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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第14章 登録——名を作る装置

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登録——名を作る装置

台帳は、残る。


残るものは中心になる。

中心は門になる。


是正命令の紙は、まだ乾ききっていなかった。

摩耗膜の縁が細く割れ、欠け印の輪郭が微かに崩れていく。

崩れるのは救いだった。

残らないなら中心になりにくい。


だが制度は、残る形を別に持っている。


朝、監察本部の男は一団を連れて戻ってきた。

昨日より人数が多い。

足音が揃っている。

揃った足音は拍だ。

拍は糸になる。

糸は門になる。


真ん中に、箱がある。

箱は木でできている。

木箱は紙より長生きする。

長生きするものは中心になりやすい。


監察本部の男が言った。


「登録に入る」

「照合を行う」

「台帳を持ち込む」


台帳。

その言葉だけで喉が乾いた。


台帳は、同じを作る。

同じができれば共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


少年は息を吸って吐いた。


拒めない。

拒めば違反。

違反は処分。

処分は中心。

中心は門。


従えない。

台帳に名が固定されれば終わる。

名が固定されれば門が育つ。


なら、台帳を台帳にしない。

台帳の“顔”は渡す。

だが中身は一致させない。

一致しなければ共通になりにくい。


登録を、工程へ落とす。

人を、流れへ落とす。


木箱が開けられた。


中にあったのは、分厚い冊子。

革の背表紙。

金具。

閉じれば鍵がかかる。

鍵は中心だ。

中心は門になる。


冊子の表紙には、文字があった。


「登録台帳」


文字は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


監察本部の男は、台帳を机代わりの板に置いた。

板の上に台帳。

台帳の上に印章。

印章の隣に番号札。

机が中心になる。

中心は門になる。


さらに、別の男が前へ出る。

細い目をした男。

手袋。

筆。

その手は、現場の汚れを嫌う手だ。

嫌う手は固定を好む。


監察本部の男が紹介した。


「照合係だ」

「記録と現場を一致させる」

「本人確認を行う」


本人確認。

人へ紐づける刃。


隊員たちの肩が硬くなる。

硬くなると視線が寄る。

寄れば中心になる。

中心は門になる。


少年は息を吸って吐いた。


ここで“怖がり”が揃うと糸が太る。

糸が太れば門が近づく。

怖さも共通になってしまう。


怖さを散らす。

散らし、生活へ落とす。

生活は揃わない。

揃わなければ糸になりにくい。


照合係は番号札を並べた。

一、二、三、四……

札が整列する。

整列は中心を作る。


「順番に来い」

「名を言え」

「所属を言え」

「印を押せ」


名。

所属。

印。

門の材料。


少年は前に出ない。

前に出れば中心になる。

中心は門になる。


少年は器を二つ、台帳のそばへ置いた。

水の器。

生活の器。

机の中心に置かない。

中心に置けば祭壇になる。

祭壇は門になる。


器は左右に置く。

左右に置けば動線が割れる。

動線が割れれば視線が割れる。

視線が割れれば中心ができにくい。


照合係が嫌そうに眉をひそめた。

だが水は必要だ。

渇きは現実だ。

現実は制度の言葉より強い。


最初の隊員が呼ばれる。


「名は」


隊員が口を開く。

その瞬間、音が生まれる。

音は残らない。

だが台帳が残す。

残れば中心になる。


少年は息を吸って吐いた。


名を止められない。

止めれば違反。

違反は処分。


なら名を“名として残させない”。

残す先を台帳から外す。

台帳が欲しいのは一致。

一致を別のところで満たして台帳の刃を鈍らせる。


一致の代替を作る。

人ではなく工程。

個人ではなく巡回。


少年は、欠け印の札を一枚、照合係の手元に滑らせた。

三角。

言葉にしづらい印。

言葉にしづらければ共通になりにくい。


照合係は札を見て眉をひそめた。


「これは何だ」


説明はしない。

説明は契約になる。

契約は門になる。


少年は、点検束を一枚だけ置いた。

四枠の点線。

焚き火、水場、結び場、通路。


照合係は、勝手に理解を作った。


「……工程区分か」


監察本部の男が頷く。


「第13章の是正で決まった」


制度の内部で完結する言葉。


照合係は不満そうに、台帳の欄を見た。

氏名欄。所属欄。番号欄。

工程欄はない。


「台帳の様式にない」

「勝手に増やすな」


来た。

様式の固定。

固定は中心。

中心は門。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


台帳に工程欄はない。

なら台帳の“外側”に工程を置く。

中に書けば固定になる。

外に置けば意味になりにくい。


台帳の中身は満たす。

だが中心を作らない形で満たす。


少年は、摩耗膜を薄く作り、台帳の欄の“外側”にだけ塗った。

枠の中ではない。

外側。

外側は制度が見落としやすい。


照合係はそれを見て、また勝手に言葉を作った。


「改竄防止の措置か」

「……よし、許可する」


許可する。

その言葉で制度は自分を守る。

自分を守る言葉が出ると、攻撃の刃が鈍る。


照合係は台帳の枠の中に、隊員の名を書き込む。

書く。

残る。

残れば中心になる。


危ない。


だが同時に、少年は欠け印を“外側の膜”に押させる。

押されるが残らない。

残らないなら中心になりにくい。


台帳には名が残る。

だが名が“中心”にならないよう、

名が“工程の影”に沈むように、外側に別の軸を作る。


中心を、枠の外へ逃がす。


照合係は次の札を取った。


「二番」

「次」


順番が回り始める。

回り始めると拍になる。

拍は糸になる。

糸は門になる。


少年は息を吸って吐いた。


順番を崩す。

だが止めない。

止めれば敵意。

敵意は中心。

中心は門。


順番を“生活の都合”で割る。


少年は器を少し傾け、水をこぼさない程度に揺らした。

水面がきらめく。

照合係の目が一瞬落ちる。

落ちた瞬間に、隊員の列が動く。

列が乱れる。

拍が崩れる。


監察本部の男が言った。


「整列しろ」


強い言葉。

共通。

糸。

門。


少年は息を吐いた。

刃がまた上がる。


そして知った。


この章は、ここから先が本番だ。

台帳は始まりに過ぎない。

次は照合の精度が上がる。

筆跡。声。指の形。

“人”が固定される。


登録の装置は、必ず名へ戻る。


少年は静かに思った。


名を守るのではない。

名が成立しない仕組みを、制度の中に植える。

制度が自分で運用したくなる形で。


そうでなければ、門は完成する。

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