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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第12章 制度――中心を作る怪物

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制度——中心を作る怪物

制度は、人の顔をして来ない。


印章の顔。

帳簿の顔。

規則の顔。

そして監査の目。


監査は探す。

誰が指揮か。

誰が責任か。

誰が署名したか。

どこに原本があるか。


制度は中心を必要とする。

中心がなければ回らない。

回らないものは敵になる。

敵になれば排除される。

排除は戦いだ。

戦いは中心だ。

中心は門だ。


外の三人が去って三日後、別の一団が来た。


人数が違う。

足音が揃っている。

揃った足音は拍だ。

拍は糸になる。

糸は門になる。


揃いすぎている。

軍ではなく、役人に近い。

だが役人は戦場に慣れていない。

慣れていない視線は、人の名を欲しがる。


先頭に、薄い箱を抱えた男がいる。

箱は紙の匂いがした。

紙は残る。

残るものは中心になる。

中心は門になる。


男は入口で立ち止まり、声を落とした。


「監査だ」

「ここに“責任の所在”がないという報告が上がっている」

「正式書面の確認に来た」


来た。

制度の目が来た。


少年は息を吸って吐いた。


戦わない。

戦えば敵意になる。

敵意は中心だ。

中心は門だ。


従わない。

従わなければ排除される。

排除は中心だ。

中心は門だ。


なら、制度の欲を満たす“別の中心”を与える。

人ではない中心。

名ではない中心。

固定ではない中心。


中心を、流れにする。

制度の目を、チェックへ落とす。


少年は「点検束」を用意していた。


束は紙だ。

紙は危険だ。

残れば中心になる。


だから束は消費紙で作る。

触れれば薄くなる。

擦れば崩れる。

雨に濡れれば滲む。

数日で灰になる。


束の中身は文字ではない。

文字は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


中身は点線だけ。

点線で描かれた“チェックの枠”。

枠は四つ。

焚き火/水場/結び場/通路。


各枠の中に、点の並び方が違う。

流れ。間。割れ。散り。

読めない。

読めないが、役人は「項目がある」と思う。

項目があると制度は落ち着く。

落ち着けば言葉が減る。

言葉が減れば糸が細くなる。


そして最大の仕掛け。


点検束は、監査官自身が“消費”する。


触れたら薄くなる。

薄くなれば“実施した証拠”になる。

証拠は制度の欲を満たす。

だが薄くなれば残らない。

残らなければ中心になりにくい。


証拠はある。

だが残らない。

制度の矛盾を、制度に食わせる。


監査官の男が入口を見回した。


「責任者は誰だ」


来る。

必ず来る。


少年は前に出ない。

前に出れば中心になる。

中心は門になる。


少年は点検束を器の横へ置いた。

生活のそばへ寄せる。

寄せれば意味が薄まる。


男は束を取り上げる。

取り上げる手が動く。

手が動けば視線が割れる。

割れれば人を探す鋭さが鈍る。


「……これは何だ。文字がない」


説明しない。

説明は契約になる。

契約は門になる。


少年はただ、男の指先に灰を一粒つけ、

束の一枚目の枠を一度だけ擦らせた。

擦れば点が乱れる。

乱れが“実施”の痕になる。

痕は証拠の顔をする。

だが紙は薄くなる。

薄くなれば残らない。


男は無意識に頷く。

制度は痕跡があると落ち着く。

落ち着けば追及の刃が鈍る。


「……点検だな」


男が勝手に言語化した。

勝手に言語化なら共有になりにくい。

共有になりにくければ糸になりにくい。


男は次の枠へ移る。

焚き火の枠。

水場の枠。

結び場の枠。

通路の枠。

擦って、薄くしていく。


擦る動作が増えるほど、視線は紙へ落ちる。

紙へ落ちるほど、人へ届かない。

人へ届かなければ名が立たない。

名が立たなければ門が育たない。


同行の者が言った。


「しかし責任の所在は?」


名へ戻そうとする声。

声は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


少年は息を吸って吐いた。


責任を人に置かない。

だが空白にも置かない。

空白は門になる。


責任を“点検の流れ”に置く。

流れが責任を持つ。

制度は流れが好きだ。

手順があれば安心する。


少年は連鎖札を一枚、点検束の上に重ねた。

欠け印が散っている。

中心がない連鎖。


同行者はそれを見て眉をひそめる。

言葉にできない。

言葉にできないものは共有されにくい。

共有されにくければ糸になりにくい。


監査官の男は、束が薄くなるのを見た。

薄くなる=実施。

制度の目が満たされる。


「……よし。形式は、これで通す」

「ただし——次はもっと細かく見る」


来る。

制度は一度満たされると、次の“詳細”を求める。

詳細は固定を求める。

固定は中心を求める。

中心は門になる。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


入口は通った。

制度の目を紙へ落とし、紙を消費させた。

名は立たなかった。


だが次は、制度が「帳簿」を持ち込む。

帳簿は残る。

残るものは中心になる。

中心は門になる。


残る帳簿を、どう溶かすか。

溶かせなければ、師は外から名を与えられる。

名を与えられた瞬間、門が完成する。


次は、残るものを“残らない形”へ変換する戦いだ。

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