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第9話 省治学二

     省治学二

               *

 省治学の授業が始まり、小野寺が教壇に立った。小野寺はいつも通り、善人か悪人かわかりにくい顔を作っていた。

「はい、それでは、省治学の授業を始めていきま~す。きょうのテーマは[運命]で~す。じゃあいつも通り、質疑応答から始めていきましょうか。では、[運命]について何か聞きたいことがある方は手を挙げてくださ~い。……、はいじゃあqくん!」

「運命って結局何がしたいんですか?」

「確かに、何がしたいのか気になりますよね~。悲劇とか苦しみとかばっかり押し付けてくるからね~。そこで終わったらほんとにただの悲劇になりますからね~。何がしたいねん、って思いますよね~。

 でも、運命が成し遂げようとしているのはその先のことなんです。この世界には進むべき軌道というものがあります。それは、下がってから上がるというような、いわば曲線的な軌道です。より自然に近いもので、曲線でないものはありませんよね? 惑星の軌道しかり、地球の形しかり、先生の髪型しかり。ん? どうしたの? 七海くん」

 七海はまっすぐな目で言った。

「先生の髪型は不自然だと思います」

「そうだった! 先生の髪は不自然、って、やめてくれるかな。これ正真正銘の地毛なんですから~。ってそんなことはどうでもいいとして。

 この軌道があるが故に、天国に行くためには一度、地獄に堕ちなければならないわけなんです。逆に直線的なのは不自然なんですよ~。幸せになりたいからって直接幸せになるなんていうのはね。みなさんもそういうのには気を付けてくださいね。簡単に手に入る幸せは嘘ですから。というわけで、さっきちらっと言いましたが、一度どん底まで堕としてくる[運命]が本当は何をしようとしてるかいうと、この世の全てを幸福に導こうとしているんです。なので、絶望したからって諦めないでくださいね~。それじゃあ次は、rくん!」

「[運命]は何でできてるんですか?」

「何でできてるんでしょうね~。先生は優しさでできてると思ってま~す。なんせ全てを幸福にしようとしてるわけですからね~、色々憎まれ口叩かれながらもね~。それを不器用な優しさと言わずして何と呼べばいいのやら、って感じで~す。

 ちなみに、[心]の授業の時に、[心]は[真理]でできてるって言ったの覚えてますか~? 運命とは即ち[真理]の別名であると言っていいでしょう。そうなると、人間は[心の底]で何を考えてるかわからない、みたいな悲しい疑問の答えがわかりますよね~。そう、優しいことを考えてるんです~。ということは先生も心の底では優しいことを考えている人間ということになるので、優しく接してくださ~い。では次に七海くん!」

 小野寺はさっきの鋭い指摘に怯え、身構えながら七海を指した。七海は小野寺に呼応して身構えながら疑問を投げかけた。

「[心]が[真理の結晶]なら、全てが幸福になるまで人間は幸福にはなれないということでしょうか」

「鋭いツッコミが飛んでくるのかと思いきや、鋭い指摘が飛んできたね~。[心]が[真理の結晶]であるならば、[心]が完全に満たされるというのは、[真理]の宿願である全ての幸福が成し遂げられた時になるからね~。だから、ある意味ではそうです。でも、人間という生き物は、永遠と刹那、無限と有限を同時に併せ持つ存在です。なので、永遠の中で起こる運命を、一生の中で体験することになるんです。ということは、なれるということです。

 は~い終了で~す。それではいつも通り、対話の時間に入りたいと思いま~す。隣の席の人と感じたこと、思ったことなどを話し合ってみてくださ~い」

 七海と戸崎の席を見てみよう。

「戸崎くんは、[運命]に対して思うところはある?」

「そうだな~。先生の話の通りだと信じたいけど、地獄にいる時は、なかなか信じられないよね」

「確かにその通りね。でも、私はこう思ったの。幸福になるためには必ず苦しみが要るのだとすれば、苦しみを認識している時点で、地獄にいる時点で、もうすでに信じているんじゃないかって。幸福になると信じていなければ、わざわざ地獄なんかに行かないし、そこで耐えたりなんかしないわ」

「確かにそうかもしれないね……。信じているから苦しんでいる。苦しんでいられる……」

「だから、苦しんでいる時点で勝っているということね」

「『この子は一体何者なんだ……』

 君は強いね。もう地獄を超えた人なのかな?」

「わからないわ、地獄にいるのか煉獄にいるのか……。でも、天国ではないことは確かね。毎秒炎に焼かれているような苦しみがあるもの」

「『だから、先生に熱心に質問しているのか』

 それなのに、どうしてそんなに強くいられるんだい?」

「[苦しみ]は確かに苦しいけれど、[苦しみ]が私を強くしているの。[心に感じる痛み]によって、人間として目覚めることができる、人間でいられる、ってね」

「そっか……。

『君はもう寸前まで来てるのかもしれないね』

 僕はまだまだだよ……」

 次は青戸と小野の席だ。

「小野さんはどういう人間なんだ?」

「え! いきなりだね! どうしてそんなこと聞くの?」

「俺は、人によって世界の見え方は異なると思っているんだ。だから、先にそれを知っていた方が対話もしやすいかなと」

「そうだったんだ~。う~ん。私は恋愛体質なところがあるのかな、って自分では思ってるかな~」

「恋愛体質か。なら[運命]という言葉は、運命の人、みたいな場合の方がしっくりくるんじゃないか?」

「ちょっと恥ずかしいけど~、まあそうかも~」

「『振る舞い通りの中身なんだな。……』

 そうか。なら小野さんから見てさっきの先生の話はどう見えた?」

「私から見たら~、運命の相手と結ばれる物語~、みたいな」

「なるほどな。小野さん自身は信じているか? 運命の相手がいると」

「そうあってほしいな~ってすごく思うよ~」

「そうなのか。なら、七海たちの書いたこの前の劇なんかは結構好きなんじゃないか?」

「結構好きだね! だから生で見たかったな~」

「まあ、舞台に上がるか客引きするかの二択だったからな。デッドオアアライブだ」

「そうなんだよ~。舞台に上がるのは緊張と恥ずかしさで心臓がパンクしちゃうよ~」

「『この子の心臓はゴム製なのかもしれない』

 君はもう一人の僕、か」

「青戸くんはどう考えてるの? 運命の相手、みたいなのっていてほしい?」

「もしその人が、自分の苦しみを全て理解してくれて、自分も相手の苦しみを全て理解できるなら、いてほしい、というよりいてくれないと困る」

「困っちゃうか~。それはいてくれないとだね~」

 楓と金城の席はどうだろうか。

「お前は何を感じた? どういう影響を受けたんだ?」

「楓ちゃんは?」

「お前はいつも、うなぎみたいに掴もうとするとするりと抜け出してくるな。私はお前のことが知りたくて質問しているんだ」

「どうして俺のことがそんなに知りたいの?」

「おい、蒲焼きにしてやろうか。どうしてそんなに自分を隠したがる」

「なんでだろうね」

「『心の声も全然聞こえないな。全体的に、精神をフェザータッチで撫でてくるような感触があるが、私に興味があるようにも感じない』

 何がお前をそうさせている」

「なんだろうね」

『くっ、私は魚を食べるなら生派なんだ……』

 珍しく苦戦している楓であった。

 野山と細野の席はどうか。

「野山くんは何か気になるところはあった?」

「俺、か。俺は、(絶望しても諦めないで)ってとこかな」

「どうしてそこが気になったの?」

「ちょっと前にある言葉を目にしたんだよ。あなたが絶望しているなら敬意を払う、なぜなら諦めることを学ばなかったから、って」

「すごく力強い言葉だね! なんだか七海ちゃんとか青戸くんとか、楓ちゃん辺りが言いそう~」

「そうなんだよ。そして、そういう人たちには共通して、人間として生きることに対する情熱がある……」

「野山くんもそういう人たちに対して熱い想いがあるんだね!」

「え? まあそうかも……。細野さんは何か気になるところはあった?」

「そうだな~、[心の底]では優しいことを考えてるってところかな!」

「確かにそこは印象的だったね。どうしてそこが心に残ったの?」

「高校生になった頃までは真反対だと思ってたんだけど、みんなと関わるうち、少しずつそうじゃないのかもって思うようになってきたからかな~」

「そうだったんだ。人が[心の底]では醜いことを考えてるって思うと辛くならない? 俺がそう思ってた時期は、自分の本性も醜いんじゃないかって考えてしまって、自分からも逃げないといけなかった」

「そうなんだよ~。ずっと自分に嘘つく生き方してるみたいで辛くなる時もあるな~。でもまだその癖が抜けきらないんだ~」

「どうすれば自分に嘘をつかなくてもよくなれるんだろうね」

「そうだね~。そんな日が来るといいな~」

 最後は水田と萌木の席だ。

「あたしらさ、ずっと一緒じゃん? 今もこうして隣の席になってるわけだけど、これも[運命]なのかな?」

「確かに。[運命]なのかもな」

「あたしらは二人とも片親で大変なことが沢山あったけど、家が隣同士っていうので助け合ってきた。あの時のめっっちゃ辛かった時が先生の言う地獄だったんじゃない? あの時があるから今があるというか」

「確かに。あの時の経験で俺たちの関係が確固としたものになった感じはあるな」

「で、今はお互い一段落して毎日楽しく暮らせている。それはもちろん贅沢三昧の生活とかみんなからちやほやされる生活とかではないけど、これが天国だって言われたら、ああそうなんだって納得できると思う」

「確かに。逆にそういう一部の人しか味わえないようなのを幸せって言うんなら、全ての幸福とか嘘じゃねーのってなるもんな」

「でも、その幸せにはあんたが不可欠なんだよね」

「確かに。……だからこれからもよろしくな」

「え? それどういう意味? どこまでも重く捉えられるけど?」

「確かに。別にどこまでも重くとらえてもらっていいけど……」

「……。今言ったからね! こういう時って小指切り落とすか一万回殴るか針を千本以上飲ませるんだっけ?」

「怖えーよ! なんで指切りげんまんを具現化しようとしてんだ! てかまだ約束破ったわけじゃねーし!」

「てことは~、約束はしてるってだよね?」

「そういうことだよ! ったく、あんまり言わせないでくれよな」

「じゃあナイフ用意しないとね」

「え、何に使う気? やっぱり小指を切り落とさないと気が済まないとか?」

「違うって~。血判だよ、血判」

「なんで古い風習ばっかなんだ? てゆうか俺、長生きできるかな……」

 放課後、下足室で雨宿りをする細野の元へ、後ろから帰ろうとする戸崎がやってきた。戸崎は細野の隣まで来て立ち止まった。

「傘を忘れたのかい?」

「そうなんだ~」

「君なら傘に入れてくれる友達ぐらい、いっぱいいそうなものだけど、どうしてここで立ち止まっているんだい?」

「大体は表面的な繋がりだからね~。困った時はみんな離れていっちゃう」

「『似たもの同士、か』

 七海さんたちもかい?」

「そこは例外だけど、ああいう子たちは珍しいよ」

「それは間違いないね。あ、そうだった、僕は傘持ってるんだった。同じ穴の狢同士、一緒に入るかい?」

「そうさせてもらおうかな」

 二人一緒の傘に入り、校門を出て濡れたコンクリートの坂を下っていった。戸崎は頑張って明るく振る舞おうとした。

「君と二人で話すのは文化祭の劇以来だね。あの一日を昨日のことのように思い出すよ」

「一昨日のことだけどね」

「……やっぱり七海さんのようにはいかないな」

「当然だよ、君は君なんだから」

「青戸くんみたいなことを言うね」

「私たち、一体何者なんだろうね」

「あの二人になるんじゃなくて、あの二人のように自分というものを持って生きられたらいいんだけど」

「そうだね。あの二人、今は何してるんだろう」

「きっと、あっちでも元気にやってるよ」

「それは間違いなさそうだね」

 七海は家で、青戸は図書館で勉強中に、くしゃみをした瞬間ふと思った。

『今、死んだ人扱いのいじりを受けていたような……』

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