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第8話 文化祭

     文化祭

               *

 文化祭の準備風景を覗いてみよう。この日は七海と楓が教壇に立ち、脚本の具体的な質疑応答をしていた。

「どうして場面が六つに分かれているんですか? これってそんなに必要ですか?」

「必要です。もしいくつか消せというのなら、私は迷いなく地球の六大陸を同じ数だけ消していきます」

『宇宙人が侵攻してきたのか?』

 勉強による寝不足で一瞬うとうとしていた青戸が勘違いした。楓が次の質問者を指した。

「最初の場面がずっと真っ暗なのはさすがにやばくないですか?」

「もし文句を言う奴がいても、どのみち闇討ちにできるから問題ない」

「演劇の話には聞こえないよ……」

 萌木が珍しく嘆いた。七海が次の人を指した。

「クライマックスのところは手を握るのではなく、抱き合った方がよくないですか?」

「そんな刺激的なんおっちゃん耐えられへんわ~」

「急にエロじじい出てきたよ」

 水田が反射的にツッコんだ。

 次は役割分担を決める時間だ。七海と楓が同じように場を仕切っていた。

「私たちの中では、主役の適任者は決まっているのですが、一応やりたい人を聞いておきますか。では、主役をやりたい人! ……ですよね。なので、こちらから任命したいと思います。おそらく、皆さん納得されると思います。では、呼ばれた方はあま~い声で返事をしてください」

「普通の声でいいぞ~」

「主役の二人は……、戸崎くんと細野さんです!」

「ええ! どうして

 僕が?!            私が?!」

 二人とも立ち上がって叫んだ。それを見た七海は、異例の大抜擢をしようとしている芸能事務所の社長のように厳かに誠実に迫った。

「死んでも嫌とかなら死なれては困るので聞き入れますが、そうでないなら是非とも引き受けてもらいたい」

「別にいいんだけど、どうして僕たちなのか聞きたいな」

 戸崎がそう言いながら座ると、細野も頷きながら座った。

「それはだな、お前たちの声が等身大の人間を表現するのに適した声だと思ったからだ」

「なる、ほど?」

「高すぎず低すぎず、浮遊感があるわけでも沈んだ印象を与えるわけでもない、人間が地面にちゃんと立っているような声だからですかね。あと顔がいい。あと人気がある。あと美味しい。あとスパイスが効いてる」

「途中からカレーの話になってるよね?」

「まあそういうことだ。特段嫌じゃなければよろしく頼む」

「わかったよ~」

「それでは、二人には後で詳しくキャラクターについて伝えるとして、次はそれぞれの場面に出てくる登場人物の話に移っていきます」

 役割決めが終わり、昼休みになった。食堂へ向かおうとする生徒たちでごった返す中、七海と楓が戸崎と細野を集めて話をしていた。

「二人ともほんとに大丈夫? さっきはあんな感じでほんのちょっぴり強引に頼んだけど、無理なら無理で構わないのよ?」

「二人がああ言ってくれてるし、頑張ってみるよ!」

「感謝する。二人は私の墓に入れてやるからな」

「重いな~」

 文化祭当日が迫った練習の時間。教室で楓が演技指導をしていた。七海は教室の端に座っている金城の元へ歩いていった。

「金城くんありがとう、音響やってくれて。助かるわ」

「全然気にしなくていいよ。七海ちゃんの力になれてよかった」

 金城は座ったまま立っている七海の顔を見て答えた。七海は金城に一礼してから次に、近くに座っている野山の元へ移動した。

「野山くん、照明係を引き受けてくれてありがとうね」

 野山は立ち上がって答えた。

「いやいやこちらこそ、いい脚本を作ってくれてありがとう」

「とんでもないわ。何か気になることがあったら言ってちょうだいね」

「わかったよ」

 七海は野山に一礼し、演技指導している楓の元へと戻った。

「いけそうかしら?」

「いい感じだと思うぞ。深海での演技はこれで終わりです。次は真空での演技です。では主役のお二人、その場面からお願いします」

 楓の掛け声を聞いて戸崎と細野が演技を始めた。

「舞台で演技をしている人たちはセリフがないから、バレエをやっているみたいね」

「そうだな。ここからの演技は、舞台の中心に誰かがいるけど、いないふりをしているイメージでいきたいと思います。文字として見るよりも劇の方が迫ってくる現実感覚は大きいように思える」

「そうね。逆に精神の自由な広がりは代償になっているようにも感じるわ。肉体と精神で見れば、肉体の比率の方が大きい人が好むんじゃないかしら」

「にもかかわらずこの劇は精神をテーマにしている……」

「銃は何丁必要かしら」

 遂に彼女らは文化祭当日を迎えた。二組一同は各々教室で最終確認をしていた。細野が不安げに七海に聞いた。

「ほんとに今更だけど、衣装は制服のままでよかったの?」

「ほんとに今更ね。でも大丈夫よ。その方が若者の想いだってことが伝わるから」

「私にできるかな……」

「何か変なものを憑依させようとか考えなくていいのよ。人間としてありのままの細野ちゃんで演じてくれたらそれでいいから」

「ありがとう。頑張るね」

 七海が無言で細野の肩に触れて立ち去ると、その場にとどまる細野の元に青戸がやってきた。

「いけそうか?」

「頑張るよ! 今まで練習に付き合ってくれてありがとう!」

 細野は明るく振る舞おうとしたが、不安を隠しきれていなかった。

「構わんさ。それより、無理に明るく振る舞おうとしなくていいんだぞ。細野は、[本心]でなくても頑張って何かになろうとする節があるように思う。だからこそ七海と楓は君に主役を頼んだのかもしれない。[本心]も大事にしてほしいってな」

「ありがとう」

 細野は涙が上ってきそうなのを感じて目を閉じた。

七海は台本を小声で読んでいる戸崎の元へ歩いていった。

「コンディションはどう? いけそうかしら?」

「……まずまずだね。どれだけ練習しても心配はなくならないよ」

「そうよね。でもそれが正しい[心]の感じ方だから、それをそのまま演技にしてしまえばいいのよ?」

「君は見えている世界が広いね」

「当然よ。将来の夢は世界征服なんだもの。まあとにかく、[心]のままに」

「ありがとう。頑張ってくるよ」

 本番の時間が近づいていた。出演者は講堂の舞台裏へ移動した。外で呼び込みを行うメンバー、青戸、萌木、水田、小野は外へ出ていた。

 七海と楓と金城と野山は音響と照明を調節する部屋で準備をしていた。

「二人ともありがとう。これで最後になるから、よろしく頼むわね」

「七海ちゃんのためならね」

「光栄だよ」

 金城も野山も、いつも通りの反応をした。

「それでは、全軍前進!」

「檄が微妙にずれてないか?」

 その場を後にして七海が舞台裏に移動した。その途中で舞台が暗転し、劇が始まった。


     戸崎(舞台裏でマイクを片手に台本を読む)


 僕はどこにもいられない。誰にも触れることができない。存在しない存在、名前は虚無だ。


     細野(戸崎とは逆側の舞台裏で台本を読む)


 私はどこにもいられない。誰にも触れてもらえない。存在しない存在、名前は孤独だ。


     戸崎


 真っ暗だ。


     細野


 怖いよ。


     戸崎


 何もない。


     細野


 寂しいよ。


     戸崎


 どうして僕だけしかいないんだろう。


     細野


 どうして私だけしかいないの?


     戸崎


 どうして僕は生まれてきたんだろう。


     細野


 どうして私は生まれてきたの?


     戸崎        細野(二人同時に)


 何もわからない。


     戸崎


 わかるのは何かが流れている感覚だけだ。


     細野


 どこに向かっているのかな。


(凍った効果音が小さい音量で流れる)


     戸崎


 何かが周りを包み始めたぞ。


     細野


 すごく冷たい。


     戸崎


 何が起こったんだろう。


     細野


 何がなんだかわからないよ。


     戸崎


 一体何のために。


     細野


 誰か教えてよ。


(液体の効果音が小さい音量で流れる)


     戸崎


 今度は何かが周りを満たし始めたぞ。


     細野


 今度は何?


(舞台が少し明るくなる。舞台の中央を空けて数人が周りを歩きながら泳ぐ演技をする)


     戸崎


 ほんの少し光が目に入ってきた。


     細野


 ちょっとだけ何かが見えるよ。


     戸崎


 周りに何かいるのか?


     細野


 光が少なくてよくわからないよ。


     戸崎


 触ってみよう。


(三秒の間隔を空ける)


     細野


 触れないよ。


     戸崎


 呼びかけてみたらどうだろう。


(三秒の間隔を空ける)


     細野


 声が出ないよ。


     戸崎


 流れていくのを待つしかないのか。


     細野


 一体いつまで待てばいいの?


(七海が舞台裏に到着する)


(舞台が暗転して十秒後、舞台が明転する。中央を空けて数人が周りをゆっくりと歩く)


     戸崎


 眩しい。光がたくさん目に入ってくる。


     細野


 目が痛い。でも、周りがはっきり見えるよ。


     戸崎


 今度こそ呼んでみよう。僕に気付いてくれるかもしれない。


     戸崎        細野


 僕に

                私に

      気付いて!(二人同時に)


(三秒の間隔を空ける)


     細野


 また駄目だった。声は出てるのに、届かないみたい。


     戸崎


 まだ待たないといけないのか。


     細野


 もう嫌だよ。


(舞台が暗転して十秒後、明転してから木々が揺れる音が小さく流れ始める。舞台の上手から下手へ、下手から上手へ、二組の生徒が仲良さそうに通り過ぎていく。中央を先ほど以上にあからさまに避けて歩きながら)


     戸崎


 人がいっぱいいるな。


     細野


 これで寂しいのは終わり?


     戸崎


 触れてみよう。


(三秒の間隔を空ける)


     細野


 やっぱり駄目だった。


     戸崎


 呼んだら気付いてくれるはずだ。


     戸崎        細野


 僕に

                私に

      気付いて!(二人同時に)


(三秒の間隔を空ける)


     細野


 おかしいな。反応がないよ。


     戸崎


 どうして僕を無視するの?


     細野


 どうして私を無視するの?


(舞台が暗転する)


 戸崎や細野らが劇を演じているのと同じ時間、青戸と小野、水田と萌木はペアになって客引きを行っていた。屋台が立ち並ぶエリアにいた青戸は、看板を持ちながら小野に話しかけた。

「もう始まってる頃だな」

「うまくいってるといいな」

「そうだな。みんなの想いが届くといいな」

 一方、廊下で客引きを行っていた萌木は、広告が書かれたスケッチブックを首から提げて、水田と話していた。

「七海の劇、観てくれてる人に伝わってるかな?」

「きっと伝わってるよ。[心]から出たものはきっと[心]に届くから」

「いいこと言うじゃん水田~。あんたほんとに水田なの?」

「不審者のロミジュリやめてくれ」


(舞台のシーンに戻る。暗転から十秒後、明転する。中央を避けて通るのは変わらず、舞台上にいる人数が増える)


      戸崎


 大勢の人に囲まれているな。


      細野


 それでも何だか悲しいな。


      戸崎


 きっと、誰も僕の存在に気付いていないからだ。


      細野


 今度こそ、気付いてもらえるかな?


      戸崎


 わからないけど、とにかくやってみよう。


     戸崎        細野


 僕に

           私に

      気付いて!(二人同時に)


(舞台上の生徒たちは、一度は声に驚くが、何もなかったかのように移動を再開する)


     細野


 私もう無視されるのに耐えられないよ。


     戸崎


 でも、ここで諦めたら今までの苦しみが全部無駄になってしまう。


     細野


 また無視されるのは怖いけど、触れてみようかな。


     戸崎


 勇気を出して、僕はみんなに触れるんだ。


(二人の人間が誰かに触られたような反応をするが、また何もなかったかのように移動を再開する)


     細野


 今度こそ私もう駄目だよ。


     戸崎


 でもちょっと待って。


     細野


 今さっき、近くでも別の何かが触れた?


     戸崎


 誰かいるのか?


     細野


 私の他に?


(舞台が暗転し、七秒後に明転すると、生徒が二重円を作って座っており、中央には外向きに立って下を向く戸崎と細野がいる)


     生徒(数名が重ならないように呼び掛ける)


 後ろを向いてごらん?


(その声に反応して、戸崎と細野が後ろを向く。向かい合うと、相手に気付いた反応をする)


     戸崎


 なんだか懐かしい感じがするな。


     細野


 前にも会ったことがあるみたい。


     戸崎        細野


 君は

                あなたは

           もう一人の

 僕なんだね!

                私なのね!



(二人が手を繋ぐ)


     戸崎


 会えてよかった。


     細野


 また会いましょう。


(全員が二列に並んで手を繋ぎ、手を大きく上げ、下げると同時に頭も下げる)


(暗転する。舞台上にいたメンバーが下手にはける)


 七海は襟に付いているマイクを押さえながら小声でメンバーを誘導しながら言った。

「お疲れ様。静かに教室に戻ってちょうだい」


(七海が一人で舞台の中央に立つ。そこにスポットライトが当たる)


               七海(紙を見ながら)


 私たち二組の劇を最後まで観ていただき、本当にありがとうございました。

 今回の劇のテーマは[心]、[精神]、身近な言葉で表せば[本心]になります。

 今の世の中で生きるには、[本心]を偽らなければいけません。それは別に、今に始まったことではなく、人類というものを存続させるため、昔の人たちもそうしていたのだと思います。事実、それによって私たちがこうして生きられているため、現代を生きることが苦しいからといって、それを否定するのは厚顔無恥で恩知らずになるでしょう。

 ですが、その弊害が生まれたのもまた事実です。[本心]を偽り続けた結果、それが何かを忘れ、忌むべきものとしてしまったのです。

 それはある意味仕方ないことではあります。なぜなら[本心]というものは、初めは無限に続く闇の姿をしているのですから。

 とにかくその結果、[本心]は、悪意などの否定すべきものと一緒くたにされ、人間が立ち入るべからざる領域へと追いやられてしまいました。

 今回は、その[本心]を思い出してもらうべく、根源的な[本心]が孤独と虚無であるとし、それらが融合することにより互いの宿願が果たされる過程を表現しました。

 私たちは、[本心]は叶えられるためにあり、諦めなければ必ず叶えられると信じています。無限に続く闇は、不滅の光になると信じています。

 今回観ていただいたこの劇が、皆さまにとっての[本心]を見つける灯台になれば幸いです。

 改めて、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


(七海が頭を下げ、五秒後に暗転する)


 照明と音響を操作する部屋にいた楓は、音響と照明を担当していた金城と野山を温かい表情でねぎらった。

「これで終わりだ。二人ともありがとう。教室に戻ろうか」

 外にいたメンバーも含めて全員が教室に戻った。七海と楓は二組の劇を終わらせるため、教壇に立った。


               七海


 皆さま、お疲れ様でした!

(拍手が上がる)

 私たちの脚本に賛同してくれて、ありがたい限りです。

 遠足は帰るまでが遠足だと言いますが、この劇は死ぬまでが劇、いや、永遠に終わらない劇です。あなたたちはもう今までの生活には戻れない。引っかかったな貴様ら、この私の罠だとも知らずに。

(楓に台本で頭を叩かれる)

 というわけで、私たち二組の文化祭はこれでおしまいです。

 何か言っておきたい人はいますか?

(促すべく手を挙げる)私たちへの賛美の言葉でもいいんですよ。

(誰も挙げない。楓が台本を丸めてマイクのように七海に近づける)

 絶望だ……。

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