奪名——名を奪えば門が開く
名は、杭だ。
杭は打てば残る。
残れば中心になる。
中心は門になる。
切断班の長が引いた夜、上位は別の札を送ってきた。
札は紙ではなかった。
金属札。
磨かれた面。
刻印。
刻印は残る。
残るものは中心になる。
女が札を受け取り、眉をひそめた。
賢い者が嫌う種類の“残り方”だった。
女は言った。
「切断は中止提案」
「代替措置:奪名」
奪名。
名を奪う。
名を付ける。
どちらでも結果は同じだ。
名が立てば中心が立つ。
中心は門になる。
研究班の男が言う。
「これなら切らずに固定できる」
照合係が頷く。
「名札があれば照合が取れる」
教義班の老人が笑う。
「名があれば封じられる」
女は黙って札を置いた。
机の中心に置かない。
端。
だが金属札は光る。
光は視線を集める。
視線が集まれば中心になる。
少年は息を吸って吐いた。
切断が切れないなら、名で切る。
名で固定する。
名で揃える。
揃えば糸。
糸は門。
金属札は最悪だ。
薄くならない。
摩耗しない。
消費されない中心。
だが奪えない。
奪えば反抗。
反抗は敵意。
敵意は中心。
中心は門。
名を成立させない。
名札を名札にしない。
刻印を刻印にしない。
名の成立条件を崩す。
名が名として機能するには、
皆が同じ名を同じ対象に結び付ける必要がある。
結び付けが揃えば糸になる。
結び付けを揃わせない。
対象を固定させない。
対象を工程へ溶かす。
女は上位の通告を読み上げた。
「奪名措置を実施する」
「当該因子に識別名を付与」
「識別名を用いて管理」
「識別名を所持する者は管理対象」
「抵抗は処分」
所持する者。
人に落ちた。
人に落ちれば柱が立つ。
柱は中心。
中心は門。
女が一瞬、目を伏せる。
賢い者でも、これは嫌だ。
責任が濃すぎる。
研究班が言う。
「名札を付けるだけだ」
照合係が言う。
「識別は必要だ」
教義班が言う。
「名を与えよ」
少年は息を吸って吐いた。
名札を付ける対象を、師にさせない。
師に付けば師が固定される。
固定は中心。
中心は門。
私に付けさせない。
私に付けば支点が柱になる。
柱は中心。
中心は門。
対象を“工程”にする。
名札を「工程札」にする。
工程札なら持つ者が毎回変わる。
変われば固定になりにくい。
固定になりにくければ門になりにくい。
奪名班が入ってきた。
黒布ではなく、白い布。
白い布は清潔で、揃う。
揃えば儀式になる。
儀式は門。
班の女が言う。
「識別名を刻印する」
「因子を特定する」
「触れた者に札を持たせる」
触れた者。
それは罠だ。
触れさせ、札を持たせ、名を固定する。
少年は額に手を当て、温度を作って自分の中へ収めた。
触れさせない。
だが拒否できない。
拒否は抵抗。
抵抗は処分。
処分は中心。
触れるのは“工程”にする。
触れるのは巡回順の作業。
作業は毎回変わる。
変わるなら名は固定しにくい。
少年は点検束を一枚、奪名班の前に置いた。
四枠の点線。
焚き火、水場、結び場、通路。
欠け印の札も外側に置く。
言葉にしづらい印。
共通になりにくい印。
班の女が眉をひそめる。
「これは何」
女(合同班)が言う。
「巡回工程」
「現場の事故防止」
「名を付けるなら工程に」
班の女が冷たく笑う。
「工程には名を付けられない」
「名は因子に付く」
因子。
中心の核。
少年は息を吸って吐いた。
因子を特定させない。
特定は固定。
固定は中心。
中心は門。
特定しようとするほど揺れが増えるようにする。
揺れは測れない。
測れないなら特定できない。
特定できないなら、名は宙に浮く。
宙に浮いた名は機能しない。
奪名班は器具を出した。
針。
紐。
札。
刻印具。
刻印具は残る。
残るものは中心。
中心は門。
班の女が言う。
「触れた瞬間を記録する」
「同意を取る」
同意。
署名。
契約。
門。
少年は息を吸って吐いた。
同意を取らせない。
だが拒めない。
なら同意を“同意にしない”。
同意を“事故防止の確認”に落とす。
確認は契約になりにくい。
女(合同班)が言った。
「同意ではない」
「事故防止の確認だ」
「抵抗ではなく、安全の手順」
奪名班は一瞬、止まる。
制度の言葉で縛られた。
班の女が言う。
「では確認を」
そして札を差し出した。
金属札。
光る。
重い。
机の端に置かれる。
端でも光は中心になる。
少年は息を吸って吐いた。
札を中心にしない。
札が中心になる前に、中心を割る。
札の“参照先”を割る。
参照先が一つなら札は鍵になる。
参照先が複数で揃わなければ札は鍵にならない。
少年は器を三つ置いた。
水面が三つ。
光が三つに割れる。
視線が割れる。
割れれば中心が立ちにくい。
さらに布を二枚。
摩耗帯を一本。
音を変える。
音が変われば注意が割れる。
割れれば中心が立ちにくい。
奪名班の女が苛立つ。
「散らすな」
散らすな、は中心を作る命令だ。
命令は反発を生む。
反発は戦い。
戦いは中心。
中心は門。
女(合同班)が言う。
「散らしは現場の安全だ」
「固定すると事故が増える」
「責任は上位が負う」
また責任。
鎖。
班の女は強引に言った。
「因子を特定する」
「識別名はこれだ」
そして金属札を掲げた。
刻印された名を読み上げる。
名が空気に立つ。
立てば中心になる。
中心は門になる。
少年は静かに息を吐いた。
ここが山だ。
名を立てさせない。
だが叫べない。
叫べば戦い。
名が立つ瞬間に、名の参照先をずらす。
同じ名が同じ対象に結び付かないようにする。
名を、工程へ滑らせる。
工程札にする。
少年は欠け印の札を、金属札の横へ置いた。
そして四枠点検束を指でなぞる。
女(合同班)が理解し、言う。
「識別名の適用先は工程」
「因子ではなく、因子が現れる工程状態」
「名は“状態名”として扱う」
「所持者は人ではなく、巡回順で変わる」
班の女が反発する。
「それでは封じられない」
女(合同班)が言う。
「封じは事故を呼ぶ」
「責任は上位が負う」
班の女は歯を食いしばる。
賢い者ほど、責任で縛られる。
そして班の女は言った。
「……上位に確認する」
「状態名としてなら、暫定で」
暫定。
固定ではない。
固定でなければ中心になりにくい。
中心になりにくければ門になりにくい。
少年は静かに息を吐いた。
奪名は、名付けにならなかった。
名は杭にならず、札は鍵にならなかった。
ただの状態名。
揺れる名。
揺れるなら糸になりにくい。
だが上位は怒る。
次は“最終封止”だ。
状態名すら許さず、封じる。
封じれば門が閉じる?
違う。
封じは門を固定する。
固定は門を開く鍵になる。
第18章。
決着が来る。
支点の役目は、ここからだ。




