無風——風に頼ると風が門になる
風は、散らす。
煙を散らし、灰を散らし、匂いを散らす。
散らすものがある場所は、中心を作りにくい。
中心を作りにくければ門が育たない。
だから囮場は風の通る曲がり角に作った。
それは正しかった。
正しかったが、正しいものは歪みに学ばれる。
歪みは“風が散らす”という規則を嗅ぎ取った。
規則を嗅ぎ取れば逆にできる。
風向きの共通を中心にし、薄さを“風に沿って”運ぶ。
運べば誘導が効かなくなる。
誘導が効かなければ囮は無力になる。
兆しは、風が一定になった夜に来た。
囮場の煙が、いつもと同じ方向へ流れる。
灰が同じ側へ偏る。
砂の色の変わり方が揃う。
揃うなら共通だ。
共通は糸になる。
糸は門になる。
薄さが、風に沿って“筋”になる。
筋は道だ。
道は門へ繋がる。
少年は息を吸って吐いた。
風に頼ると、風が門になる。
なら頼らない。
——風があるときに散らすのではない。
——風が止まる瞬間を危険として扱う。
風が止まると空白が濃くなる。
濃くなった空白は中心を作りやすい。
中心は門になる。
つまり、無風が門の苗床だ。
少年は囮場の運用を更新した。
更新の拍は作らない。
自然減と微差で、都度変える。
まず「無風札」を作る。
無文字の札に、点線で丸い穴を描く。
穴は空白の印。
穴の札は、風が止まったときだけ出す。
出す基準は決めない。
決めれば規則になる。
だから“微差”で出す。
煙が真上に上がったら。
灰が落ちて動かなかったら。
水面が一瞬だけ鏡になったら。
縄が揺れずに止まったら。
誰も決めない自然の微差で、無風を知る。
無風札が出たら、行うのは「風の代わり」を作る順序だ。
一、歩幅をばらす
二、生活音を散らす
三、灰を“手で”散らす(風ではなく)
四、縄を擦る
五、水滴を遠くで落とす
風の代わりは、人の生活だ。
人の生活は危険でもある。
心が乗ると杭になる。
杭は支点になる。
支点は門になる。
だから“心を乗せない生活”を使う。
命令ではなく自動順序。
合図ではなく手の置き場。
共通語ではなく点線。
無風は、すぐ起きた。
夜半、風が止んだ。
煙が真上へ上がり、囮場の灰が落ちたまま動かない。
空気が重くなる。
重さは空白の濃さだ。
濃さが中心を作ろうとする。
薄さが、風ではなく“止まった空気”に乗って寄る。
寄る薄さは危険だ。
だが無風は予測できる。
予測できるなら順序を置ける。
通りすがりの歩係が、煙の上がり方を見て無風札を落とした。
誰の命令でもない。
微差が手を選んだ。
無風札が落ちた瞬間、囮場の班が動く。
歩幅がばらされる。
灰係が灰を“手で”散らす。
手で散らすのは危険だ。
だが危険は、散らし方で薄められる。
掴むのではなく、指の腹で撫でて離す。
撫でて離す。触れて離す。
同じ心札の動作に落とす。
心を乗せない動きにする。
縄係が縄を擦る。
擦る音が空白を薄める。
水係が遠くで一滴落とす。
遠くの微差が、囮場の中心を崩す。
薄さが筋を作ろうとした。
だが筋が作れない。
風がないから筋が続かない。
続かない薄さは中心になれない。
中心になれなければ門になれない。
歪みは一度、止まった空気に寄った。
寄ったが、生活の微差に撫でられて散った。
散れば芽になれない。
見張り台の陰は、薄くならなかった。
囮はまだ効いている。
ただし“風”を使った囮ではなく、“無風”を危険として扱う囮へ進化した。
風に依存しない散らし。
それは型の進化だ。
師の欠けは鳴らない。
守りたいが湧いても、箱と個別札で分けられる。
囮場では心を乗せない散らしができる。
だから杭にならない。
杭にならなければ支点にならない。
支点にならなければ鍵は回らない。
だが少年は知っている。
歪みは次に“手で散らす”動きを学ぶ。
手の動きが共通になれば、それも糸になる。
糸になれば門になる。
だから次は、手の共通も壊す必要がある。
手の置き場を変える。
触れ方を変える。
触れる回数を変える。
都度、微差で変える。
心の型は、終わりがない。
終わりがないから、続けられる形にしなければならない。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。




