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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第7章 穴——合図のない朝

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誤作動——欠けは門ではなく支点になる

欠けは、門の形を取らずに暴れることがある。


門を作るほどの力がない。

しかし支点としての働きだけが残る。

支点が誤作動すると、世界が“引っかかる”。


昼下がり、師が水の分配札を押さえていたときだった。


札は無文字。

点線の順序だけが描かれている。

師はその順序に沿って、器を移し、縄を結び、札を回す。

日課の中に欠けを落とす。

落とせば門にならない。


そのはずだった。


師の指が、札の端で止まる。

止まった指が、端を“引く”。

引く動きは、支点の動きだ。

支点は引く。

引いて、全体を寄せる。


寄せる。

寄せると中心ができる。

中心ができれば門が芽吹く。

芽吹かなくても、寄せるだけで危険だ。


師の周りの空気が、一瞬だけ薄くなる。

薄さは輪郭を作らない。

ただ、物が“そこへ寄ろうとする”。


器が焚き火側へ滑る。

縄が勝手に締まる。

札が一箇所に集まろうとする。


集まるのは、門の前段階。

中心を作る動きだ。


隊長の目が開く。

兵たちの視線が師に集まりかける。

視線の集中は共通になる。

共通は糸になる。

糸は門になる。


少年は息を吸って吐いた。

近づきたくなる衝動を飲み込む。

近づけば師と繋がる。

繋がれば支点になる。

支点になれば錨になる。


錨になれば、誤作動は増幅する。


——欠けを受け止める型が必要だ。


受け止める型とは、止める型ではない。

止めると中心ができる。

中心は門を育てる。

受け止める型は、引きを“分散”へ変える。


少年は札を一枚、師の足元から半歩離れた場所へ置いた。

無文字の札。

そこに点線で“逃がし”を描く。


中心へ寄せるのではなく、外へ逃がす。

器が滑るなら、滑る先を一本にしない。

縄が締まるなら、締まる力を二つに割る。

札が集まるなら、集まる先を三つに分ける。


少年は声を使わず、指で指示する。

器を三方向へ。

縄をほどいて結び直し、結び目を二つに。

札は輪ではなく線に。

線は道。門ではない。


隊長が理解し、役割分解が動く。

滴係が水を落とす間隔を乱す。

灰係が灰を散らし、空白を埋める。

歩係が皆を小さく動かし、中心を消す。


それでも師の指は、札の端を引き続ける。

引くのは無意識。

無意識の支点。

欠けが支点として働きすぎている。


師の喉が動く。

呼び名が浮きかける。

助けを求める言葉が浮きかける。

共通語が浮けば糸になる。


少年は、掌の札の運用を思い出す。

親指を押す。

押して放す。

各自が自分だけで喉を止める。


少年は全員へ、掌を自分に向ける合図を出した。

掌は見せない。

見せれば共通になる。

掌は“自分の胸の前”だけで押す。


野営地のあちこちで、親指が押される。

押されるが同期しない。

同期しないから中心ができない。

中心ができないから門にならない。


喉が止まり、共通語が溶ける。

それだけで、空気の薄さが少し緩む。


だが誤作動は止まらない。


師の胸の奥で、鍵が回ろうとする。

回ろうとする力が、札の端を引いている。

引きは支点の引きだ。

支点は一点に寄せる。

一点は門になる。


少年は決める。


欠けを“形”として受け止める。

欠けを隠すのではない。

欠けを支点にしない形に変える。


少年は新しい型を試作した。

名でも合図でもない。

生活の中の形。


それは——「反対の順序」だった。


支点は引く。

引くなら押す。

寄せるなら散らす。

締めるならほどく。


少年は札をもう一枚置き、点線を逆向きに引いた。

普段の順序は一、二、三、四。

今は四、三、二、一。

逆順だ。


逆順は、身体の癖を引き剥がす。

癖が剥がれれば、支点の誤作動が継続できない。

継続できなければ、鍵は回りきらない。


隊長が逆順の札を見て、即座に動く。

札係が回収を先にする。

縄係がほどきを先にする。

水係が分配を最後にする。

火係が灰散らしを先にする。


野営地の動きが、いつもと逆になる。

逆になると、中心へ寄る癖が崩れる。

崩れれば支点が成立しない。


師の指が、札の端から離れた。

離れた瞬間、師の胸が大きく上下する。

呼吸が戻る。

呼吸が戻るが、全員で揃えない。

揃えると拍になるからだ。


師の喉が動き、声になりかける。


「……」


少年は、師の視界の端で掌を開き、親指を押した。

見せない位置で。

師がそれを見て、同じ動きをする。

親指を押し、放す。


声が、声になる前に沈む。


鍵が、回ろうとして回りきらない。

回りきらないから扉は開かない。

開かないから門は生まれない。


小さな成功だ。

だが小さな成功ほど大きい。

欠けは止められない。

欠けは消せない。

なら受け止めるしかない。

受け止める方法が見えた。


夜、師は焚き火のそばで、静かに水を含んだ。


欠けは疼く。

疼くが、支点の誤作動は抑えられた。

日課だけでは足りない瞬間がある。

その瞬間に使うのが、逆順の型。

逆順は依存になる危険もある。

依存は共通になる。

共通は糸になる。


だから逆順も、常用しない。

非常用に落とす。

生活に散らす。

散らすことで、芯を作らない。


少年は額に手を当て、温度を作り、自分の中へ収めた。


欠けを受け止める型はできた。

だが“根”はまだ残っている。

欠けが共鳴する限り、歪みは学んで寄ってくる。


次に必要なのは、欠けの共鳴先——英雄印の外縁そのものの性質を知ること。

外縁が何を欲しがっているのか。

外縁が何に反応するのか。


知れば、受け止める型を進化させられる。

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