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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第9章 悔い——名の手前で散らす

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悔い——杭になる記憶

悔いは、静かだ。


泣きも叫びもしない。

ただ胸の奥で、同じ形を保ち続ける。

同じ形は杭になる。

杭は支点になる。

支点は鍵を回す。


師の欠けが鳴ったのは、守りたいからではなかった。

守りたいは分けられた。

所作も分けられた。

運用も散らせた。


それでも鳴った。


鳴りは、火花の光に反応した。

光が過去を引いた。

過去の中で、師が“守れなかった瞬間”が立ち上がった。


守れなかった。

間に合わなかった。

手が届かなかった。


その記憶は、師の役割の核に触れている。

師が師である限り、避けられない核。

核は強い。

強い核は中心になりやすい。

中心は門になる。


少年は息を吸って吐いた。

悔いを禁止することはできない。

禁止すれば空白が生まれる。

空白は門になる。


悔いを消すこともできない。

消そうとすれば抵抗が増える。

増えれば共通になり、糸になる。


なら、悔いを“杭にしない形”へ変える。

悔いを抱えたまま、支点にしない。


必要なのは、記憶の型。


記憶は外へ出すと危険だ。


語れば共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


だから外へ出さない。

だが内に抱えたままでは杭になる。

杭は支点になる。

支点は鍵を回す。


外へ出さずに、外へ渡す。


少年はその矛盾の手順を作った。


渡す相手は、人ではない。

人に渡せば共有になる。

共有は糸になる。


渡す相手は、札だ。

だが札も中心になりうる。

中心にならない札にする。

無文字で、形だけ。

しかも消費される札。

触れれば薄くなり、灰になる札。


少年は師の前に一枚の札を置いた。

点線で“割れた輪”が描かれている。

輪は記憶。

割れは欠け。

だが割れは閉じない。

閉じれば結び目になる。

結び目は中心。

中心は門。


割れた輪は“開いたまま”にする。

開いたままなら通路だ。

通路は流す。

流せば杭にならない。


手順はこうだ。


一、悔いが立ち上がった瞬間、師は札の割れ目に指を“添える”。

押さない。

押すと固定になる。

固定は杭になる。

添えるだけ。触れずに近づける。

近づけて、離す。


二、同時に、師は息を一つだけ深く吐く。

吐くが、揃えない。

揃えれば拍になる。

拍は糸になる。

だから深呼吸は“一回だけ”。

それ以上はやらない。


三、少年(または札係)は札を回収しない。

回収すると中心ができる。

中心は門になる。

札はその場に置き、自然減で消費させる。


つまり悔いは、札へ“渡され”、札と一緒に薄くなる。

薄くなることで杭の鋭さが落ちる。

鋭さが落ちれば支点になりにくい。

支点になりにくければ鍵は回りにくい。


これが記憶の型の第一段階。


試験は、その夜に来た。


焚き火がぱち、と爆ぜた。

火花が跳ねた。

跳ねた光が、師の目に入る。


師の目が遠くを見る。

遠くを見る視線の先で、悔いが立ち上がる。

立ち上がる悔いは、胸の奥に杭を打つ。

杭が打たれると鍵が回る。


師の胸が、わずかに強張った。

欠けが鳴る。

鳴りが空気を引っかける。


少年は距離を取ったまま、割れた輪の札をそっと差し出した。

言葉はない。

視線も集めない。

ただ札を置く。


師は割れ目に指を添える。

触れずに、近づけて離す。

添えて、離す。


同時に、深い吐息を一つ。

一つだけ。

それ以上しない。


鍵が回ろうとして——止まる。

止まるが、悔いは消えない。

消えないが、杭になりきらない。

杭になりきらないから支点にならない。

支点にならないから門にならない。


空気の引っかかりが、ほどける。

ほどけて、拡散する。

拡散すれば芽になれない。


師の肩が、ほんの少しだけ落ちた。

落ちるのは崩れではない。

杭が抜けた分だけ、力が抜けた。


札の割れた輪は、師の前で薄くなり始めた。

紙の縁が灰に変わり、風に散る。

散る灰は共通になりにくい。

共通になりにくいから糸になりにくい。


悔いは、外へ出されていない。

だが外へ渡された。

渡された悔いは、杭ではなく“灰”へ変わる。


夜更け、師は焚き火のそばで、割れた輪の札の残りを見た。


師は何も言わない。

言えば共有になる。

共有は糸になる。


だが師の目が、少年を一度だけ見る。

その視線は、承認に近い。

悔いを持ったまま、門を作らない道がある、と。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


小さな成功だ。

だが悔いは一つではない。

悔いは折り重なる。

折り重なれば杭は太くなる。

太くなればいつか回りきる。


次は、悔いの“層”を扱う。

一枚の札では足りない。

層ごとに渡し方を変える。

渡す先も変える。

固定しない。

固定しないことで中心を作らせない。

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