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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第12章 制度――中心を作る怪物

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写し——同じにならない複製

写しは、制度の牙だ。


原本が一本なら中心になる。

だが原本が散っていても、写しが同じなら共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


監査官の男は言った。


「写しを提出しろ」

「上へ回す」

「同じものが必要だ」


同じもの。

その言葉が最も危険だった。

同じは共通だ。

共通は糸だ。

糸は門だ。


少年は息を吸って吐いた。


拒めない。

拒めば排除。

排除は中心。

中心は門。


従えない。

同じ写しは糸を作る。

糸は門になる。


なら、写しを作る。

だが同じにしない。

同じにしないまま「写しの顔」を満たす。


複製の欲を、矛盾で溶かす。


少年が用意したのは「変形写し」だった。


写しに必要なのは、外の世界に回せる“紙の形”。

だから紙は出す。

ただし紙は消費紙。

触れれば薄くなる。

濡れれば滲む。

乾けば割れる。


写しに必要なのは、原本と同じ“内容”。

だが内容を文字で写せば同じになる。

同じになれば共通になる。

共通は糸になる。


だから内容は文字で持たない。

点線と痕で持つ。

そして痕は毎回変形させる。


変形の方法は三つ。


一、摩耗。

写しを取る前に、紙の端を一度だけ擦る。

擦る位置は毎回違う。

違えば一致しない。


二、水滴。

一滴だけ落とす。

落とす場所は毎回違う。

違えば一致しない。


三、灰粒。

一粒だけ付ける。

付ける位置は毎回違う。

違えば一致しない。


同じ写しは作れない。

だが“写しが作られた痕跡”は残る。

制度は痕跡があると落ち着く。

落ち着けば刃が鈍る。


上へ回せる。

だが上で照合できない。

照合できないなら中心化できない。

中心化できないなら門が育ちにくい。


監査官の男は、写しを要求する場に箱を置いた。

箱は上へ回すための箱だ。

箱は一つ。

一つは中心になりやすい。

中心は門になる。


少年は箱を増やさない。

増やすと抵抗に見える。

抵抗は敵意だ。

敵意は中心だ。

中心は門だ。


代わりに、箱の中を四分割する。

布で仕切る。

布は生活。

生活は意味になりにくい。

意味になりにくければ敵意になりにくい。


四分割された箱に、四枚の写しを入れる。

焚き火の写し。水場の写し。結び場の写し。通路の写し。

題名は書かない。

点線の印だけ。


監査官の男は言う。


「一つにまとめろ」

「上は一括で見る」


少年は息を吸って吐いた。


まとめる顔は作る。

だが同じにはしない。


少年は四枚を重ね、上から摩耗帯で“挟む”。

結ばない。

綴じない。

ただ挟む。

挟みは固定になりにくい。


監査官がそれを持ち上げた瞬間、紙粉が落ちる。

紙粉は現実。

現実は言葉より強い。

「脆い」と思わせる。

脆いものは扱いが慎重になる。

慎重になればコピーを大量に取る気が萎える。


男は不満そうに眉を寄せる。


「……上で読めないぞ」


読めないことは危険。

だがここで説明はしない。

説明は契約になる。

契約は門になる。


代わりに、男に“照合できない理由”を体で作らせる。


少年は男の指先に灰を一粒つけ、写しの端を一度だけ擦らせた。

擦れた場所が薄くなる。

薄くなると“ここが違う”が生まれる。

違いは、同一照合を壊す。


男はそれを見て舌打ちしかける。

舌打ちは敵意。

敵意は中心。

中心は門。


だが舌打ちは出なかった。

出す前に、男の喉が渇いた。

紙粉は喉を乾かす。

乾けば水を飲む。

水を飲めば生活へ落ちる。

生活へ落ちれば敵意は薄まる。


副監査が言った。


「一致しない写しは、写しではない」

「上が怒る」


正しい。

制度の正しさは刃だ。

刃は中心を作る。

中心は門になる。


少年は息を吸って吐いた。


一致しないことを“欠陥”にしない。

欠陥にすると違反になる。

違反は排除。

排除は中心。

中心は門。


一致しないことを“運用の証拠”に変える。

運用されているから痕が増える。

増えるから変形する。

変形するのは「動いている」証拠。

制度は動いているものを完全には切れない。

戦場では特に。


少年は点検束を一枚、写しの上に置いた。

四枠の点線。

項目がある顔。


副監査はそれを見て、言葉を止めた。

項目があると制度は落ち着く。

落ち着けば怒りが一段落ちる。


監査官の男が言う。


「……写しは、運用写しとして提出する」


制度の中の言葉を自分で作った。

作ればこちらが説明しなくて済む。

説明が要らなければ契約が生まれにくい。


写しは箱に入った。

上へ回る。

回るが一致しない。

一致しないなら共通の糸になりにくい。

糸になりにくければ門になりにくい。


だが去り際、監査官の男は小声で言った。


「上は、次に“人”を寄越す」

「紙ではなく、目で見る者だ」

「現場に常駐する」


来る。

制度の最終形。

常駐の目。

目は視線だ。

視線は中心を探す。

中心は門になる。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


紙は溶かせた。

原本も写しも、散りへ落とせた。


だが目は溶けにくい。

目は残らない代わりに、今ここで刺さる。

刺されれば名が完成する。


次は、常駐の目を“仕事”へ落とす。

目を人から物へ落とす。

目を中心から流れへ落とす。


常駐を、巡回に変えられなければ終わる。

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