囮——偏りを食わせる
偏りは、中心になりやすい。
同じ場所が減る。
同じ札が消える。
同じ人が触れる。
同じ心が集まる。
偏りが続けば規則になる。
規則は歪みに読まれる。
読まれれば中心にされる。
中心にされれば門が育つ。
自然減と自然補充は、更新の拍を消した。
だが完全には消せない。
使われやすい場所は減りやすい。
減りやすい場所は偏る。
見張り台の陰が、まさにそれだった。
見張りは怖い。
怖いから心が動く。
心が動けば札に触れる。
触れれば札は薄くなる。
薄くなれば減りが早い。
減りが早いと、歪みがそこへ寄る。
寄れば薄さが濃くなる。
濃くなれば芽が育つ。
芽が育てば門になる。
夕方、見張り台の陰の空気が、以前より一段薄かった。
薄さが“止まる”。
止まる薄さは中心だ。
中心を作ろうとしている。
少年は息を吸って吐いた。
偏りを消すのは難しい。
なら偏りを“食わせる”。
歪みに偏りを与えて、誘導する。
誘導して、散らす。
——囮。
囮は、嘘ではない。
嘘は言葉になりやすい。
言葉は共通になる。
共通は糸になる。
糸は門になる。
囮は、生活の偏りで作る。
誰も決めない偏り。
微差の偏り。
しかし意図はある。
意図は順序の中に隠す。
少年は「囮場」を一箇所だけ作った。
見張り台から少し離れた、通路の曲がり角。
風が抜ける場所。
灰が舞いやすい場所。
水滴が落ちにくい場所。
微差が多い場所。
そこに灰箱を二つ置いた。
二つ置くのは危険だ。
二つは共通になりうる。
だから形を変える。
片方は四角。
片方は細長い。
同じ箱に見えないようにする。
そして囮札を混ぜた。
囮札は“消費が早い紙”で作る。
指で触れるだけで、すぐ薄くなる。
薄くなるほど減りが目立つ。
減りが目立つほど歪みが嗅ぐ。
しかし囮場には、散らす仕組みも同時に仕込む。
中心を作らせない仕組み。
中心を作りにくい生活音。
灰が舞う。
縄が擦れる。
足が動く。
そして微差の読み順が都度変わる。
囮は寄せて、散らすための場所だ。
夜、歪みが来た。
見張り台の陰が薄くなる。
薄さはいつもならそこに止まる。
止まって中心になる。
だが今日は少し違う。
囮場の札が、先に薄くなった。
囮札は消費が早い。
触れなくても、風と灰で少しずつ薄くなる。
薄くなれば“減り”が発生する。
減りは匂いになる。
匂いは歪みを呼ぶ。
薄さが、見張り台から囮場へ“引かれる”。
引かれる薄さは危険だ。
だが危険は、こちらが準備していれば扱える。
囮場の空気が薄くなる。
薄くなるが、そこは中心を作りにくい。
風が抜ける。
灰が舞う。
足が動く。
生活音が散る。
空白が生まれない。
少年は囮場の近くに立たない。
立てば錨になる。
錨になれば薄さが寄る。
だから少年は少し離れ、札を置く。
無文字の札。
点線で「散らし」を描く札。
一、歩幅を変える
二、灰を散らす
三、縄を擦る
四、水滴を落とす(遠くで)
五、札を回収しない(触れない)
触れないのは重要だ。
触れれば感情が乗る。
感情は杭になる。
杭は支点になる。
支点は門を育てる。
囮場では、薄さを“生活の微差”で散らす。
人の心を乗せない。
心を乗せないなら欠けは鳴りにくい。
歩係が通路の歩幅をばらす。
灰係が灰を散らす。
縄係が縄を擦る。
水係が水場で一滴落とす。
遠くの微差が、囮場の空白を薄める。
薄さは中心を作れず、拡散した。
拡散すれば芽になれない。
芽になれなければ門になれない。
見張り台の陰に戻る薄さは、弱かった。
歪みは一度、囮場へ食いついた。
食いついたことで学習は進む。
だが学習には時間がいる。
時間がいる間に、こちらは次を作れる。
師の欠けは鳴らなかった。
囮場では誰も守りたいを共有していない。
共有していないから杭にならない。
杭にならないから支点にならない。
支点にならないから鍵は回らない。
師は焚き火のそばで、若い兵を見ていた。
守りたいは湧く。
だが湧いた守りたいは、箱札ではなく“個別札”へ沈む。
沈めば共通にならない。
共通にならなければ糸にならない。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
偏りは消せない。
なら偏りを食わせる。
食わせて誘導する。
誘導して散らす。
これは心の型の一つだ。
ただし囮は長くは使えない。
歪みが学べば囮は中心になる。
中心になれば門になる。
だから囮も固定しない。
囮場を変える。
囮札の形を変える。
囮の誘導先を変える。
都度、微差で変える。
心の型もまた、生き物でなければならない。




