掲示——壁を動かす
掲示は、中心になる。
貼られた紙は残る。
残るものは中心になる。
中心は門になる。
監察本部の男は言った。
「手順書を掲示しろ」
「全員が常に参照できる位置に」
「固定しろ」
固定。
その言葉が刃だった。
固定は杭だ。
杭は支点だ。
支点は鍵を回す。
少年は息を吸って吐いた。
拒めない。
拒めば違反。
違反は処分。
処分は中心。
中心は門。
従えない。
固定された掲示は共通の正しさを立てる。
共通は糸。
糸は門。
なら掲示する。
だが固定しない。
壁を壁にしない。
壁を動かす。
掲示を、巡回に変える。
少年は“板”を作らなかった。
板は座だ。
座は中心だ。
中心は門だ。
代わりに“紐”を張った。
低い紐。
縄ではない。
縄は結びになる。
結びは中心になる。
中心は門になる。
紐は摩耗帯に近い。
引けば切れる。
切れれば固定できない。
紐は四つ。
焚き火の外側。
水場の横。
結び場の近く。
通路の端。
四つにすれば中心が割れる。
割れれば門が育ちにくい。
そこに、手順書を“挟む”。
貼らない。
糊で固定しない。
釘で止めない。
止めないなら杭にならない。
杭にならなければ支点になりにくい。
挟まれた紙は風で揺れる。
揺れは生活だ。
生活は意味になりにくい。
意味になりにくければ契約になりにくい。
監察本部の男は眉をひそめた。
「固定しろと言った」
「揺れるのは不可」
少年は息を吸って吐いた。
揺れを否定しない。
揺れは“視認性”の問題に落とす。
制度は目的が満たされれば形に目をつぶる。
少年は紐の位置を半歩だけ上げた。
上げると風の当たりが変わる。
揺れが弱まる。
弱まれば“固定に見える”。
見えるが固定ではない。
監察本部の男は渋い顔で頷いた。
「……よし」
よし、が出れば刃が少し落ちる。
落ちた一瞬に、また散らす。
掲示が始まると、隊員たちは見に行く。
見に行く行為が揃うと危険だ。
揃えば拍になる。
拍は糸になる。
糸は門になる。
少年は息を吸って吐いた。
見に行く時間を揃えない。
見に行く道を一本にしない。
見に行く紙を同じにしない。
四つの掲示。
四冊の手順書。
微差の分冊。
焚き火に行く者。
水場に行く者。
結び場に行く者。
通路端に行く者。
散る。
散れば拍になりにくい。
拍になりにくければ糸になりにくい。
さらに、掲示は“貼り替え”られる。
少年は一刻ごとに手順書を入れ替えない。
入れ替えると規則になる。
規則は共通になる。
共通は糸になる。
入れ替えは“生活の都合”で起きる。
風が強いから場所を変える。
雨が来そうだから内側へ寄せる。
火種が弱いから影が出ない位置へ移す。
縄が緩んだから結び場へ人が集まる、そのついでに変える。
ついで。
ついでは揃わない。
揃わないなら儀式にならない。
儀式にならなければ共通になりにくい。
監察本部の男は気づく。
「掲示が……動いている」
動く掲示は嫌われる。
だが運用と呼べば許される。
制度は“運用”が好きだ。
運用は手順の顔をする。
顔があれば落ち着く。
男が言う。
「運用の記録を残せ」
「いつどこに貼ったか」
「誰が担当したか」
来た。
掲示の固定化。
担当者の名。
門の材料。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
記録は残せない。
残れば中心。
中心は門。
だが拒めない。
拒めば違反。
違反は処分。
なら記録を“消費”にする。
残る記録ではなく、消える記録。
押されるが残らない。
書かれるが定着しない。
掲示運用のログを、摩耗ログに落とす。
少年は点検束を一枚出した。
四枠の点線。
文字はない。
だが制度が好きな“項目”の顔。
少年は灰を一粒、男の指先につける。
男は嫌そうに指を見る。
だが指が動く。
動けば視線が割れる。
少年は一枠を一度だけ擦らせた。
擦れた痕が残る。
残るが薄くなる。
薄くなれば残り続けない。
男は勝手に言語化した。
「……掲示点検」
「これを記録とする」
制度が自分で言葉を作った。
それなら共有されにくい。
共有されにくければ糸になりにくい。
男は満足げに頷いた。
「よし。これで上へ説明できる」
上へ。
説明。
それは危険でもある。
だが今は刃が落ちた。
落ちた刃の隙間に、少年は次を見た。
監察本部の男が、箱の底から最後の紙を取り出す。
厚い紙。
残る紙。
残る紙は中心になる。
男は言った。
「明日、是正命令を出す」
「この現場の責任者を登録する」
「名を——」
名。
来た。
掲示も手順も、結局は名へ戻る。
名は中心。
中心は門。
少年は息を吸って吐いた。
明日が山だ。
名を作らせない最後の線。
名が立てば門が育つ。
門が育てば師が危ない。
なら明日、制度に“名の代わり”を差し出す。
人ではなく、役割。
固定ではなく、巡回。
登録ではなく、消費。
制度が欲しい中心を、中心ではない場所へ置く。




