源泉——規則を作る側が来る
制度の目は、現場を見ない。
現場は揺れている。
揺れは正しい。戦場では、揺れなければ死ぬ。
だが制度は、揺れを嫌う。
揺れは記録できない。
記録できないものは、責任にできない。
責任にできないものは、中心を作れない。
中心がない場所に、制度は座を置きたがる。
朝、空気が固かった。
風が通るのに、通らないような感触。
焚き火の煙がまっすぐ立ち上がり、途中で折れた。
折れた先で、見張りの視線が一瞬だけ集まる。
足音が揃っている。
揃った足音は拍だ。
拍は糸になる。
糸は門になる。
入口の外に、六人。
隊列は崩さない。
歩幅も、止まる位置も、揃っている。
揃いすぎていて、戦の者ではない。
揃いすぎていて、怖い。
先頭の男は箱を抱えていた。
薄い箱。
だが薄さの割に重い。
紙の匂いがする。
紙は残る。
残るものは中心になる。
男は入口で止まり、声を落とした。
「監察本部だ」
「“特殊運用”の是正に来た」
特殊運用。
常駐監督が上へ報告した言葉だ。
あの言葉が、ここまで連れてきた。
男は続けた。
「この現場は、規則に合っていない」
「責任の所在が不明確」
「記録が読めない」
「原本が脆い」
「写しが一致しない」
全部、正しい。
全部、危険だ。
正しさは共通になる。
共通は糸になる。
糸は門になる。
少年は息を吸って吐いた。
戦わない。
戦えば敵意になる。
敵意は中心だ。
中心は門だ。
だが従ってはならない。
従えば、名が立つ。
名が立てば、門が育つ。
なら、制度の目的だけを満たす。
形は渡さない。
中心は渡さない。
制度の「座りたい欲」を、別の場所へ落とす。
監察本部の男は箱を開けた。
中から出たのは、紙ではなかった。
紙もある。だが最初に出したのは板だ。
薄い木板。
その上に、四つの枠が描かれている。
枠の角には、番号。
番号は残る。
残る番号は中心になりうる。
男は言った。
「様式を統一する」
「これが本部の点検板だ」
「この枠に従って、記録を作れ」
「誰が、いつ、どこで、何をしたか」
「必ず書け」
書け。
文字。
共通。
糸。
門。
背筋が冷えた。
“点検束”は、文字を避けるためのものだった。
“散り原本”は、一冊にさせないためのものだった。
“変形写し”は、同じにしないためのものだった。
それらを、一本の様式へ戻す。
戻せば中心が生まれる。
中心が生まれれば門が育つ。
監察本部の男は周囲を見回し、言った。
「責任者を出せ」
「説明責任を果たせ」
「ここで決める」
ここで。
決める。
中心。
門。
少年は前に出ない。
前に出れば中心になる。
中心は門になる。
少年は器を半歩だけずらした。
水が揺れる。
揺れは生活だ。
生活は意味になりにくい。
男の目が器に落ちた。
落ちた瞬間が入口だった。
少年は、点検束を一枚、器の横へ置いた。
四枠の点線。
文字はない。
だが“項目の顔”はある。
監察本部の男は眉をひそめた。
「ふざけているのか」
言葉が強い。
強い言葉は共通になる。
共通は糸になる。
糸は門になる。
少年は息を吸って吐いた。
否定しない。
否定は言葉の戦いになる。
戦いは中心だ。
中心は門だ。
代わりに、手を動かさせる。
少年は灰を一粒、男の指先につけた。
男は反射的に指を引いた。
だが指は動いた。
動けば視線が割れる。
少年は点検束の一枠を、指で一度だけ擦らせた。
擦れる。
点が乱れる。
乱れは“実施”の痕だ。
痕は制度が好きだ。
痕があると落ち着く。
男は言葉を飲み込んだ。
「……点検は、しているのか」
勝手に言語化した。
勝手に言語化なら共有になりにくい。
少年は肯定しない。
肯定は契約になる。
契約は門になる。
代わりに、欠け印の札を一枚、点検束の上に重ねた。
欠けている。
欠けは中心になりにくい。
中心になりにくければ門になりにくい。
監察本部の男は札を見る。
読めない。
読めないものは、上へ回しにくい。
回しにくいものは共通になりにくい。
だが男は引かない。
引くのは弱さだ。
制度は弱さを嫌う。
男は箱の中から、印泥を出した。
赤い。
赤は目を集める。
集まれば中心になる。
中心は門になる。
「ここに印を押せ」
「この様式に従うと誓え」
「従わないなら、違反として処分する」
処分。
排除。
排除は戦い。
戦いは中心。
中心は門。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
押すしかない。
だが残してはならない。
ここで“正式”を飲まなければ、現場が潰れる。
現場が潰れれば、師が露出する。
露出すれば、外が名を完成させる。
なら、誓いを誓いにしない。
印を印にしない。
規則を規則にしない。
制度の刃を、制度の手で摩耗させる。
少年は静かに、器の水を指に取り、
灰と紙粉を混ぜた薄い膜を掌に作った。
摩耗印。
押されるが残らない印。
そして思った。
ここから先は、現場の工夫では足りない。
規則の源泉そのものを、散らさなければならない。
門は、上から作られる。
上が本気になった。




