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英雄の名が消える朝、弟子だけが師を呼んだ  作者: swingout777
第6章 別れ——代償は英雄の記憶

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群発——恐怖を分ける

薄さは、ひとつなら対処できる。


井戸。

窪地。

見張り台の陰。

荷の積み場の間。


場所が特定できるなら、札で順序を作れる。

歩幅で散らせる。

生活音で空白を埋められる。

合図で喉を止められる。



だが薄さが同時に起きたら、話は変わる。


朝の点呼の代わりに、札が置かれた。

丸い点=異常なし。

二つの点=異常あり。

点に線=至急。


その“至急”が、同時に三つ出た。


見張り台の陰。

井戸の縁。

焚き火の向こうの、荷の積み場。


三箇所。

同時。

同時は共通を作る。

共通は糸になる。

糸は門になる。


兵たちの顔色が一斉に変わる。

変わる表情は同じ。

同じ表情は恐怖の共有だ。

共有された恐怖は、歪みにとっては太い道しるべになる。


誰かが口を開きかける。


大丈夫——

了解——

任せろ——


共通語が喉に浮く。

浮けば中心ができる。

中心ができれば門が芽吹く。


少年は息を吸って吐いた。

ここで「散れ」と合図するのは簡単だ。

だが散るだけでは足りない。

恐怖は散らしても共有されたままだ。

共有された恐怖は、散った先でも同じ形を作る。


——恐怖を分ける。


分けるには、全員が同じものを見ない。

同じ場所へ注意を向けない。

同じ想像をしない。

同じ“最悪”を頭に浮かべない。


そのために、役割を分解する。


少年は新しい札を地面に置いた。

無文字の札に、点線で“分解”を描く。


一、火。

二、水。

三、縄。

四、札。

五、歩。


それぞれの作業は小さい。

小さい作業は恐怖を細切れにする。

恐怖を細切れにすれば共有できない。

共有できなければ糸になれない。

糸になれなければ門になれない。


少年は声を使わずに、指で割り振った。


火係は薪を散らす。

水係は器を入れ替え、滴を落とす。

縄係は結び目をほどいて結び直す。

札係は報告札を回収し、新しい順序札を配る。

歩係は皆の歩幅をばらし、溜まりを作らせない。


全員が、別々のことをする。

別々のことをすれば、恐怖は一つになれない。


隊長がすぐに理解し、視線と瞬きで承認する。

瞬き一回。

声なし。

命令が通る。


兵たちが動き出す。

動きが違う。

違う動きは同期を壊す。

同期が壊れれば、歪みは中心を作れない。


それでも薄さは消えない。

群発は“勢い”がある。


見張り台の陰で、薄い輪郭が立ち上がりかける。

井戸の縁が冷え、あの声が戻りかける。

荷の積み場の間が、息を吸うように薄くなる。


三箇所同時。

同時の圧が、喉を動かす。

喉が動けば共通語が出る。

共通語が出れば門が育つ。


師が焚き火の向こうで立ち上がる。

欠けの反応。

助けたい衝動。

師は一歩踏み出し、掌を見せて制止する。

声はない。

だが掌が震える。

震えが恐怖の共有を呼びそうになる。


少年は、師の欠けを一点にしないため、温度を作って“空気へ広げる型”を使う。

額に手を当て、呼吸を整える。

温度を作り、師の周囲の空気を支える。

直接繋がらない。錨にならない。

錨にならずに支える。


同時に、少年は“群発の中心”を見抜く。


三箇所の薄さが同時に起きている。

同時に起きるなら、根はひとつだ。

根がひとつなら、中心は“場所”ではない。

中心は“時間”。

同じ拍。

同じ瞬間。


歪みは、同じ瞬間に恐怖を共有させる。

共有させて糸を作る。

糸を作って門を開く。


なら——拍を壊す。

時間を壊す。

同時を壊す。


少年は歩係へ合図した。

一歩ごとに止まるな。

止まる回数を各自変えろ。

三歩で止まる者、五歩で止まる者、二歩で止まる者。

誰も同じ拍で動かない。

同じ拍がなければ、同じ恐怖が揃わない。


次に、火係へ合図。

薪を足すタイミングをずらせ。

爆ぜ音が同時にならないように。

同時の音は中心を作る。

中心ができれば門が芽吹く。


水係へ合図。

滴を落とす間隔を変えろ。

とん、とん、とん——と揃えない。

揃えれば拍になる。拍は糸になる。


縄係へ合図。

結び直すタイミングをばらせ。

きゅ、きゅ、きゅ——と重ねない。

重ねれば中心になる。


札係へ合図。

報告札を回収する順番を乱せ。

整えすぎると同期が生まれる。

同期は門を育てる。


野営地の中から、“同時”が消えていく。

同時が消えれば、恐怖の共有が崩れる。

共有が崩れれば、歪みが掴めない。


見張り台の陰の輪郭が、ほどけた。

井戸の冷えが、薄く散った。

荷の積み場の間の薄さが、息を吐くように戻る。


群発が、いったん引く。


引くのは勝利ではない。

歪みは学ぶ。

同時が壊されるなら、次は別の共通を探す。

だが“恐怖を分ける”ことが通用した。

それは大きい。


若い兵が、涙をこらえて札を押さえる。

押さえるのは順序だ。

順序へ戻れば、恐怖は言葉にならない。

言葉にならなければ共通にならない。


師が、少年を見た。

呼び名は出ない。

だが視線が言う。


——分けられる。

——恐怖は、分けられる。

——なら次は、根を縫える。


少年は額に手を当て、温度を作った。

温度はまだ有効。

だが温度も共通にしない。

一人で抱える。

抱えて、次へ進む。


群発は止められた。

だが余り糸の源はまだ見えていない。

見えない源を見つけるために、次は——外へ出る。

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