照合——一致の刃
制度は、足りないと言う。
足りないと言えば増やせる。
増やせば揃う。
揃えば共通。
共通は糸。
糸は門。
台帳の一頁目が埋まった頃、照合係はペンを止めた。
指先の動きが、きっちり止まる。
止め方が規則だ。
規則は共通。
共通は糸。
糸は門。
照合係は言った。
「不十分だ」
「一致が取れない」
「精度を上げる」
精度。
それは“同じ”を作る力だ。
同じができれば共通になる。
共通は糸になる。
糸は門になる。
監察本部の男が箱から紙束を取り出した。
薄い紙ではない。
硬い紙。
残る紙。
残る紙は中心になる。
追加様式。
追記欄。
確認欄。
立会い欄。
欄が増える。
欄が増えれば名が固定される。
固定は杭。
杭は支点。
支点は鍵を回す。
少年は息を吸って吐いた。
拒めない。
拒めば違反。
違反は処分。
処分は中心。
中心は門。
従えない。
精度が上がれば門が育つ。
門が育てば師が危ない。
なら、精度を上げる。
だが一致を作らない。
精度を、精度同士で潰し合わせる。
筆跡で一致させようとすれば、声が揺らす。
声で一致させようとすれば、印影が崩す。
印影で一致させようとすれば、立会いが割る。
割れれば中心ができにくい。
一致の刃を、刃同士で鈍らせる。
照合係は板を叩き、告げた。
「本人確認を追加する」
「筆跡を採る」
「声を採る」
「印影を採る」
「立会いを二名付ける」
隊員たちが息を呑む。
呑むと揃う。
揃えば拍。
拍は糸。
糸は門。
少年は息を吸って吐いた。
恐怖が揃うのを散らす。
散らすには生活だ。
生活は揃わない。
少年は器を二つ増やした。
水を置く。
渇けば飲む。
飲めば喉が動く。
喉が動けば声が変わる。
声が変われば一致しにくい。
少年は灰を一筋散らした。
灰が舞えば咳が出る。
咳は声を揺らす。
揺れれば一致しにくい。
だが咳は自然だ。
自然は故意に見えにくい。
筆跡の採取が始まる。
照合係は言う。
「同じ文を三回書け」
「丁寧に」
「筆圧も揃えろ」
揃えろ。
共通。
糸。
門。
少年は息を吸って吐いた。
同じ文を止めない。
止めれば反抗。
反抗は敵意。
敵意は中心。
中心は門。
同じ文を“同じに書けない状況”へ落とす。
少年は筆の先を見て、少し水を含ませた布を近くに置く。
布は生活。
生活は自然だ。
隊員は汗を拭く。
汗を拭けば掌が乾く。
乾けば筆圧が変わる。
変われば一致しない。
別の隊員は水を飲む。
飲めば手が震える。
震えれば筆跡が揺れる。
揺れれば一致しない。
さらに、紙は消費紙ではない。
硬い紙だ。
だが少年は硬い紙の下に“摩耗帯”を一枚だけ敷く。
敷くが見えない位置。
摩耗帯は薄い。
薄い帯は筆圧を吸う。
吸えば線が微妙に変わる。
変われば一致しない。
照合係は眉をひそめる。
「……力の入り方が違う」
「書き直せ」
書き直しは増える。
増えれば変化が増える。
変化が増えれば一致しない。
一致しないのは不都合だが、
制度は“努力の回数”を見ると落ち着く。
回数は形式だ。
形式は入口。
入口を通して、中心を作らせない。
次は声。
照合係は言う。
「名を言え」
「所属を言え」
「同じ言い方で三回」
同じ言い方。
危険な言葉。
少年は息を吸って吐いた。
同じ言い方は無理だ。
無理を自然にする。
自然は故意に見えにくい。
少年は焚き火の火種を少し散らす。
煙が少し喉を刺激する。
咳が出そうになる。
声が揺れる。
揺れれば一致しない。
少年は水の器を近くに置く。
水を飲めば声が変わる。
変われば一致しない。
照合係は苛立つ。
「環境を整えろ」
「静かにしろ」
静けさは中心を作る。
中心は門になる。
少年は息を吸って吐いた。
静かに“しすぎない”。
生活音を残す。
縄が擦れる音。
器が触れる音。
足音。
生活音は揃わない。
揃わなければ拍になりにくい。
声は採れる。
だが声は揺れる。
揺れる声は一致しない。
次は印影。
照合係は印章を押させ、
「同じ位置に」
「同じ力で」
「印影が一致するまで」
一致。
門の言葉。
少年は息を吸って吐いた。
印影は、力で変わる。
なら力を揺らす。
だが故意に揺らすと反抗。
反抗は敵意。
敵意は中心。
揺れの理由を生活にする。
少年は印泥の皿を、器の近くに置く。
水が跳ねない距離。
だが湿度が違う。
湿度が違えば泥の粘りが変わる。
粘りが変われば印影が変わる。
変われば一致しない。
照合係は舌打ちを堪える。
堪える喉は渇く。
渇けば水を飲む。
水は生活。
生活は中心を作りにくい。
最後に立会い。
照合係は言う。
「立会い二名」
「互いに署名」
「不正の余地を潰す」
不正の余地。
潰す。
それは門を育てる作業だ。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
立会いは、共通を作る。
共通を作れば糸が太る。
糸が太れば門が近づく。
だが立会いは“二名”だ。
二名なら割れる。
割れれば中心が一本になりにくい。
立会いを、固定ではなく巡回にする。
同じ二人を繰り返しにしない。
毎回違う二人。
違えば共通になりにくい。
少年は立会いを選ばない。
選べば中心になる。
中心は門になる。
少年は器を移す。
水場が変わる。
水を汲みに行く者が変わる。
ついでに立会いが変わる。
変わるのは生活の都合。
生活の都合なら故意に見えにくい。
照合係は不満だが、
帳面には“立会い二名”が揃う。
形式は満たされる。
形式が満たされれば制度は一段落ちる。
だが一致は取れない。
筆跡は揺れる。
声は揺れる。
印影は崩れる。
立会いは変わる。
精度を上げたのに、
精度が互いに邪魔をして一致しない。
照合係はペンを置き、低い声で言った。
「……これは“現象”だ」
「人の怠慢ではない」
「別の枠で扱うべきだ」
危険な理解だった。
理解されると、上位が来る。
上位は賢い。
賢い敵は門を作れる。
監察本部の男が頷く。
「上へ回す」
「次の段階へ」
少年は静かに息を吐いた。
一致は防いだ。
だが次は、より大きな枠。
制度の外側から、門を作りに来る。
ここから先は、
現場の工夫では間に合わない。




