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第7話 文化祭出し物決め

     文化祭出し物決め

               *

 夏休みが暑さだけを残して姿を消し、後期の授業が始まっていた。今日は後期の目玉イベントである文化祭、の出し物を決める日なのであった。学級委員である戸崎と細野は教壇に立ち、司会進行を担当していた。

「それでは、このロングホームルームの時間で文化祭の出し物を決めたいと思います。何か希望がある方はいますか?」

 誰も手を挙げない。

「誰も希望はない、と……」

 そんな中、七海が遠慮気味に手を挙げた。

「じゃあ、七海さん」

「あの~、絶望ならあるんですが~」

 教室中が苦笑いに包まれた。細野も失笑しながら冗談っぽく注意した。

「ちょっと七海さ~ん。ふざけないでくださ~い」

「それではこちらからジャンルを出しますので、多数決を取りましょう」

 そう言った戸崎は黒板に、飲食系、アトラクション系、パフォーマンス系と書いた。

「それじゃあ一つずつ聞いていきますので、やりたいものに手を挙げてください」

 集計の結果、パフォーマンス系に決まった。

「じゃあもう一度聞いておきますか! このジャンルの中から何かやりたいことはありますか?」

 誰も手を挙げない

「誰もいない、と」

 またしても七海が遠慮気味に手を挙げた。

「……七海さん」

「絶望ならあるんですが~」

 今度は教室が静まり返った。七海と仲の良い司会二人は半笑いになっていた。

「……七海さん、ありがとうございます……」

「じゃあ、こちらも出し物を書きますので、やりたいなと思うものに手を挙げてください」

 戸崎は先ほど書いていた項目を消し、新たにダンス、演奏、演劇、漫才と書いた。そして同じように集計を取った結果、その中から演劇に決まった。

「それでは、僕たちのクラスは演劇でいきたいと思います」

 本当に賛同しているのかは不明だが拍手が起こった。戸崎は次に何が起こるのかを大体予想しながら聞いた。

「何か脚本の案がある人はいますか?」

 当然のように誰も手を挙げなかった。

「……ですよね」

 そんな中、これも定番の流れに組み込まれてしまっているが、七海が遠慮気味に手を挙げた。

「……あ、七海さん……。どうぞ……」

「あの~。絶望ならあるんですが~」

「……ありがとうございます……」

 全てを知っていた楓が呆れたように手を挙げた。

「お! 楓さん! どうぞ!」

「こいつの言ってる絶望は、絶望って名前の脚本だ」

 一同が「あ~!」となった。

「そうだったんですね! 自分で書いたんですか?」

「私と楓さんで考えました……」

「すごいじゃん! 見せて見せて!」

 細野は七海の席に脚本を取りに行った。七海はいまだに控えめなキャラを演じ続けていた。

「はいどうぞ……」

 細野が教壇に戻り、戸崎と二人で軽く目を通した。

「これいいね! これにしようよ!」

「一回皆さんにも見てもらいましょうか。端の席の人に回すので、軽く読んで次の人に渡していってください!」

 脚本が全員に回り、最後に戸崎が回収した。

「では、この脚本でいい人は手を挙げてもらいましょうか。それでは、いいと思った方!」

 今度は皆が乗り気な雰囲気で手を挙げた。

「決まりです! 僕たちのクラスは演劇でいきましょう!」

 ロングホームルームの時間は終わり、昼休みになった。七海はちょっと嬉しそうに楓に近づいて言った。

「良かったですな~、楓どの?」

「それよりも、その前のお前の(絶望ならあるんですが~)三段撃ちはなんだったんだ? あれわざとやってただろ?」

「希望は絶望の先にしかないということですよ~」

「確かに絶望的な空気だったが。まあとにかく、これで省治学サークルの名がもう少し有名になればいいな」

 昼休みの後の五時間目は授業参観だった。授業は担任の五十嵐による数学の講義であった。いつもより年齢層の高いオーディエンスを抱えつつ、五十嵐は授業を始めた。

「それでは数学の授業を始めます。前回に引き続き、確率の単元を進めていきましょう。

 最初は前回の授業終わりに出した課題の答え合わせからいきましょう。それでは問一、全く同じコインを三枚同時に投げて、表が一枚だけ出る確率を答えよ。答えられる方はいますか? ……ではiさん、お願いします」

「3/8です!」

「正解です。では次にいきます」

 授業はいつも通りの進行で、後半に差し掛かった。

「今日の授業最後の問題です。サイコロを一万回投げた時、一万回とも一が出ることが現実ではあるでしょうか? わかる人は手を挙げてください。……それではjさん」

「ないと思います」

「どうしてですか?」

「確率が物凄く低いからです」

「なるほど。ありがとうございます。では、他の意見がある方。……lさん」

「起こると思います」

「どうしてですか?」

「確率が少しでもあるからです」

「なるほど。ありがとうございます。ではmさん」

「先生はどう考えているんですか?」

「……数学教師の私としては、わからないという答えになります」

 五十嵐の意外な回答に、一部の生徒が「え~」と冗談ぽく言った。淡々と進められていた授業の中での出来事だったが、そういうリアクションを取ってもいい空気はあった。それが五十嵐の授業の特徴の一つであると言ってよかった。

「実は、この世界はわからないことの方が圧倒的に多いのです。皆さんはまだ若くて、わからないことだらけでしょうが、それは大人になっても変わりません。全て一が出るかなんてわからないし、そもそもそれだけサイコロを振れるかどうかもわかりません。わからないことがあった時、それを探求するのもいいことですし、たとえそれでわからなかったとしてもいいのです。よくないのは、勝手にこうだと決めつけて、自分の想像力、可能性を狭めることです。それは前に進むのを諦めることを意味します。生きている限り諦めてはいけない。

 ここからは数学教師としてではなく、一人の人間としての考えだと思って聞いてください。一万回とも一が出ることに比べて、皆さんが生きていることは、確率が高くて、よくあることで、いとも簡単に起こりうることなのでしょうか。実はそうではないのです。皆さんが生きている状態は、サイコロの一つの目とは比にならないぐらい低い確率が、数えきれないぐらい積み重なってできているのです。それを偶然とみるか必然とみるかは自由です。

 ただ、偶然は現象で、必然はそれに与える価値であると知っておいてください。価値とは信じるものです。価値は目に見えません。形あるものでもありません。しかしそれは、現象を凌駕する。なぜなら信じるということに無限の可能性が秘められているからです。

 珍しくしゃべりすぎてしまいました。いつも以上に緊張しているのかもしれません。言いたいことは二つだけです。一つは皆さんには人間の持つ可能性を信じ続けてほしいということ。もう一つは、皆さんのご両親や関わる先生など、皆さんの周りにいる大人にわからないことがあっても、責めないであげてくださいということです。もちろん皆さん自身に対してもそうです」

 授業が終わると、教室では保護者と生徒が入り乱れていた。そんな中、校舎の一階の横にある水道付近で、戸崎は母親に怒られていた。

「あなた、あまり積極的に授業に参加していなかったでしょ。まさか、授業がわからないんじゃないよね?」

「そんなことはないよ。成績はお母さんも見ているはずだ」

「まあそうだけど。あなた夏休みも勉強しに行くふりをして遊びに行ってたんでしょ? 自分の立場わかってる?」

 その状況をたまたま通りかかった七海が目にした。

「あなたは大企業の社長の息子なんだから、しっかりしてもらわないと困るの。いい? 関わる人は選びなさいよ。地位や財産や能力のない人間の近くにいると、こっちまで卑しくなってしまうわ」

 七海はすかさず二人に近づいた。

「その心配はないと思いますよ」

「あなた誰? この子の知り合い?」

「友達の七海さんだよ」

「で、その友達が何の用? あなたがこの子をたらし込んでるんじゃないでしょうね」

「彼女はそんな、」

「戸崎くんは周りに引きずられるような意志のない子じゃありませんよ。それを信じてあげてください」

「まあ何でもいいけど。とにかく、御曹司として恥じぬ振る舞いをしてちょうだいよね」

 そう言うと、戸崎の母親はそそくさと二人の元を去っていった。

「ごめんね。お見苦しいものを見せてしまって」

「別に謝ることはないわ。それより、あなたは苦しくないの? 押し付けられて苦しいと感じたりはしていない?」

「心配かけてしまってすまないね。僕は大丈夫だよ」

 戸崎も、半ばやけになって七海の元を去っていった。七海はそんな戸崎の後ろ姿を見ながら呟いた。

「周りの人間にできることは少ない。やっぱりどこまでいっても本人次第なのね」

 下校時間になり、青戸と下駄箱で一緒になった七海。靴を履き替えながら青戸に言った。

「で、そういうことがあったわけなんですよ~」

「第一声にそれを言われると、計り知れない恐怖を感じるな」

「あんまり人に言えることじゃないですからね」

「さっきのも第一声で人に言っていいことじゃないがな」

 二人は揃って校舎を後にした。

「そういえば、脚本読んだぞ」

 七海は恥ずかしさと嬉しさを飼いならしながら返した。

「どうだった? 劇としてやっていけるかしら」

「それは心配ないだろう。ただ中々重い内容だから、それを書いた二人が心配だな。一人で抱えきれる[苦しみ]なのか?」

「一人で抱えなければならない[苦しみ]だと思っているわ。それに、この世界は抱えきれない[苦しみ]を押し付けてこないとも」

「まあ傍には俺たちがいることを忘れないでくれ」

「お互いにね」

 通学路の坂道を下り始めた二人。まだまだ厳しい暑さだが、蝉の声がないためか、そこにはどこか終わりを感じさせるものがあった。

「そういえば、好きな人はいるのか?」

「どうしたのかしら? 急に」

 二人とも、心臓だけが動揺していた。

「急にどうしたんだろう。ちょっと気になったんだ」

「そう。青戸くんはどうなの?『ちょっと気になったってどういうことかしら。どうして私の好きな人が気になるのかしら。私のことが気になってるから好きな人が誰か知りたくなったってことかしら。てゆうかどうして私は青戸くんが気になったことが気になってるのかしら』」

「どうっていうのは?『しまった。どうしてあんなことを聞いてしまったんだろうか。話の流れからしてもおかしいじゃないか。ていうかどうしてこんなに動揺しているんだ。どうせいざという時は独りなんだから、他人にどう思われようがどうでもよくなったはずだろ』」

 二人はあくまで平静を装っていたが、間の長さはあからさまに不自然であった。それでも会話のリズムが崩れているわけではなかった。

「好きな人はいるのかってことよ。『白々しいわね。話の流れでわかるはずよ。もしかして向こうも動揺しているのかしら。最初の時点で口が滑っていた? だからスリップしたタイヤのようにずっと空回りしている? どうしてそんなことになるのかしら。別に好きな人の話なんて私たちの年代ではよくする話じゃない。それなのに動揺しているということは。いや、そもそも動揺しているかどうかわからないわ。てゆうか私は何でこんな必死に考えているのかしら。他人は自分の鏡というからね。もしかして好きな人を知りたかったのは私の方だった?』」

「今は勉強が忙しいからな。そんな余裕なんてない……はず。『はずってなんだ。その通りじゃないか。それとも、そう思いたくない自分がいるということか? いやいや、そんな余裕なんてない……はず。だからはず、ってなんだ。どうしてしまったんだ。他の人にははっきりと言っていたじゃないか。どうして七海にはそれができないんだ。まるでそう思ってほしくないみたいじゃないか。そう思ってほしくないということはもうそういうことじゃないのか。そんな余裕なんてないはずなのに』

 七海は空を見上げなら不満げに答えた。

「ふ~ん。『はずって何よ。何で断定したのを遅れて取り消したの。そんな必要あったかしら。いやなかったわよね。……そういえば、この心の声全部聞かれてるんじゃ……。ああそうだった、青戸くんは私といる時は私に合わせて聞かないようにしてくれてるんだった。よく考えたら一方的に合わせてもらってるだけで、私から何かしてあげられてなくないかしら』

 そういえば、どうして青戸くんはそんなに勉強に力を入れているのかしら? 何か理由があるんじゃないの? まあ話したくないことなら話さなくていいけど」

 青戸は七海と反対側にある近くの畑を横目で見ながら言った。

「俺は両親がいないから奨学金をもらってるんだ。だからいい成績を取り続けなればならない。『誰にも話さないんじゃなかったのか? そう決めたはずだろ。どうして言ってしまった。言いたくなったのか? 知っていてほしくなったのか? なぜなんだ。ていうか思ったことを心の声にし過ぎだ。先天的に心の声を聞ける世代だから聞かれることにも敏感になっているはずなのに気が緩みすぎだ。七海が心の声を聞けないからか? 自分自身がそんな弱みにつけ込むような人間だと思いたくはないが。それとも、つい心を許してしまうから……? そんな余裕なんてないはずなのに』」

 七海は目線を青戸に戻して謝った。

「そうだったの。それは思い出させてしまってごめんなさい。何か私に力になれることはないかしら?」

「いいんだ。今まで通り関わってくれればそれでいい」

「じゃあそうするわね。え~青戸じゃ~ん。元気してる~?」

 七海は急にテンションを上げてギャルっぽくちょっかいを出した。

「天邪鬼の申し子だな」

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