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妖狐とほっこりごはん生活  作者: 禾乃衣


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2話 温かい食卓 白い来訪者

 会社帰りの電車の中で美羽は葵と出会ってからの数日を思い出していた。

「(恋したい、か……)」

 揺れる車内でふぅと息を吐き、肩を少し落とす。

「(あまりいいもんじゃないけどね)」心の中で呟きながら、窓に映る自分の顔をぼんやりと見つめる。


「ただいま」帰ると夕食のいい匂いが漂ってくる。

「おかえり」

「いいにお〜い」

 キッチンへ向かいフライパンの蓋を開けるとカツ煮があった。 出汁と甘い醤油の匂いがふわりと広がる。

「わぁ! おいしそう!」

 冷蔵庫に目をやるとスタンプカードが。 昨日と今朝の分とスタンプが二つ押されていた。

「美羽、これレシートとおつり」

「うん。 おつりはお財布に入れといて。 レシート見せて」

 レシートを見ると特売のカツや卵、調味料など。

 思わず「やるじゃん」と呟きそうになる。

 美羽が会社帰りに材料を買ってきてから葵が料理するのは少し時間がもったいない。

 それなら――と、美羽は葵にお金を預けて買い物を任せることにした。

 葵は「やりくりは得意だ」と自信たっぷりに言っていた。


「葵って人に化けられるのね。 わざわざ人間にならなくてもいいのに」

「人間になって恋をして一緒に年をとりたいんだ」


 その真っ直ぐな言葉に、美羽は息を呑んだ。


 そんな相手、見つけるのは難しいよ――

 そう言いかけたけれどやめた。

 彼の夢を壊したくなかったから。


 美羽が着替えてる間、葵が夕食をテーブルに運ぶ。

 そして向かい合って「いただきます」

 美羽はしみじみと温かいごはんを口に運ぶ。

「帰ってきて、こんなに美味しいごはんが食べられるって最高〜」

「……よかった」

 その笑顔を見て、葵も小さく口元を緩めた。


「私も明日からお昼お弁当にしようかな。 節約にもなるし。 あ、お弁当箱ないや。 あさってからにしよ」

 クスッと笑う葵に、思わず美羽も微笑む。

 その瞬間、心がふわっと温かくなる。


そして迎えたお弁当初日。

「美羽、これ入れてみないか?」

 差し出されたのは、葵がうさぎに飾り切りしたリンゴだった。

「かわいい〜。 器用だね〜」

 弁当箱にうさぎリンゴをそっと詰め、微笑む美羽。

「ありがと」

 美羽は尻尾を揺らして嬉しさを隠せない葵を可愛らしく思えた。


 昼休みの休憩室。

 弁当箱を開くと、まず目に入るのはうさぎリンゴ。

「(葵も今頃お弁当食べてるかな)」と思いながら卵焼きを箸でつまむ。


「珍しいね。お弁当?」

 同僚の奈央が声をかけてきた。

「うん。 節約にもなるしいいかなって」

「おいしそ。 そのうさぎリンゴ可愛い〜」

 えへへと照れ笑いする美羽に、奈央の目がキラリ。

「さては彼氏に作ってもらったな?」

「えっ、ち、ちがうよ」

 慌てる美羽の心臓は、少しだけ早くなった。

「私もお弁当作ってくれる彼氏欲しいな〜」と言いながら奈央はその場から去っていった。


 最後にうさぎりんごを箸で持ち上げた瞬間「(こういうの、誰かに作ってもらうのって……悪くないかも)」と、小さく胸が温まった。


 食べ終わり、休んだ後仕事に戻る。

 その日の午後、美羽はなんとなくいつもより仕事が捗った。


 それから一週間が経った。

 卒なく家事や買い物をこなす葵を見て美羽は思う。

「(どうしてこんなに慣れているんだろう……もしかして妖狐の世界では下働きだった? それが嫌で人間になりたいと? いやいや本人は恋がしたいと言ってたし)」


 テーブルで向かい合わせに座り夕食を食べる。

 葵をちらっと見る美羽。

「(いつも思ってたけど、箸の持ち方は上手だし上品に食べるのよね……もしかしていいとこのお坊ちゃん? でもそれなら家事や買い物はどうしてあんなに上手くこなすの?)」

「ん? 美羽、どうした?」葵が美羽の視線に気づいた。

「えっ、ああ、なんでもない」

「気になることがあるなら遠慮なく言ってくれ。 この家の主は美羽だ。 至らぬところがあれば直そう」

「……葵ってさ」思い切って聞いてみることにした。

「家事や買い物慣れてるよね」

「ああ、今まで人間の家を転々としてきたからな。 やってるうちに慣れた」

「そうなんだ」

 納得はしたが今度は別の気になることが芽生えた。

 今まで転々としてきたところって男の家? それとも……

「(もう〜〜〜! どうしてそんなこと気になるのよ! こんなこと聞いたら葵だって変に思うよね)」

「まだ聞きたいことがあればなんでも」

「ううん、もう大丈夫」葵の言葉を遮って食事を続けながらも気になってしまった気持ちだけが胸の奥に残った。

 その理由に気づくのが少しだけ怖かった。


 次の日の会社帰り。

 公園を通ると微かな息遣いが聞こえた。

 聞こえる方へ歩いていくと白くて小さな生き物が弱々しく横たわっていた。

「(もしかして妖狐?……いやいや、そう何度も妖狐に出会うわけ……)」

 そう思いながらも放っておけず、抱き抱えて帰ることに。


「ただいま」

「おかえ」

 言いかけた葵が、美羽が抱き抱えている生き物を見て固まった。

「葵?」

「……もしかして、絃葉(いとは)か?」

 生き物の耳がぴくりと動いた。 その瞬間、小さな妖狐に大変身。

「葵……さ、ま……」

 絃葉と呼ばれた妖狐はその場に倒れ伏してしまった。

 お腹をぐぅ〜と鳴らして。

「すまない、食事をさせていいだろうか」

「いいに決まってるじゃない! はやくはやく」


 まさか人生で二度も妖狐に出くわすなんて……と思いながらシチューを美味しそうに食べる絃葉を見る美羽。

「(小さい妖狐可愛い〜。 女の子かぁ)」


 食べ終わった絃葉にきつい目を向けられる。

 雪のように白くてふわふわな毛。 細い尻尾がピンと立つ。

「人間、助けてもらったことは礼を言う」

「いいよいいよ」きつい視線が気になった。

 絃葉が葵の方を向き、すがるように言う。

「葵様、帰りましょう。 葵様が人間たちにどれほど裏切られてきたか絃葉は知っております。 あの時の傷だってまだ癒えていないのに……」

「俺は帰らん。 人間になると決めたのだ」

「葵様! 今度という今度は帰ると言うまで絃葉はここにいます!」

「絃葉!」


 完全に置いてけぼり状態になってしまった美羽はただ黙ってるしかなかった。


「美羽、すまない」

 冷静になった葵に名前を呼ばれて少し安心した。

 テーブルにはシチュー、鮭ピラフ、サラダが並べられる。

 いつもなら和やかな食事タイムが今日はピリリとした空気が漂う。

 美羽は絃葉のきつい視線に耐えながら食べた。


 翌朝。

 絃葉にじーっと見られながら弁当作りを始める美羽。

「絃葉ちゃん、ソファで眠れた? 掛け布団一枚で足りたかな」

 返事はない。

「絃葉、おはようくらい言ったらどうだ」と葵。

「いいよいいよ」と美羽は苦笑い。

 作りながら昨日の絃葉が言っていたことを思い出す。


 ――葵様が人間たちにどれほど裏切られてきたか……

 ――あの時の傷だってまだ癒えていないのに……


「(それに葵様って……やっぱりどこぞのお坊ちゃん?)」

 そうこう考えてるうちに時間は過ぎていく。

 忙しい朝はとにかく1分たりとも無駄にはしたくない。

 皿に盛りつけられたスクランブルエッグとソーセージとサラダ、温かいポタージュスープ、トーストが並べられた。

「(たまには洋風もいいな)」

 いただきますをして食べる。

 絃葉はじっとしていた。

「絃葉ちゃん、食べれないものがあれば別のものを」

「いい」と素っ気なく言いトーストを食べる絃葉。

 態度はどうであれ食べてくれたことに美羽はほっとした。


 無言の朝ごはんタイムが終わり、会社へ行く支度をする。

「これ絃葉ちゃんの分のお弁当。 お弁当箱ないからタッパーで申し訳ないけど」

 返事はない。


「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

 葵に見送られマンションを出る。

「(帰ってきたら葵がいなくなってた……なんてないよね)」

 胸の奥がぎゅっと痛み、少しの不安を抱えながら駅へと歩いていった。



◇葵・絃葉side◇

 美羽を見送ると葵は朝食の後片付け、風呂やトイレ、リビングの掃除をする。

 絃葉は複雑な表情をしてそんな葵を見ていた。


 お昼。 美羽が作ってくれた弁当を食べる。

 赤じそをふりかけたごはん、卵焼き、にんじんきんぴら、ピーマンのコンソメ蒸し、ミニハンバーグ、うさぎりんご。


 絃葉はうさぎりんごを箸でつまみじっと見る。

 そんな絃葉に葵は言う。

「こういうものを、誰かに作ってあげたいと思ったのは初めてなんだ」

 優しい目をして言う葵に絃葉は目を見開き息を呑んだ。


 時計を見ると夕方4時前。

 葵は買い物へ行く支度をする。

「どちらへ行かれるのですか。 絃葉もお供いたします」

「ついてくるなら耳と尻尾隠せ。 あと服装も人間に見えるようにしておけ」

 葵に言われ、耳と尻尾を消して人間っぽい服へ変化する。

 葵が向かったのはスーパー。

 魚売り場にいると店員のおばさんが声をかけてきた。

「あら葵君。 もうすぐこのシール貼るからね」

 おばさんが値引きシールを見せる。

 一週間程前、まだこのスーパーに慣れていなかった葵はおばさんに商品の場所を聞き、少しづつ会話を重ねて顔馴染みになっていた。

「妹さん? 可愛い」おばさんは絃葉に気づく。

「まあ、そんなもんです」葵が鯖を手に取り言う。

「鯖の味噌煮でも作ってみるか」と呟いた。


 帰宅して早速夕食作りに取り掛かる。

 手際よく料理する葵を見て、絃葉は切なそうな顔をする。

「葵様……楽しそう……」つい心の声が漏れてしまいハッとする絃葉。

 そんな絃葉に葵は「ああ。 楽しい。 美羽はいつも美味しそうに食べるからな。 あの顔を思い出すと料理が捗るんだ」

 キッチンカウンター越しにいた絃葉が俯き拳をぎゅっと握りしめる。

「(葵様はこんなところにいるお方ではないのに……でも……前より少し明るいお顔になったような)」

 ぶんぶんと左右に顔を振り、傷ついた葵のことを思い出す。

「(人間はすぐ裏切る。 今回だって……私が葵様をお守りせねば)」

「絃葉」

 葵の声に顔を上げる。

「俺は帰らない……美羽は今までの人間と違う気がするんだ」

「葵様は優しすぎます」

「信じるか裏切るかでいえば、俺は信じる方を選ぶ。 裏切るよりはマシだからな」

「絃葉にはわかりません」

「最初は上手くいかないこともあった。 でも、できることが増える度に可能性が広がる予感がしたんだ。 俺は諦めない」

 静かに、それでいて穏やかな力を宿した葵の声。

 絃葉は肩の力が抜け、ふぅと息を吐き「本当に……ぶれないお方ですね」と呟いた。

「絃葉が俺を心配する気持ちはありがたい」

 葵の穏やかな声に、絃葉はぎゅっと結んだ拳をそっとほどいた。

「葵様、私が葵様をお守りしたい気持ちは変わりません。 再び傷つくようなことがあれば、その時は……絶対に止めます」

 その言葉に、葵はふっと目を細める。

「ああ」

 その返事だけで絃葉の胸の奥の緊張が少しだけ溶けた。


 やがて鯖の味噌煮のいい香りが広がる。

 夕食の準備は万端。

 葵は美羽の帰宅を待ちわびていた。

 尻尾を揺らしながら洗い物をする葵の姿に絃葉の口元が緩んだ。

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