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妖狐とほっこりごはん生活  作者: 禾乃衣


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3/3

3話 守りたいと思った夜

 仕事が終わり帰宅した美羽はマンションのドアの前で深呼吸する。

 ドアを開けるとふわりと食欲をそそる匂いがして胸の奥がほっと温かくなる。

「(よかった。 いた)」

 葵が美羽に気づき目が合う。

「おかえり」

「あ、うん、ただいま」


 自室で着替えてリビングへ行くと、テーブルには鯖の味噌煮、茶碗蒸し、サラダ、炊き込みごはん、味噌煮が並べられていた。

「わあ〜! 定食屋さんのごはんみたい!」

 美羽が感動して声をあげる横で、絃葉は無言で座っていた。 何か言いたげな少し張りつめた空気がある。

 美羽と葵はいただきますをして食べる。

 絃葉は何も言わず手を合わせて箸を取った。

「(ちょっと空気が重いな)」

 絃葉をちらっと見て何か話そうか考えていると絃葉が口を開いた。

「弁当、美味しかった」

 ぼそりと小声で言う絃葉の言葉は美羽の耳に届き驚きをあたえる。

「え、もっかい言って」

 美羽の言葉にわずかに口角が緩む絃葉。 彼女は無言で食事を続けた。

 ふと美羽は葵を見ると穏やかな顔をする彼と目が合い安堵した。

 それからは少々重かった空気が和んだ気がした。


 夕食が終わり後片付けをする美羽と葵。

 じっと見ていた絃葉は二人の間に漂う穏やかな空気を感じ取っていた。


 そして食後のほうじ茶タイム。

 絃葉がほうじ茶を一口すすると、ふぅと息を吐きゆっくり口を開く。

「人間、世話になった。 私は里へ帰る」

「えっ、そんな急に」

「帰る前に一つだけ言わせてもらう。 葵様を傷つけるようなことがあれば私は絶対に許さない」

 絃葉の真剣で真っ直ぐな瞳は美羽の背筋をぴんっとさせる。

「あのう……ずっと気になってたんだけど、葵様って呼んでるけど、葵って偉い方なの?」

 葵はほんの一瞬だけ、美羽を見てから目を伏せた。

「なっ、知らずに一緒に住んでたのか」

「絃葉、いずれ話そうと思っていたのだ」と葵が絃葉を制する。

「美羽、実は俺は」

 話し始める葵を見て息を呑む美羽。

「俺は妖狐の里、月狐郷(げっこきょう)の次期里長候補なんだ」

「候補ってことは他にもいるってこと」

「そうだ。 俺は上に立つのは苦手でな、他にやりたい者がいれば譲りたい」

 優しい葵らしい……と美羽は心の中で呟いた。

「絃葉は葵様に上に立ってほしいです。 皆もきっと」

「やる気のない俺がなっても里の者たちだって困るだろう。 それに他の候補は皆気のいい者たちばかりだ」

「……ですが」

「絃葉、誰が里長になってもその者を支えるのがお前の役目だろう」

 絃葉は小さく頷き、膝の上で拳を握り締める。

「……はい」

 まだ納得がいかないという顔をする絃葉を見て美羽は「(絃葉ちゃんは里長になった葵にお仕えしたいのね)」と悟る。

 絃葉が立ち上がり「葵様、帰りますね」と言い、美羽を見ると「人間、先程の私が言ったこと、忘れるなよ」

 そう言うとベランダの窓を開けた。

「絃葉ちゃん待って!」

 急な呼び止めに耳をぴりとさせ振り向く絃葉。

「絃葉ちゃんが葵のことを大切に想ってるように、葵も絃葉ちゃんのこと大切に想ってるよ」

 絃葉が葵の方を向くと穏やかな顔をしてこくりと頷く葵と目が合う。

「絃葉、お前ほど優秀な従者はいない。 次の里長もお前がいてくれてよかったと思うはずだ。 頼んだぞ」

「葵様……」目が潤んだ絃葉は「わかりました。 必ずや全うします」

「絃葉ちゃん、またいつでもおいで。 美味しいお弁当作るよ。 あっ、今度はちゃんとお弁当箱に入れるからね」

 美羽の言葉にクスッと笑みをこぼし「ではまた食べに来よう」と言いベランダから飛び出し家から家へとぴょんぴょん移動して遠くへ消えていった。


 絃葉を見届けながら葵が静かに言う。

「美羽、絃葉がいろいろ無礼をした。 すまない」

「謝らないで。 最初は視線きついなぁって思ったけど不思議と嫌な気分にはならなかった。 葵のこと本当に大切に想ってるんだね」

 たった一日過ごしただけだが、葵と絃葉、この二人が互いに尊敬し合ってることはわかった。 絃葉の想いがどれほど深いのかも。


 穏やかな空気の中で美羽は、ふと絃葉が言っていたことを思い出した。


 ――葵様が人間たちにどれほど裏切られてきたか……

 ――あの時の傷だってまだ癒えていないのに……


「(聞くか、聞かぬべきか……)」

 ちらっと葵の横顔を見る。

 安堵した顔を見て、聞くのは今度にしようと思った。

 葵が笑える日が来たら、その時に。


「窓閉めるね」

「あ、ああ」

「寂しい?」

「少しな」

 くしゃっとした笑みを浮かべる葵の顔に美羽の心臓が跳ねた。

「お茶冷めちゃったかも。 淹れ直すね」

 ドキドキを悟られまいと、湯飲みをキッチンへ持っていく。


「(さっきの、あの寂しさが入り混じったような笑顔……)」

 胸の前で拳をぎゅっと握りしめ「(守ってあげたい……)」と心の中で呟きはっとする。

 ぶんぶん顔を振りお茶を淹れる。

 テーブルを挟んで座り、お茶をすすりとりあえず何か話題をと口を開く美羽。

「葵って料理すごく上手だよね。 どこで覚えたの?」

「初めて世話になった人間のおばあさんのところだ」

「それってお弁当作ってもらって人間になるために?」

「そうだ。 おばあさんは料理や買い物の仕方を教えてくれた」

「そのおばあさんのところで家事覚えたんだ」

「ああ、感謝してる」

 葵は照れくさそうに目を細めたがすぐに表情が曇った。

「人間の生活に慣れてきた頃、おばあさんの体調が悪くなって施設に入ることになったんだ」

「そっか……」

 それは仕方ない、と美羽は心の中で呟く。

「また0からのスタートにはなったが、自信がついた。 俺にもできるんだってな」

「うん。 それで次はどんな人のところでお世話になったの?」

 美羽の問に途端に表情が暗くなる葵。

「そ、れは……まあ、ちょっとな。 大したことじゃない」

 葵はそれ以上言わず、湯呑を見つめた。

「いいよ。 無理に話さなくて」

 俯く葵を見て、きっとその出来事が絃葉が言っていた「癒えていない傷」なのだろうと思った。


「葵、私葵が来てくれてほんと助かってるよ」

 美羽はとにかく葵を安心させたくて夢中で話した。

「最初はびっくりしたけど、人間になって恋をして一緒に年をとりたいって言う葵のこと応援したいって思った。 初めて作ってくれた夕食覚えてる? ミネストローネめっちゃ美味しかったよ。 また食べたいなぁ」


 話しながら、葵が来るまでの日々を思い出す。

 仕事で心をすり減らしていた時、帰る場所なんてただの箱だった。

 誰も迎えてくれない部屋に帰って、冷えた空気の中でコンビニ弁当を食べるだけの日々。

 その孤独が今、少しずつ溶けていくような気がした。


「明日、ミネストローネ作るか」

 顔を上げて優しく言う葵にほっとする。

「ほんと? やったぁ!」

 葵を傷つけるようなことしたくない……そう強く思った。

「キャベツとコーンもいいけど、ちょっと冒険して変わり種もよくない? でも不安だなぁ。 何がいいだろう」

 明日の夕食を楽しみにしてる美羽を見て葵は安堵の表情をする。

「俺、美羽のところへ来てよかったと思ってる」

「わ、私のほうこそ」


 気づけば時計は夜の22時を回っていた。

 湯呑を洗いながら、美羽はふと葵を見つめる。


 彼の背中はどこか心細そうで、でも優しさに満ちていて――

 もっと知りたい……そんな気持ちがそっと芽生えた。

 そして葵の存在が、自分の帰る場所になりつつあることをこの夜をきっかけに知っていく。

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