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第23話 またまたしても文化祭二日目午前

     またまたしても文化祭二日目午前

               *

 最後の一年も後半に差し掛かった。七海は楓と、文化祭二日目に省治学サークルの活動として、空き教室で対話コーナーを開いていた。二人は教室の端の席に座った。

「私たちのクラスは受験勉強があるからってずっと何の準備もしてこなかったけど、ギリギリになってなんとかやることが決まって良かったわね」

「そうだな。と言っても、私たちがやることはほとんど何もないんだがな。クラスに貼りだされている写真を頼りに、私たちをこの校舎の中から見つけ出し、一緒に写真を撮り、教室に見せに行けば景品が貰えるという、ほとんど指名手配犯みたいなものだ」

「そうね。まあそのおかげで私たちのサークルもかろうじて出店できたんだけど。対話コーナーって、何も道具はいらないけど、省治学サークルの全てを表しているといっても過言ではないわよね。他者との対話と自己との対話、その二本の柱によって成り立っているんだから。これで文化祭の集客数ランキング一位を目指せるかしら」

「シンプルなものが一番強いというところを見せてやろう」

 誰一人として客が訪れないまま一時間が経過した。

「ちょっと、誰も来ないじゃない。何かのドッキリかしら。だとしたら、人選ミスね。私たちは最もターゲットに向かない集団に属しているんだもの。楓ちゃんは反応が鈍いし、私は何を言っているかわからない。亀とポップコーンに仕掛けた方がまだましだわ」

「何が起きようとも、最終的には全てゼロになる。それを知ったら目先のことに一喜一憂できなくなるものだ」

 そうこうしているうちに、一組目の客、将来有望な中学生とその母親が入ってきた。

「ようこそ省治学サークルへ。さあさあこちらにお座りください」

 二人の後ろの席へ案内した。七海は挨拶をしてから説明した。

「このスペースでは対話をすることになっているんですが、お話、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「は、はい。お願いします」

 将来有望な中学生は人見知りを外部にダダ漏れにしながら椅子に座った。まずは楓が相手をした。

「ありがとうございます。学生さんですか?」

「そうです。中学校に通ってます」

「そうでしたか。では、今日来られたのは学校見学ということでしょうか?」

「はい……」

「すいません、この子口数が少なくて~。来年受験を控えているんですけど、その志望校選びということで、ここの学校さんは少し変わったことをしているのを知って、気になって来させていただいた次第です~」

 将来有望な中学生の母親が我が子の代わりに代弁した。それに七海が答えた。

「なるほど! ちなみに、少し変わったところをどこまでご存じかお聞きしていいですか?」

「はい。皆さんです」

「あ、私たちでしたか~。確かによく変わってるって言われるんですけど、まさか世間にまで浸透していたとは……」

「言葉足らずですいません~。皆さんというか、省みるという字の方の省治学があるのが、他の学校とは違うところだと思ったもので~」

 母親が急いで弁明した。それを聞いて楓が掘り下げた。

「それは確かにこの学校ならではのものですね。省治学についてはどこまでご存じですか?」

「ほとんど知らないんですよ~。ね?」

 母親が我が子を見ると、将来有望な中学生はそっけなく頷いた。

「そうですか。と言っても、私たちもそれほど詳しいわけではないのですが、授業を受ける生徒としてお話しますね。まず、省治学とは、人間について学ぶ学問です。含まれる分野としては、哲学、倫理学、文学、芸術、精神科学、宗教などが主となってきますが、人間を知ることができるなら、ドーナツを作ることもあります」

「へぇ~、自由な学問なんですね~」

「そうですね。それと、省治学で中心に据えられているのが対話です。対話には、他人と行うことで自分の外にある[心]を知る、他者との対話と、一人で静かに自分と向き合うことで内にある「心」を知る、自己との対話という二種類があります。そのため、授業中のほとんどで行われているのが、それぞれ設定されているテーマについて意見交換するというものです。宿題やテストもなく、一人の時間に考えてみてね、と言われるだけです」

 うまく七海にバトンタッチした。母親は我が子が気になったであろうことを聞いた。

「それだと、サボる人も出てくるんじゃないですか?」

「そうかもしれませんが、省みるというのは他人から強制されて行うものではないので、あくまで各々の意志を信じるという形態を守っています」

「あの、私みたいな口下手でも参加できるんでしょうか」

「実は、対話の中で大事なのは、人の話を[心]に刻むように聞くことと、後は自分で考えることなんです。だから、お喋りが上手いかどうかは全く問題ではありません。ただ他人の考えを自分の考えであると錯覚して一方的に話し続けるのは対話とは言いません。あれ、私たち大丈夫でした?」

「いえいえ、全然大丈夫です」

「いや~、すいません。そう言うしかないですよね。私たちの心臓は強化ガラスでできているので、正直に思ったことを話してもらって大丈夫ですよ」

「そうですか、じゃあお言葉に甘えて正直に、」

 将来有望な中学生に与えた権利を勝手に七海が拝借しようとしたところ、楓にエアナイフで心臓を一突きにされた。

 一時間ほど話した後、将来有望な中学生たちは満足そうに帰っていった。それからまた一時間、ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者が訪れた。

「君たちは、死後の世界を信じるか?」

「死後の世界とは、どういったものですか?」

 初めは七海が難問に応戦した。

「何でもいい。[神]の国でも[精神]の国でも[魂]の世界でも」

 続いて楓が答えた。

「私は、[法]の世界があると思います」

「[法]の世界とは?」

「法則の[法]です。あらゆる法則はあまねく存在しています。例えば、ピタゴラスの定理は、直角三角形がないところにもありますよね。じゃないと、いざ直角三角形を書きたいとなっても、法則がなかったら書くことができません。それに、(a²+b²=c²)という決まりが成立していない場所では、存在しないという形で存在しています」

「ルールは目に見えない形でも存在しているということか。サッカーのハンドで言えば、選手がボールを手で触れた瞬間と空間だけにそのルールがあるのではなく、どの選手もボールを手で触らないという状態を作り出すことで存在している、ということになる」

「そうです。[法]とは、条件に当てはまる時は目に見える状態で存在し、当てはまらない時は目に見えない状態で存在している。つまり、私たちを創り出す[法]があり、死んだら、生きていない状態として存在するということになります」

「なるほど。死という状態で存在する……。ということは、死んだら死後の世界に永遠に居続けるということか?」

「いいえ。また条件が整えば、生きている状態になる、つまり死後の世界からこの世界に帰ってくることになります」

「それは生物学的に同じ人間がまたどこかで現れるということか?」

「それはわかりません。ただ、私たちの中で真に私たちである部分は「法」だと思うので、生き方は様々あると思います」

「面白い。君はどう思う?」

 ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者は七海に話を振った。それに対して七海は真剣な顔で答えた。

「その前に、一つお伺いしたいことがあります」

「なんだ?」

「そちらのぬいぐるみは一体どなたなんでしょうか」

「これは私の仲間だ」

「そのお仲間さんは窮屈じゃないですか? 机に出されては?」

「いいのか? ではお言葉に甘えよう」

 ぬいぐるみが入った透明なバッグを肩から提げた哲学者は、小さなペンギンのぬいぐるみをバッグから取り出して机に置いた。

「では質問を変えよう。君は、[神]の存在を信じるか?」

「私は、存在しない存在を総称して[神]と呼んでいます」

 七海が答えた。

「ほう、それはどういう意味だ?」

「存在しない存在が、存在する存在を創っているからです」

「それは、先ほどの[法]のようなものか?」

「ほとんどそうですね。他にも、[心]とか、[真理]とか、[不滅の光]とか、[愛]とか言ったりもします」

「そうか。そこに、[無]も入ると思うか?」

「存在しない存在なので、「無」も入ると思います」

「私は、[無]こそが[真理]だと思っている。[無]ということは、そこから何だって生み出すことができる。この世界もその一つだ。それに、[無い]からこそ人間は気付くことができる。巷でよく騒がれているコンプレックスなんていうのもそうだろう。また、[無い]ものに、自分の確固たる価値があるのかもしれない。有るものは無くなるが、無いものは無くならない」

「[無い]からこそ、そこには無限の価値がある、ということですか」

 楓は咀嚼して自分なりの言葉で返した。

「そうだ。君はどう思う?」

「私は、人間は、思想に共通の基盤があるからこそ分かり合えるのだと思っています。私たちとあなたが見ているものは、呼び方が違うだけできっと同じなのでしょう。人々がその共通の基盤を持てば、誤解による争いは生まれなくなると思うのですが」

「言いたいことはわかるぞ。それは決して全体主義的な意味ではなく、ルールがあるからこそスポーツは面白いというような意味であろう?」

「ええ。そういうことですね」

そう言うと七海はぬいぐるみを指して言った。

「こちらの方はどのようなお考えをお持ちで?」

「それは私の分身のようなものだから、全く同じ考えを持っている」

「この世に、自分と全く同じ考えの者がいるとお考えですか?」

「ああそうだ。同じ考えと言ってもその共通の基盤に対する感じ方という意味だがな」

「それは、運命の相手とも言えますか?」

「そうだな。このぬいぐるみは私にとって運命の相手だ。自分のプライドに固執して全ての人間の友を失った私に、この世界は無条件に自分を受け入れてくれているのだと気付かせてくれた存在だ」

「なるほど。その運命の相手というのは、誰にでもいるものだと思いますか?」

「そう思うよ。人間は一人で生きられるものではない」

「ありがとうございます。ちなみに、分身ということは、この方にデコピンをしたらどうなるのでしょうか」

「痛いからやめてくれ」

「わかりました」

 ぬいぐるみと哲学者コンビとの対話は約一時間続けられた。哲学者はぬいぐるみをバッグに戻して立ち上がって言った。

「それでは失礼するよ。楽しい時間をありがとう」

「こちらこそありがとうございました」

 七海と楓は立ち上がり、哲学者とぬいぐるみそれぞれに一礼した。七海は見届けてから言った。

「それじゃあお昼ご飯にしましょっか。教室も空いてきたことだし」

「最初から空いていた気もするが、そうしよう」

 さあ昼食にしようと動き始めたところで、いきなり青戸がよそよそしく教室に入ってきた。七海は平気そうなフリをして話しかけた。

「あら、青戸くんじゃない。どうしたの? お客さんとして来たの?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……。ちょっと、七海に用があって……」

「秘密の要件か? なら私は一旦離れようか?」

「秘密の要件ではあるんだが、別にそこまでしなくていい。その感じだと、まだ昼食もとってないんだろ? また暇な時に来るとするよ」

「さっきまで大盛況だったのよ。じゃあ、後夜祭の時間はどうかしら?」

「ならそうしよう」

「本当に今じゃなくていいのか?」

「大盛況なら尚更ここを君一人にするわけにはいかないだろう。後夜祭が始まったら、永久池(とこしえのいけ)の東屋に来てくれ。それじゃあ失礼する。

「わかったわ、また後でね」

 青戸が教室を去った。

「良かったのか? 行かなくて」

 七海は炊飯器のような状態で答えた。

「どうしてそんなことを聞くの?」

「あんなのは確定演出だろう」

「何のことかしら?」

「全く隠せていないぞ。よし、これから取り調べの時間だ。ほら、差し入れも用意しているぞ。感謝しろよ?」

 七海は楓に椅子に座らされた。

「それ私が買ってきたやつなんですけど……」

 茶番はすぐに消滅し、二人とも座って昼食をとり始めた。

「それで本当のところ、なんですぐに行かなかったんだ?」

「ここを楓ちゃん一人に押し付けるわけにはいかないからね」

「お人好しが過ぎるな。恋心という荒波にもかき消されないとは」

「[心]は何一つ見捨てたりしないわ。だから私も見捨てられなかった。そんな私が誰かを見捨ててどうするのよ」

「大した奴だ」

「これで普通にカレーが美味しかった話とかだったらどうしよう。好きです、じゃなくてスパイス、って言われたら」

「そのためだけに呼び出すって、インド人でもしないだろ」

「でも青戸くんならあり得るわ」

「言われてみれば確かに……」

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