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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第10章 名の外側——師が“師”でい続ける孤独

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記録——理由の渇きを言葉にしない

欠落が続くと、人は理由を求める。


なぜ整わないのか。

なぜ前に立たないのか。

なぜ呼べないのか。


理由は言葉を呼ぶ。

言葉は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


危機は、口の端に来る。


誰かが「……あの人は」と言いかける。

誰かが「つまり」と続けたがる。

誰かが「本当は」とまとめたがる。


まとめは危険だ。

まとめは中心を作る。

中心は門になる。


少年は息を吸って吐いた。


説明してはいけない。

説明は契約になる。

契約は門になる。


しかし放置もできない。

渇きは溜まる。

溜まれば同時になる。

同時は糸になる。


だから渇きを“言葉になる前”に落とす。

落とし先は、人ではない。

共有にならないもの。

ただ各自が触れて、各自で収まるもの。


記録だ。


記録は本来、共有のためにある。

だから危険でもある。

読める記録は共通になる。

共通は糸になる。


なら、読めない記録にする。

読めないが、触れた者は「自分だけ分かった気になる」記録。

分かった気になる、が重要だ。

人は理解したつもりになると渇きが引く。

渇きが引けば言葉が減る。

言葉が減れば糸になりにくい。


少年は「点線ログ」を作った。


紙は札と同じ消費紙。

触れれば薄くなり、数日で灰になる。

残らないから中心になりにくい。


ログには文字を書かない。

代わりに、点線だけを書く。

点線は“手順の影”だ。

影は意味になりにくい。

意味になりにくいなら契約になりにくい。


点線ログは四種。


・流れ(矢印のような点線)

・間(点が離れている)

・割れ(点線が途中で途切れる)

・散り(点がばらける)


各所に一枚ずつ置く。

焚き火、水場、結び場、通路。

中央はない。

中央がなければ中心になりにくい。


運用は簡単だ。


理由が欲しくなったら、ログに触れて離す。

触れ方は班ごとに違う。

押す/撫でる/添える/浮かせる。

所作が揃わないから共通にならない。


触れた者は、点線を見て勝手に解釈する。

「流れ=そういう順番なんだ」

「間=今は空けるんだ」

「割れ=完璧にはできないんだ」

「散り=まとめないんだ」


解釈は各自で違う。

違うなら共有にならない。

共有にならなければ糸にならない。


そして重要なことが一つ。


ログは“見せ合わない”。

見せ合いは共有になる。

共有は糸になる。

糸は門になる。


見せ合えないように、ログは小さい。

近づかないと読めない。

近づけば錨になる。

錨は中心になる。

だから近づきすぎない。

触れて離すだけ。

見るのは一瞬。


理解は手触りとして残る。

言葉として残らない。

これが狙いだ。


試験は、昼に来た。


水場で二人の兵が立ち止まり、喉が動いた。

言葉が生まれかける。

「なぜ——」

「どうして——」


その瞬間、通路の散りログが半分ほど薄くなっているのを第三の兵が見た。

巡回が回っている。

視線が流れる。

流れれば中心ができにくい。


二人のうち一人が、何も言わずに水場の間ログに触れた。

撫でて離す。

点が離れている。

間がある。

間があるなら、今は詰めない。

——勝手にそう思う。


もう一人が、結び場の割れログに触れた。

添えて離す。

点線が途切れている。

途切れているなら、完璧に繋がらない。

——勝手にそう思う。


勝手にそう思えれば、理由の渇きが少し引く。

引けば口が閉じる。

閉じれば言葉が生まれない。

言葉が生まれなければ糸にならない。


薄さは寄ろうとした。

だが寄れない。

理由が共通の言葉になっていないからだ。

共通の言葉がないなら、中心が作れない。


夜、師は焚き火のそばで、流れログの端を見た。


師はそれに触れない。

触れれば中心になる。

中心は門になる。


師がログに触れないこと自体が、

「説明しない」という姿勢になる。

姿勢は意味になりうる。

意味は契約になりうる。


危ない。


だから少年はログを“消費”させた。

師の視線が触れる前に、風で少し舞うように灰を散らす。

ログの紙が薄くなる。

薄くなれば存在感が減る。

減れば中心になりにくい。


説明はしない。

それでも隊は回る。

回るための理解は、各自の手触りとして残る。

共有の言葉として残らない。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


理由の渇きは、いったん引いた。

だが深い渇きが残る。

それは“師自身の渇き”だ。

名を持たないことで、師は自分の輪郭を失いかけている。

輪郭を失うと、悔いも罪も別の形で噴き出す。

噴き出せば欠けが回る。


次は、師の内側——

「自分が誰か分からなくなる」危機だ。

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