《ちょっと寒いお話シリーズ》見ちゃったね
終電での帰り道。
久しぶりの女子会で、ちょっと飲みすぎた。
足元がふらついて、ヒールがやたら重たい。
会社から最寄り駅までは長くて、最寄り駅から自宅までは、暗くて静かな坂道。
雨は小降りになっていて、傘の下の景色がゆらゆらと歪んでいた。
ひと気のない道を、ひとり。
なんだか、寒い。
「早く帰ろ……」
そんなことをつぶやきながら、私は傘をさして歩いていた。
そのときだった。
ぼつ、ぼつ。
何かが傘に落ちる音。
雨粒よりも大きくて、重たい音。
木の上に溜まった雨水が、一気に落ちてくる、あの感じ。
でも――
ぼつ、
ぼつ、
ぼつ。
間隔が、妙に均一だった。
不意に、歩く足が止まる。
音は止まらない。
ぼつ、ぼつ、と、上から。
しかも、周囲を見れば、もう雨は完全に止んでいた。
それなのに、私の傘の上にだけ、何かが定期的に落ちている。
ぞくっと背中が冷える。
不安になって、私は傘を外し、そっと上を見上げた。
そこには――
大きな、大きな口が、あった。
ぽっかりと開いたそれは、空いっぱいに広がるほど巨大で、
私の傘の真上で、だらりと涎を垂らしていた。
よだれだった。
あの“ぼつ、ぼつ”は。
口は、一度、ゆっくりと閉じた。
一瞬、景色が静かになった。
――気づかれた。
そして口は言った。
『見ちゃったね』
『ふふ。じゃあ……いただきます!』
言い終えた後、口はニヤリと笑った。
背筋が一気に冷え――
悲鳴を上げようと、大きく息を吸い込む。
ぽたり。
闇が、がばりと裂けた。
「たす――」
――悲鳴を上げ……。
傘だけが、転がった。
※最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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