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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第7章 穴——合図のない朝

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空白——命令しない指揮

師が前に立たない野営地は、静かだった。


静かさは、安心ではない。

静かさは、空白を作る。

空白が集団で揃うと、そこに“同じ空白”が生まれる。

同じ空白は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


役割を分解し、命じるを隊長へ移し、教えるを非常用へ落とした。

その結果、師の欠けは鳴らなくなった。

それは確かに成果だった。


だが歪みは学ぶ。

師が鳴らないなら、別の中心を探す。

別の中心——「空白の指揮」。


誰も命じない瞬間。

誰も決めない瞬間。

全員が「どうする?」を胸に浮かべる瞬間。

その瞬間こそ、恐怖の共有が生まれる。

共有は糸になる。

糸は門になる。


昼前、群発ではない“群発の兆し”が来た。


井戸が一瞬だけ冷える。

見張り台の陰が薄くなる。

焚き火の向こうの荷の間が引っかかる。


三箇所。

同時ではない。

だが“判断を待つ時間”が同じになる。

判断待ちの時間が共通になる。

共通は糸になる。


兵たちが止まり、視線が隊長へ集まりかける。

集まる視線は中心だ。

中心は門を育てる。


隊長はすぐに命じるべきだった。

だが隊長も学んでいる。

命令は中心を作る。

中心は糸になる。

糸は門になる。


命じること自体が危険になるなら、どうすればいい。


その“迷いの一拍”を、歪みが嗅いだ。


空気が薄くなる。

薄さが一点へ寄る。

寄る先は、隊長の前ではない。

“止まった全員の間”だ。


同じ停止。

同じ空白。

同じ迷い。


それが門の芽だ。


少年は息を吸って吐いた。

ここで声を出して指示すれば簡単だ。

だが声は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


——命令しない指揮が必要だ。


少年は準備していた札を取り出した。

無文字の札。

点線で、条件分岐が描かれている。

言葉ではなく、図形。

図形は意味を持つが、共通語ほど強くない。

意味を“順序”へ落とせば、中心になりにくい。


札の名はない。

ただ上に三つの記号。


水滴=水の異常

火花=火の異常

結び=縄の異常


そしてその下に、点線の流れ。


水滴→水係が滴を乱す/器を入れ替える/札を置く

火花→火係が薪を散らす/灰を散らす/札を置く

結び→縄係が結びを二つに/逆順を非常用に/札を置く


最後に共通の終端。


歩=歩係が動きをばらす/溜まりを解く


これは命令ではない。

自動順序だ。

見れば身体が動くように作られた順序だ。

誰が命じなくても動く。

動けば空白が生まれない。

空白が生まれなければ門が育たない。


少年は札を地面へ置き、指で水滴の記号を示した。

井戸が冷えた。水の異常。

水係が動く。

滴係が間隔を乱し、器を入れ替える。

報告札が置かれる。

声はない。

迷いもない。

空白が生まれない。


次に火花。

焚き火の間が引っかかった。火の異常。

火係が薪を散らし、灰係が灰を散らす。

生活音が増え、空白が薄くなる。

薄くなれば薄さは寄れない。


結び。

縄係が結び目を二つにし、必要なら逆順の非常用へ切り替える。

逆順は師の欠けを揺らす危険もある。

だが今は師が前に立たない。

逆順を“縄係の非常用”に限定すれば、役割として分散できる。

分散できれば中心にならない。


最後に歩。

歩係が皆の歩幅をばらし、溜まりを解く。

動けば中心が消える。

中心が消えれば門が消える。


薄さは、芽を作りきれなかった。


作りきれないのは、運用が速いからだ。

迷う時間がない。

迷いが共通にならない。

共通が糸にならない。

糸が門にならない。


隊長は命令しなかった。

命令しないことで、空白の指揮が危険になるはずだった。

だが自動順序札が空白を埋めた。

空白を埋めたのは声ではない。

生活の順序だ。


師は焚き火のそばで、それを見ていた。


師の欠けは鳴らない。

鳴らないのは役割を薄くしたから。

そしてもう一つ理由がある。

空白が埋まったからだ。

空白が埋まれば、欠けが支点として働く必要がない。

働く必要がなければ誤作動しない。


師が少年へ視線を寄せる。

呼び名はない。

だが視線が言う。


——師がいなくても回る。

——それが、欠けを門にしない型だ。


少年は胸の奥で、欠けた呼ばれ方の空白を触れた。

痛い。

だが痛いのは進んでいる証だ。

進んでいるから、戻れる。


夜、少年は札をもう一度整えた。

自動順序札は一枚では足りない。

状況ごとに分ける。

分ければ共通が薄くなる。

薄ければ糸になりにくい。


水の札。

火の札。

縄の札。

歩の札。

そして“人”の札。


人の札は、喉が揺れたときの順序。

掌を押す。

水を含む。

視線を外す。

歩幅を変える。

生活音を散らす。


合図を失っても回る。

命令しなくても回る。

師が前に立たなくても回る。


その型が、形になった。


だが歪みは、形になったものを試す。

試して、学んで、次を作る。


次に歪みが狙うのは——“自動”そのものだ。

自動が共通になれば、そこが新しい糸になる。

糸になれば門が育つ。


少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。


次は、自動を固定にしない工夫。

自動を散らす工夫。

運用を生き物にする工夫。


それが次の話になる。

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