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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第7章 穴——合図のない朝

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微差——規則を食う影

歪みは、学ぶ。


共通語を封じれば沈黙を食う。

沈黙を散らせば恐怖を食う。

恐怖を分ければ空白を食う。

空白を埋めれば自動を食う。

自動を散らせば散らしの規則を食う。


賢さは、同じ形を探すことだ。

同じ形を見つければ中心にできる。

中心は門になる。


兆しは、鍵札の上で起きた。


鍵札は二枚。

水場と焚き火。

班ごとに読み順を変えるための仕掛け。

仕掛けは効いた。

効いたが、効いたものほど歪みに見つかる。


夕方、札係が鍵札を置いた瞬間、空気が一段薄くなった。

薄さが札の上で“止まる”。

止まる薄さは中心の薄さだ。

中心を作ろうとしている。


少年は息を吸って吐いた。

規則が見られている。

鍵札が中心になりかけている。

中心になれば、鍵札が門の芯になる。

芯になれば、札を読む行為そのものが危険になる。


——規則を薄くする。

——日替わりではなく、都度変える。

——しかし誰も決めない形で。


誰かが決めると中心ができる。

中心ができれば門が育つ。

だから決めない。

代わりに“起きてしまう微差”に任せる。


微差。

生活の中の、誰も制御しない差。

風向き。

灰の落ち方。

水滴の位置。

薪の爆ぜ方。

それらは意味を持たない。

意味を持たないから契約になりにくい。

契約になりにくいから門を開きにくい。


少年は鍵札を廃止した。

鍵札が中心になりかけたなら、中心の芽を摘む。

だが読み順は必要だ。

必要なものを捨てるのではない。

必要なものを“散らす形”へ変える。


少年は新しい札を作った。

無文字の札に、点線で四つの小さな印。


灰点(灰が落ちた場所)

滴点(水滴が落ちた場所)

結び点(縄の端が触れた場所)

火花点(薪の爆ぜた方向)


これらは札に描かれているだけでは意味を持たない。

意味を持たせるのは“今起きた微差”だけだ。


運用はこうだ。


その瞬間、最初に目に入った微差を拾う。

灰が落ちたなら灰点。

水滴が落ちたなら滴点。

縄の端が触れたなら結び点。

薪が爆ぜたなら火花点。


拾った点が、その班の最初の札になる。

次は、その点の“反対側”にある札。

次は“隣”。

最後に“残り”。


四つの札は、四つの場所に分散して置かれている。

水場、焚き火、結び場、通路。

中央はない。

中央がないから中心ができにくい。


微差は、都度変わる。

誰も決めない。

だから規則が読まれにくい。

読まれにくければ歪みの学習は遅れる。


隊長が視線で承認し、札係が配る。

声はない。

生活音だけが散る。

散った生活音の中で、微差が勝手に起きる。


夜、歪みが試しに来た。


見張り台の陰が薄くなる。

井戸が冷える。

焚き火の間が引っかかる。


兵たちは、鍵札を探さない。

鍵札はない。

代わりに微差を見る。


ちょうどそのとき、薪がぱち、と爆ぜた。

火花点。

焚き火班が火の札から動く。


水場では、器の縁から一滴落ちた。

滴点。

水場班が水の札から動く。


結び場では、縄の端が土に触れた。

結び点。

縄班が縄の札から動く。


通路では、灰が風に吹かれて落ちた。

灰点。

歩班が歩の札から動く。


同じ瞬間に、違う起点が選ばれる。

違う起点は同期を壊す。

同期が壊れれば中心ができない。

中心ができなければ門が育たない。


薄さは寄れず、拡散した。

拡散すれば芽になれない。

芽になれなければ名を要求できない。


少年は胸の中で、静かに息を吐いた。

規則を薄くできた。

運用は生き物になった。

歪みの学習を一歩遅らせた。


だが遅らせただけだ。

歪みはいつか追いつく。

追いつかれる前に、次の型が必要になる。


そのとき、師の欠けが——微かに鳴った。


役割を薄くしたのに鳴る。

命じていないのに鳴る。

教えていないのに鳴る。

見守っているだけなのに鳴る。


師は焚き火のそばで、若い兵の背中を見ていた。

背中は小さく震えている。

震えは怖さだ。

怖さは守りたくなる。


師の掌が、ほんの少しだけ前へ出た。

触れない。

触れないが、守りたいという“感情”が出た。


その瞬間、欠けが回ろうとする。

鍵が胸の奥で、ひとつ分だけ回ろうとする。

回りきらない。

だが回ろうとするだけで、空気が引っかかる。


役割ではなく、感情。

守るという気持ちそのものが杭になる。

杭になれば支点になる。

支点になれば門が芽吹く。


少年は理解した。


型を整えても、心が動けば欠けが鳴る。

欠けは生活で散らせるが、感情は散らしにくい。

感情は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


次章は、ここだ。


守りたい、という共通の心をどう分けるか。

師の感情をどう受け止め、門にしないか。

感情を禁止すれば空白が生まれる。

空白は門になる。

だから禁止しない。

感情と共に歩く型が必要だ。


師は掌を自分に向け、親指を押して放した。

それでも欠けの鳴りは、消えない。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


次に作る型は、運用ではない。

心の型だ。

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