層——悔いを細くする
悔いは、一つではない。
一つの事件が残っているのではない。
守れなかった瞬間が折り重なり、層になって残る。
層は厚い。
厚い層は杭になる。
杭は太い支点になる。
太い支点は、鍵を回しきる。
割れた輪の札は効いた。
悔いを杭にしきらせず、灰へ渡せた。
だが渡せたのは一層だけだ。
一層の下に、まだ別の層が眠っている。
兆しは、師の視線の揺れに出た。
火花で一層が立ち上がる。
次に、井戸の冷えで別の層が立ち上がる。
縄の擦れで別の層が立ち上がる。
微差が違えば、立ち上がる悔いが違う。
つまり悔いは、刺激ごとに別の顔を持つ。
顔が別なら、杭を一本にせず、細く分けられる。
細く分ければ支点になりにくい。
少年は息を吸って吐いた。
層を扱うには、札も層にする。
同じ札で受けると、悔いが一本に束ねられる。
束ねれば太くなる。
太くなれば回りきる。
だから札の形を変える。
層ごとに違う割れ方。
違う割れ方は、違う逃げ道だ。
逃げ道が違えば、悔いは別々に流れる。
少年は三種類の割れ札を作った。
一つ目は「割れ輪」。
輪が割れて開いている。
通路へ流すための割れ。
火花の層に効いた。
二つ目は「欠け角」。
四角の角が欠けている。
角は役割の記憶に近い。
命じた、教えた、守った——それでも守れなかった層。
角が欠けていることで、押し固めずに逃がす。
三つ目は「裂け線」。
一本の線が途中で裂けて二股になる。
これは“選べなかった”層に効く。
助けるべきか、退くべきか。
守るべきか、捨てるべきか。
二股の裂けは、悔いを二つに分ける。
札は無文字。
点線だけ。
そして消費紙。
触れれば薄くなり、自然減で消える。
消えれば中心になりにくい。
問題は“どれを出すか”だ。
分類は危険だ。
分類は規則になる。
規則は歪みに読まれる。
読まれれば中心にされる。
だから分類を固定しない。
分類を揺らす。
少年は分類の鍵を“微差”へ置いた。
刺激で決めるのではない。
刺激は歪みに読まれやすい。
決めるのは刺激の後の微差。
風の有無。
灰の落ち方。
水面の揺れ。
縄の揺れ。
例えば——
火花が跳ねた後、灰が右に落ちたら「欠け角」。
灰が左なら「割れ輪」。
灰が止まったなら「裂け線」。
井戸が冷えた後、水面が揺れたら「裂け線」。
揺れが止まれば「割れ輪」。
揺れが乱れれば「欠け角」。
縄が擦れた後、縄が一度だけ跳ねたら「欠け角」。
跳ねずに沈めば「割れ輪」。
二度跳ねれば「裂け線」。
規則はある。
だが規則は薄い。
薄い規則は掴みにくい。
掴みにくければ中心にできない。
そして何より——師は自分で選ばない。
選べば心が乗る。
心が乗れば杭になる。
だから札係が、微差を見て置く。
置くだけ。
師は添えるだけ。
添えて離す。
触れずに近づける。
近づけて離す。
夜、試験が来た。
井戸が冷えた。
水面が一瞬、鏡になる。
鏡は過去を映す。
師の目が遠くを見る。
悔いの層が立ち上がる。
師の胸の奥で鍵が回ろうとする。
回りきれば門が芽吹く。
芽吹けば隊が崩れる。
札係が水面を見る。
鏡が揺れた。
揺れは細かい。
乱れている。
乱れ——欠け角。
欠け角の札が、師の膝の横に置かれる。
師は角の欠けに指を“添える”。
添えて離す。
押さない。
押さないから固定にならない。
固定にならないから杭にならない。
鍵が回ろうとして、止まる。
止まるが悔いは消えない。
消えないが層は一本に束ねられない。
束ねられないから太くならない。
次に、焚き火が爆ぜた。
火花が跳ねる。
灰が右に落ちた。
右——欠け角か?
だが風が一瞬だけ止まった。
止まった微差が割り込む。
札係は迷わない。
迷いは空白。
空白は門。
止まった微差は裂け線。
裂け線の札が置かれる。
師は裂け目に指を添える。
添えて離す。
二股の裂けが、悔いの力を二つへ分ける。
分ければ杭は細くなる。
薄さが寄ろうとする。
だが寄れない。
同じ札が繰り返されない。
繰り返されないから規則が掴めない。
掴めないから中心にできない。
札は数刻で薄くなり、灰になる。
灰は散る。
散れば共通になりにくい。
共通になりにくければ糸になりにくい。
師の欠けは、鳴りきらなかった。
夜更け、師は焚き火のそばで、灰になった札の跡を見た。
言葉はない。
だが師の目は、少しだけ戻っている。
遠くを見る目ではなく、今を見る目。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
層は分けられる。
分ければ杭は細くなる。
細くなれば支点になりにくい。
支点になりにくければ鍵は回りにくい。
だが悔いには、もう一つ厄介な層がある。
“誰かに渡した悔い”だ。
守れなかっただけではない。
守れなかった責任を、誰かに渡してしまった悔い。
その層は、罪に近い。
罪は共有されると糸になる。
次は、その層へ触れる。




