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元教師と元教え子の往復書簡 ~原子力発電と日本について - 濃尾

作者: 濃尾

元教師と元教え子の往復書簡 ~原子力発電と日本について‐濃尾


1


先生、ご無沙汰しています。


お元気でいらっしゃいますか?


私は、何とかこちらでの生活にも慣れてきました。


「そんな書き出しは君らしくないな」と先生には言われそうですね。


用件を申し上げます。


以前から先生の SNS アカウントは拝見していました。


しかし先生は恐らく、私のアカウントはご覧になっていないでしょう。


元教え子のその後など、こちらから入って行かない限り先生のご関心の範疇ではないでしょうから。


ですから、私の考えを先生に知っていただき、さらに先生に質問したいことがあるのです。


日本のエネルギー政策、とりわけ原子力発電についてです。


子細を把握しきれていないかもしれませんが、先生のアカウントで先生ご自身が発信したお言葉、先生が引用された他アカウントの言葉――どれも「原子力発電は、日本の将来のエネルギー政策を考えるときに欠かせない電源だ」という趣旨を指し示している、と私は受け取りました。


もしそれが間違いでなければ、私は先生のお考えの詳細を知りたいのです。個人的に。


私の知っている他の分野での先生のご発言は、私が知っている先生の人物像と乖離がありません。


しかし、日本における原子力発電についてだけは、そうは言えないのです。


こんな手紙を出すくらいですから、既にお分かりでしょう。


私は、日本のエネルギー政策から原子力発電という選択肢を外してほしいと考えています。


この問題について、いつもお忙しい先生から、個人的にお時間を頂けるかどうか、正直なところ私には分かりません。


こんな手紙さえご迷惑かもしれません。


迷いました。


しかし、図々しく言えば、まずは私が行動を起こし、もし先生がお忙しければ、拒否、あるいは無視していただければよいだけです。


長くなりました。お読みいただき、ありがとうございます。


先生の元教え子の一人、

先島伸二


2


久しぶりですね。


元気ですか?


しかし、まさか君からこのような古来の伝達手段、手紙が届くとは。


手短に話そう。


まず、私は君との対話を無視したりしない。


君が言うように、私は原発推進派だ。


私にもそれなりに考えがあってのことだが、まずは君から始めたまえ。


楽しみに待っている。


君の昔の教師、

斉藤栄一


3


丁寧なご返信、ありがとうございました。


では、私の考えを述べます。


日本の商業原子力発電所で――万が一ではありますが、――最悪の事故が起き、格納容器内の放射性物質が、ほとんど放出された場合、事故の地域によっては、

本州の半分に人が相当長い期間、人が住めなくなるような事態が起きる可能性があるでしょう。


ここまでで異論のある人はいるでしょうか。


恐らく少ないと思います。


人が造ったものは、どれほど万全を期しても必ず故障し得る。


そのために安全工学、という考えが生まれました。


この点からすれば、原子力発電所も同じです。


たとえ可能性がどれほど低くとも、です。


日本には、海岸線沿いに、北海道から鹿児島まで約 50 基の原発があります。


日本の総電力の 3 割ほどを担うまでになりました。


――あの事故が起こるまでは。


では、なぜ日本人は原子力発電の道を再び歩き始めたのでしょうか。


現政権は、原子力発電も含めた「エネルギーミックス」を指針としました。


私はこう考えます。


「あんなひどいことは起こらない。あれ以上ひどいことも、絶対に、万が一にも起こらない」――こう言い切れる場合にのみ、日本の主権者は原子力発電に YES 、と言ってよい。


そうでなければ、それは誤った道だと思います。


そして、現政権・与党の中に、そこまでの確信をもって YES 、と言い切る人がいるとは、私には思えません。


話を最初に戻します。


自然科学分野の学者や教育者の SNS でも、反原発運動家の自然科学への無知を嗤う言動が時おり、見受けられます。


それによって、自ずと原子力発電推進の立場、と受け取れる発信になっている、と思います。


しかし、本当にそうでしょうか。


私が前述した疑問に対して、明快な科学的根拠を示したうえで、推進の立場を取っておられるのでしょうか。


このような発言をすると、よく返ってくる反論は、「原子力発電を削った分の電源はどうするのか?反対だけではなく、対応策も考えて発言しろ」というものです。


私は、国運や日本人の生命・財産すべてを賭けてまで、原子力発電推進を支持する方に、逆にその対応策を伺いたい。


万が一にも事故を起こさない、完全な対応策など、存在しないと思うからです。


それでもなお「対応策を示せ」と仰るなら、私はこう答えます。


緩やかに、しかし確実に原子力発電を稼働停止していき、最新の CO₂ 排出削減技術を用いた化石燃料発電や、再生可能エネルギー発電を増やしていく。


これは破滅への道しるべでしょうか。


成し得ない業でしょうか。


長文になりました。


先生への私の質問は、ひとまず以上です。


4


お手紙、拝見。


私はリスクとリターンについて考えていた。


君がいう核災害リスクだが、無視できるほどリターンが大きい――とは、私も考えていない。


リターンに見合うリスクか? と問われれば、万が一のリスクは余りにも大きいからだ。


しかし君、もうそんなことを考えて、この国は動いていないのだよ。


政治家も、学者もね。


皆、目の前の自分へのリターンに夢中なのさ。


私は子どもがいない。


私は老い先が短い。


日本の将来を本気で憂う、というよりも、マスコミ向けに根拠が‟あるかのような”発言をすることのほうが大事になっている。


――そういう現実だ。


失望したかね?


私は自分で言うのもなんだが、自分に正直なほうだと思っているよ。


そこまで考えもせず、付和雷同している人間に比べればね。


君は人間というものへの理解が少々、浅くはないかね?


理想論じみていて、現実の社会が分かっていないのでは?


人生は短い。


それを君も学びたまえ。


5


先生は、やはり他の学者とは違う。


私に正直に、自分の考えをおっしゃってくださる。


自分の短い人生のためか?将来の日本のためか?


これは日本人全員がよく考えて答えるべき命題ですが、日本人への理解については、残念ながら、私も先生と同意見です。


しかし、あの先生が? と思って筆を執りました。


ありがとうございました。


私は、私の信じる生き方をします。


先生もお体ご自愛ください。


敬具

先島伸二


           完

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