は中心。
中心は門になる。
なら、見せる。
だが一点にしない。
欠けを欠けとして確定させない。
欠けを“個体”から“工程の欠け”へ落とす。
欠けが人ではなく、運用の欠けだと思わせる。
少年は欠けを出さない。
代わりに、欠け印の札を四枚、台帳の周囲に置いた。
三角、丸、線、足跡。
そして摩耗座の粉を、ほんの少しだけ指に取る。
粉を台帳の縁に落とす。
縁にだけ。
枠の中ではない。
枠の外。
外側は意味になりにくい。
照合係の目が粉に落ちる。
粉は現実だ。
現実は推理を鈍らせる。
少年は欠け印の札を、粉の上で一度だけ滑らせた。
輪郭が崩れる。
崩れは“消耗”に見える。
消耗は運用の痕だ。
運用の痕なら個体ではない。
照合係は眉をひそめた。
「……欠けが摩耗している」
「固定できない」
固定できない。
その言葉は救いでもあり、危険でもある。
救いは一致が取れないこと。
危険は“現象”として上へ上げられること。
監察本部の男が言う。
「現象だ」
「なら隔離が必要だ」
「核を隔離し、再現実験する」
再現実験。
次の階段。
第15章への扉。
少年は静かに息を吐いた。
守れたのは“欠けの確定”だけ。
だが代わりに、欠けが“現象の核”にされた。
核は中心だ。
中心は門だ。
そして最悪なのは、隊員の善意が燃えること。
守ろうとすればするほど、欠けが中心になる。
中心になれば門が育つ。
守るほど危ない。
危ないのに、守らなければ失う。
矛盾が、ここで刺さる。
照合係は最後に紙を差し出した。
「隔離同意書」
「任意だ」
「だが任意でない場合は強制になる」
任意。
任意は甘い言葉だ。
甘い言葉は共通になる。
共通は糸になる。
糸は門になる。
監察本部の男が印泥を置いた。
赤い。
赤は目を集める。
集まれば中心。
中心は門。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
ここで署名すれば、欠けが隔離される。
隔離は中心。
中心は門。
拒めば強制。
強制は戦い。
戦いは中心。
中心は門。
……なら、同意書を同意書にしない。
署名を署名にしない。
印を印にしない。
摩耗印で押す。
押されるが残らない。
残らないなら中心になりにくい。
だが隔離そのものは止まらない。
止められないなら、隔離先を“実験室”にさせない。
隔離を“巡回”へ落とす。
隔離を“保護”へ落とす。
保護は善意だ。
善意は危険だが、生活に混ぜれば散らせる。
次は、隔離の形を奪う。




