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妖狐とほっこりごはん生活  作者: 禾乃衣


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1話 妖狐とふたりごはんスタート

 早朝のキッチンに味噌汁の湯気がゆらゆらと立ちのぼる。

 その向こうで真っ白な狐の耳がぴくりと動いた。

「もう少し足すか」

 しゃもじでそっと混ぜ、味見をするのは妖狐。

 いい出来に尻尾が自然と揺れる。


「おはよ~」

「おはよう。 美羽(みう)

 あくび混じりの声でキッチンへ来たのは美羽と呼ばれた女性。

 もうすっかりこの光景に慣れたように手際よく弁当作りを始める。


 やがてテーブルに向かい合って座った二人は「いただきます」と声をそろえた。

 温かい味噌汁の湯気が立ちのぼり、今日も和やかな朝が始まる。


 けれど、二人がこの食卓を囲むようになるまでには少し不思議な出会いがあった。


 それは半年前――


 

 くたびれた顔をして夜の町を歩く残業帰りの美羽。

 コンビニに寄り、お弁当とお茶を買いマンションへの帰り道、通りかかった公園でなにかの気配を感じ足を止めた。

 それは砂場のそばにいた。

 近づいてみるとそこには――

「(犬……かな)」

 犬に似た白い小さな生き物はうずくまり半開きした目で美羽を見る。

「(きれいな毛並み……首輪は……ついてないか)」

 弱ってる姿を見つめて「……なんでだろ、放っておけない」と優しく小さく呟いた。

 すると白い生き物は耳をぴくりとさせた。

「(……うちのマンションってペットOKだったよね)」

 美羽はそっと抱き上げる。 思ったより軽い。

 そして――そのまま連れて帰った。


 リビングの床に白い生き物をそっと寝かせ、冷蔵庫から牛乳を取り出し皿に注いで温めて白い生き物にあげてみた。

 するとペロペロと小さな舌を出して飲みはじめた姿を見て「よかった」とほっとする美羽。

 買ってきたお弁当を温めて食べていると、白い生き物がとことこ寄ってきた。

 可愛らしく思えて美羽はニコッと笑い、お弁当の唐揚げを小さく切って白い生き物にあげた。

 白い生き物は目を細めて美味しそうに食べる。

 その瞬間、美羽の疲れが少しだけ溶けていった。


 翌朝、寝室からリビングへ向かう。

「(元気になったかな)」

 しかし、白い生き物はおらず、ソファにはふさふさの耳と尻尾がある真っ白な和服を着たイケメンが座っていた。

 目が合い悲鳴を上げようとする美羽に気づいたイケメンが慌てて駆け寄る。

「待ってくれ、話を聞いてくれ」

「キャーーーーーーー!」

「驚かせてすまない。 落ち着いてくれ」

「けけけけ警察呼ばなきゃ」

 美羽は寝室にスマホを取りに行こうとするが腰が抜けて立てない。

「お金ならないわよ!」

「そんなものいらん! 欲しいのは弁当だ!」

「へ?」


 リビングのテーブルを挟んで、ようやく落ち着く二人。

「俺は(あおい)。 昨日は本当に助かった。 礼を言う」

 頭を下げる葵の長い銀髪がさらりと揺れる。

「あなた、本当に昨日の犬……じゃなくて狐?」

「そうだ。 見ての通り妖狐だ」

「妖狐なのはわかったけど、どうしてあんなところで倒れてたの?」

「前の主人に捨てられてな」

 寂しそうに目を細めて言う葵にズキリと胸が痛む美羽。


 ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。

 出てみると隣の部屋の住人が先ほどの美羽の悲鳴を聞いて心配して来てくれたのだった。

「お騒がせしてすみません。 大きな虫が出たものでびっくりしちゃって」

 なんとかごまかして事なきを得た。


 リビングに戻ると「重ね重ねすまない」と葵が申し訳なさそうに謝ってきた。

 美羽は座り「これからどうするの?」と聞いてみた。

「迷惑なのは重々承知なのだが、美羽殿の人柄を見込んで頼みたいことがある」

「ちょっと待って! どうして私の名前!」

「そこの郵便物に」

「あ……」

 美羽は咳払いをして「頼みたいことって?」と聞く。

「俺は人間になりたい。 そのためには人間に365日毎朝欠かさず弁当を作ってもらうことが条件なんだ」

「それでさっき、欲しいのは弁当って」

 美羽はハッと時計を見て立ち上がる。

「やば、会社行かなきゃ! 話は帰ってから聞くから、お腹空いたら冷蔵庫のもの食べてて!」

 そう言い残し慌てて身支度をして部屋を出ていった。


 静まり返った部屋で、葵は冷蔵庫を開けて中を覗く。

「……今回も望みは薄いな」

 その声はどこか寂しげだった。


 夜。 美羽が帰宅するとリビングのソファに葵が座っていた。

 テーブルを挟んでコンビニ弁当を食べる。

「毎日コンビニ弁当なのか?」

「毎日ってわけじゃないよ。 たまに作るし」

「例えば?」

「パスタとかそばとか」

「煮魚や漬け物などは?」

「買ったほうが楽でしょ」

「そうだが」


 美羽はちらっと葵を見て箸を置く。

「毎朝お弁当作るのは私には無理。 他あたって」

 その言葉に葵の耳がしゅんと垂れる。

 美羽は小さく息を吐き「ごめんね」と呟いた。


 食べ終わり、片付けてティーパックのほうじ茶を出す美羽。

 コップにお湯を注ぎティーパックを入れてできたほうじ茶を葵に出す。

「(私にはこんなものしか出せないや)」

 美羽もほうじ茶を飲んでひと息吐くとふと尋ねたくなった。

「ねぇ、葵はどうして人間になりたいの?」

 少し間を置いて、葵は湯気の立つコップを見つめる。

「……実は俺、愛というものを学んでみたくてな」

「愛?」

「昔、助けてくれた人間がいた。 その人は好きな人ができたと言って笑っていた。 その顔があまりにも綺麗で……俺もああなりたいと思った」

「……なるほど。 恋したいってことね」

「恋、か。 なるほど、そう呼ぶのか」

 真顔でうなずく葵に美羽は思わず吹き出した。

「ふふっ。 意外とピュアなんだ」

「ピュアとは失礼な。 俺は本気だ」

 耳をぴくぴくさせながらむくれる葵がなんだか可愛くて美羽の口元が緩む。


 美羽は少々考えた。

「……あの、さ」

 気づけば美羽の方から言葉がこぼれていた。

「毎朝お弁当作るの、正直自信ないけど。 葵の話聞いてたら、なんか……応援したくなった」

「! 本当か?」

「ただし、ちゃんと洗い物はしてよね」

「心得た!」

 ぱっと顔を輝かせる葵。

 その笑顔を見た瞬間――胸の奥でなにかがふっと温かく灯った。


 テーブルの上にいつの間にか置かれていた一枚の分厚い紙。

 金色の文字でこう書かれていた。


 【スタンプカード・人間修行用】

 《一日一食、心をこめたお弁当をもらうたび印が押されます》


「な、なにこれ!?」

「見守りの神から渡されたものだ。 これが満了すれば俺は人間になれる。 そして美羽殿は願い一つだけ叶えてもらえる」

「どんな願いも!?」

「ああ」

 スタンプカードを裏返すと真っ白。

「先は長いな」と呟く葵。


 葵が咳払いをして控えめに言う。

「これから世話になる身で言いづらいのだが、冷蔵庫の中身がビールとつまみしかないというのはいかがなものかと」

「うっ……これからはちゃんと自炊します……って明日のお弁当のおかずの材料ないや。 お弁当箱も。 ちょっとスーパー行ってくる」

「また弁当か?」

「ちがうわよ。 冷凍食品とか買ってくるから」

「ああ、それはまずい。 冷凍食品を使うとカウントされないんだ」

「え、そうなの? じゃあお惣菜もだめだよね」

「ああ。 重ね重ね面倒をかける」

「まあわかった。 とりあえず行ってくるわ」


 そして買い物から帰宅。

「卵、ほうれん草、ハム、油揚げ、野菜ミックス、冷凍ブロッコリー、ベーコン、チーズ、ミニトマト、おかずになりそうなもの買ってきたけど……」

「なりそうなものって、失礼だが美羽殿は弁当作ったことはあるのか?」

「恥ずかしながらないです。 あ、美羽殿じゃなく美羽でいいよ」

「美羽、できそうか?」

「やるっきゃないっしょ!」

 そう言うと美羽はスマホでレシピを検索しはじめた。

「あ、これいいかも。 これならできそう」

 そんな美羽の姿を見てふっと息を吐く葵。

「ねぇ、作り置きはいいの?」

「ああ、それは問題ない」

「なるほど。 手作り重視ってわけね。 野菜のみじん切りだけやってあとは明日の朝作るね。 あ、ほうれん草も茹でとくか」

「わかった」

 美羽は寝室のクローゼットから布団を持ってきてリビングに置いた。

「これ使って」

「ありがとう」

「じゃ、これ終わったらシャワー浴びて寝るから。 葵もお風呂自由に使って」

「ああ」


 野菜をみじん切りする美羽をキッチンカウンター越しに見る葵。

 その表情はどこか安堵していた。


 翌朝。

 まずは卵焼き作りから取り掛かる美羽。

 フライパンに溶いた卵を入れるとじゅわ〜と食欲をそそる音が響く。

 フライ返しでなんとか巻いてまな板に置いて冷ましてるうちに油揚げのなかに昨夜みじん切りした野菜ミックスを入れてフライパンで焼く。

「あ! ブロッコリー解凍してないや」

 冷凍ブロッコリーを3個解凍して一応買っておいたアルミカップにブロッコリー、ベーコン、チーズを入れてトースターへ。

「フライパン大丈夫か?」

「わわっ」

 ひっくり返したらちょっと焦げた。

「ごめん」

「問題ない」

 なんとかできたのが卵焼き、ブロッコリーとベーコンのチーズ焼き、油揚げと野菜ミックスのはさみ焼き、ほうれん草のハム巻き。

 弁当箱に詰めてミニトマトを添える。

「おおー!」葵が感嘆の声を上げる。

「ごはんなんだけど、なんの味付けもしてないの。 次からはふりかけとかかけるから」

「問題ない。 感謝する」

「ん?」美羽がテーブルに置いてあるスタンプカードに気づく。

「なんか光ってるよ」

 葵がスタンプカードを美羽に見せる。

 そこには真ん中に1と書かれた桜のスタンプが押されていた。

「初日クリアだ」と葵が親指を立てて笑顔を見せる。

 その屈託のない笑顔に美羽の胸の奥で静かに高鳴る鼓動に本人はまだ気づいていなかった。


「美羽、材料さえ用意してくれるなら夜は俺が作ろう」

「いいの!?」

「世話になってる身だ。 それくらいさせてくれ」

「それくらいもなにも助かるよー」

 目をキラキラさせて言う美羽に少々ドキッとする葵。

 我に返って美羽に伝える。

「では今日はスープでも作ろう。 今リストを書くので買い物頼む」

「オッケー。 朝ごはんなんだけど、私は会社行く途中にパンでも買って食べるけど葵はお弁当食べる?」

「んー、そうだな……余った卵焼きとはさみ焼きをいただこう」

「わかった。 じゃ、行ってきまーす」

「うむ」


 そして夜。

「おかえり、美羽」

「た、ただいま」

 きょとんとする美羽。

「どうした?」

「ううん、なんでもない」

「美羽」

「ん?」

「弁当美味かった」

「よ、よかった」

 その一言が胸の奥にじんわりと広がっていく。

それは――しばらく忘れかけていた温かな気持ちだった。


 美羽が帰宅すると葵が早速料理に取り掛かった。

 なにを作ってくれるのかリビングのソファからキッチンを見て楽しみに待つ美羽。

 出来たのはハンバーグとミネストローネ。

「わぁ! 美味しそう! いただきます!」

 ハンバーグを一口食べると肩の力が抜けてほっとする。 ミネストローネを食べてみると温かくて仕事の疲れが飛んでいくようだった。

 夢中で食べる美羽を黙って見つめる葵。

 葵の視線に気づき「ああ、ごめん。 すごく美味しい」と慌てて料理の感想を言う。

「よかった」と葵は安堵してハンバーグを食べる。

「久しぶりに人が作ったもの食べたからなんか感動しちゃって……さっきもね、おかえりって言ってもらえて嬉しかったの。 帰ってきて誰かが迎えてくれるっていいね」

 美羽の表情は少し和らいでいた。

「美羽は頑張り屋なんだな」

「え」

「これから俺が美味いものいくらでも作ってやる。 これくらいしかできないが」

「うぅ」

「どうした!?」

 突然泣く美羽に慌てふためく葵。

「そんな優しい言葉かけられたの久しぶり……」

 葵は美羽の隣に座り、背中を優しくさすった。

「なんかさ、誰かに料理を作るのも作ってもらうのもいいね。 私も……私もお弁当作り頑張るね。 絶対365日やりきるから」

 葵は微笑み「ああ」と優しく言った。


 いいスタートが切れたとお互い思っていた。

 この時までは。


 翌朝。

「美羽、美羽、起きてくれ」

 夢うつつの中で誰かの声を聞く美羽。

 必死に呼ぶその声に応える気力もなく夢の中へ深く深く潜っていった。


 そして目が覚めると――

「うそ! 10時!?」

 スマホの時計を見て慌ててリビングへ行く。

 するとソファでは項垂れた葵の姿が。

「(やってしまった……)」

 心の中で呟き昨夜のことを思い出す。

 自室のベッドで横になった瞬間、もう身も心もお休みモードに入り、明日は土曜で寝坊ができると思い弁当作りのことはすっかり頭から飛んでしまっていた。


 葵にそろりそろりと近寄る美羽。

「葵……ごめん……」

「……」

 返事はない。

「(怒ってるよね)」

「くくっ」

「ん?」

「はははっ」と突然笑い出す葵。

「な、なに」

「まさか2日目でふりだしに戻るとはな。 俺の知る限りでは新記録だ」

「ふりだし……」

 ハッとして、昨日葵が冷蔵庫にマグネットで留めてくれたスタンプカードを見る。

 昨日のスタンプは消えていて真っ白になっていた。

「そんなぁ……」

「気にするな。 最初からスムーズに進むとは思ってない。 しかしまさか2日目で」

 お腹を抱えて笑う葵を見て、怒ってないことに安心するが昨日弁当作りをやり切ると宣言した次の日にふりだしに戻ってしまったことに恥ずかしくなる。


 夏の終わりに出会った人間と妖狐。

 少し不思議で温かな一年、前途多難な挑戦はまだ始まったばかり。

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