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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第12章 制度――中心を作る怪物

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散り原本——一冊に見えて一本ではない

一冊にまとめろ。


制度の言葉は短い。

短い言葉は強い。

強い言葉は中心を作る。

中心は門になる。


監査官の命令は、名や署名より危険だった。

名は避けられる。

署名も形を変えられる。

だが「一冊」は、避けにくい。


一冊は、固定だ。

固定は杭だ。

杭は支点だ。

支点は鍵を回す。


少年は息を吸って吐いた。


従う。

ただし一本にしない。

一本にしない一冊を作る。

一冊に見えるが中心がない。

中心がないなら門が育たない。


綴じない束。

結ばない結び。

固定しない提出。


制度の「一冊」を、散りへ変換する。


少年が作ったのは「散り原本」だった。


外見は一冊。

表紙がある。

背表紙がある。

手に取れば“本”の顔をする。


だが中身は、綴じていない。


紙はすべて消費紙。

触れれば薄くなる。

擦れば粉になる。

濡れれば滲み、乾けば割れる。


綴じない代わりに、

紙の端に“欠け穴”を開ける。

穴は丸ではない。

欠けている。

欠けた穴は中心になりにくい。

中心になりにくければ門になりにくい。


欠け穴に通すのは糸ではない。

糸は結びになる。

結びは中心だ。

中心は門だ。


通すのは「摩耗帯」。


摩耗帯は紙粉と灰で作った薄い帯。

指で引けば切れる。

切れれば結びになれない。

結びになれないなら固定になれない。


摩耗帯は結ばない。

ただ“挟む”。

挟んだ摩耗帯は、触れれば削れて短くなる。

短くなれば、いつか抜ける。

抜ければバラける。

バラければ一本にならない。


一本にならない一冊。

これが散り原本。


中身の記録は、相変わらず文字ではない。


文字は残る。

残れば中心になる。


点線の枠。

摩耗の痕。

水滴の跡。

灰の粒。

縄の擦れ。


“運用された痕跡”だけが増える。

誰が、は書かない。

いつ、も書かない。

書けば名と時間が固定される。

固定は杭だ。

杭は支点だ。


制度は本当は、誰がいつを欲しがる。

だが制度がまず欲しいのは「原本の顔」だ。

顔さえあれば、次の刃は一段落ちる。

落ちた一瞬に、また散らす。


散り原本は、その一瞬を作るための器だ。


提出の日、監査官の男が来た。


箱を開ける。

中身は一冊。

男の目が満足そうに細くなる。

制度の目が「形」を見つけた瞬間だ。


「……よし。これが原本だな」


少年は答えない。

肯定は契約になる。

契約は門になる。


男は原本を手に取る。

重さがある。

重さは安心を作る。

安心は刃を鈍らせる。


男はページをめくる。

紙粉が指に付く。

粉は現実だ。

現実は言葉より強い。


監査官は眉をひそめる。


「……脆い紙だな」


脆さは利点だ。

残らない。

残らないなら中心になりにくい。


副監査が言う。


「綴じが甘い」

「原本は綴じるものだ」


来た。

固定の要求。


少年は息を吸って吐いた。


綴じろと言われれば綴じになる。

綴じは結び。

結びは中心。

中心は門。


だから“綴じてあるように見せる”が、綴じない。


少年は摩耗帯を指で示す。

示すが説明しない。

説明は契約になる。

契約は門になる。


副監査が摩耗帯を引く。

引けば削れる。

削れて短くなる。

短くなれば、固定が解ける。


副監査は焦って手を止めた。


「……切れる」


監査官の男が言う。


「つまり、扱いは慎重にせよ、ということだな」


制度は勝手に理由を作る。

勝手に理由を作れば、こちらの説明が要らない。

説明が要らなければ契約が生まれない。

契約が生まれなければ門が近づかない。


男は摩耗帯を「封印」と解釈した。

封印という言葉は危険だ。

意味が強い。

意味は契約になる。

契約は門になる。


だがここで否定しない。

否定は言葉の戦いになる。

戦いは中心だ。

中心は門だ。


代わりに、男に“摩耗させる”。


男の指先に灰をつけ、摩耗帯の表面を一度だけ擦らせる。

擦れば帯が薄くなる。

薄くなれば封印の強さが消える。

消えれば意味が薄まる。

意味が薄まれば契約になりにくい。


封印ではない。

ただの消費だ。


監査官はページの中身を見ようとする。


だが文字がない。

点線と痕だけ。


「……読めない」


読めないことは危険でもある。

制度は読めないものを嫌う。

嫌えば排除する。

排除は中心だ。

中心は門だ。


少年は息を吸って吐いた。


読めないが“点検できる”に落とす。

制度は点検が好きだ。

項目があれば落ち着く。


少年は点検束を一枚だけ、原本の上に置いた。

四枠の点線。

監査官が好きな顔。


監査官はそれを見て頷く。


「……点検原本、ということか」


勝手に言語化。

勝手に言語化なら共有になりにくい。


男は原本のページを擦り、薄くしていく。

薄くなるほど“確認した証拠”になる。

証拠が増えれば制度の欲が満たされる。

満たされれば刃が鈍る。


だが薄くなるほど原本は残らない。

残らないなら中心になりにくい。

中心になりにくければ門になりにくい。


制度が、制度の手で中心を削っている。


最後に監査官の男が言った。


「次は写しを提出しろ」

「上へ回す」

「複製が必要だ」


来た。

複製。

共有の最短。

共有は糸。

糸は門。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


一冊に見えるが一本ではない原本は通った。

だが次は“写し”。

写しは残る。

残れば中心になる。


写しを拒めば排除。

従えば門が育つ。


なら、写しを“写しではない写し”にする。

複製できるが、同じにならない。

同じにならなければ共通になりにくい。

共通になりにくければ糸になりにくい。


次は、複製を散りへ落とす。

制度の共有欲を、共有できない形で満たす。

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