第14話 研修旅行後編
研修旅行後編
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七海と小野が泊まっている部屋にて。ベッドに座ってぼーっとしている七海を見て小野が聞いた。
「七海ちゃん? どうかしたの?」
「小野ちゃんは、好きな人が違う女の子と深い話をしているのを見たら、どうなる?」
小野は七海の斜め前に座って答えた。
「え~。そうだな~、私だったら絶望しちゃうな~。もしかして、そういうシチュエーションに出会ったの?」
「え?! い、いや、好きかどうかはまだ自分でもわからないのですが、まあそういう状況に出くわしまして」
「ええ~、そうだったんだ~。じゃあ、今は結構辛い感じ?」
七海は心臓の辺りに触れて話した。
「そうですな~。なぜか[心の穴]というやつが大きく空いております」
「そっか~。それで、どうして好きな人がって聞いたの?」
今度はみぞおちの辺りに触れて答えた。
「さすが恋愛の達人、瞬時に急所を狙ってきますな。確かになんでなんでしょう。自分でもわからないわ」
「もう、達人呼びはやめてって言ったじゃ~ん。そうだな~。その男の子のことが好きかどうか知りたいのかな~」
「なるほど、その可能性はあるかもしれないわ」
「それだったら、あんまりはっきり自分の気持ちを決めてしまわない方がいいと思うな~」
「……確かに。心はただ一つの色にはなり得ないものね」
「そうそう。気持ちの全部を(好き)にしちゃうと、そうじゃない部分を必死に誤魔化さないといけなくなっちゃうからね」
「心はステンドグラスのようなものだから、好きか好きじゃないかとか、友達の好きか恋愛の好きかとか、単純な二項対立で考えない方がいいわね。ありがとう小野ちゃん!」
「いやいや~、力になれて良かったよ~」
「いつも相談に乗ってもらってばっかりだから、私も何か小野ちゃんの役に立ちたいわ。何かないかしら?」
小野は目を閉じて悩む様子になった。
「う~ん。そうだな~。じゃあ、好きな人が違う女の子と親しく話しているのを見たら、どうなっちゃう?」
七海は目を大きく開けて仰天した様子になった。
「なんですと! 小野ちゃんも同じ立場に置かれていたとは! それは、私が今後好きになった時のためにとか気を遣ってのことじゃなくて、小野ちゃん自身の気持ちのことなのよね?」
「いやいや〜、気を遣ってとかじゃなくて、私のことだから安心して? 気を遣ってるのは七海ちゃんの方だよ~」
「それならよろこんでお力をお貸ししましょう。その(好き)は、自分の心の中の大部分がその人に好意を抱いているということなのよね?」
「そうなる、かな」
「それだったら私は気が気じゃなくなるわね。まあでも、もう好きってわかってるなら、小野ちゃんが聞きたいのはどうすればいいかってことじゃないかしら?」
「そうかも。その光景ばかりが頭に浮かんで、どうしたらいいかわからなくて……」
七海は「そっか~」という共感の身振りの後、自分の立場を思い出して姿勢を正した。
「それなら[心]のままに、って思うけど、小野ちゃんとしてはどうしたいの?」
「それは、両想いになりたいけど……」
「けど?」
「相手の女の子が素敵な子なんだよね」
七海は自分の場合と同じだなと思った。
「素敵な子か~。それは確かに強敵だけど、忘れてはいけないのは小野ちゃんも素敵だってことよ」
「え~、そんなことないよ~」
「だから、同じこと言っちゃうけど、[心]のままにという言葉を授けたいわ」
「心のままに、か~。でもそうなると、何もできなくなっちゃったりするんだよね~」
「それも[心]の姿の一つだから、それならそれでいいと思うわ。やっぱりこの人は誰にも譲りたくないって思って行動できるようになる時が来たら、そうすればいいのよ」
「なるほど~。そういう時が私にも来るかな~」
「[心]と向き合い続けていたら、きっと来るわよ!」
小野は複雑そうな顔になった。
「七海ちゃんは強いな~。そこまで[心]を信じられるなんて」
「逆よ。弱いから[心]を信じるしかないのよ」
「[心]、か~」
「『やっぱり私では力不足なのね……。それと、小野ちゃんの好きな人って……。まさかね』
さあ! 夜食のメロンパンを食べましょうか!」
七海は気分を一新しようと、机に置いてあったメロンパンを取りに行った。小野は笑顔に変わって立ち上がった。
「そうだね!」
「私は網目が付いているメロンパンが好きなの!」
「どうして網目が付いてる方が好きなの?」
「だってハムみたいだもの!」
「違う食べ物じゃ~ん。頭混乱しちゃうよ~」
小野はいつもより高いテンションでツッコんだ。
次は戸崎と野山と金城が泊まる部屋である。照明は最大の状態から一段階落とされていた。戸崎はベッドに座っている野山が鞄から本を出したのを見つけて聞いた。
「君はよく本を読むね」
「確かに、読む方ではあると思う」
戸崎は野山の近くの壁にもたれた。目線は正面にあるベッドサイドランプに向けられていた。ランプは消されていて、そこには生命力がないように感じられた。
「よく読むようになったきっかけはあったりする?」
「きっかけ、か。現実が辛い、からかな」
戸崎は悲しみと優しさが均等に混ざった目で微笑んで言った。
「なるほど。そういう読書家は多いよね」
「君も結構本を読むんだったよね? 理由、聞いてもいいかな?」
野山は鞄の中身を片付けるのをやめて、遠慮気味に聞いた。
「そうだな~。僕も、君と同じ原因かはわからないけど、現実の辛さは大きな原動力になってるかな~。まあ、現実逃避だよ」
「お酒とかたばことかドラッグとかよりは健康的だと思う」
「それはそうだね、心も体も。金城くんは、読書したりする?」
戸崎は椅子に座ってスマートフォンを見ている金城の方を見た。金城は自分の名前が呼ばれたので、顔を戸崎の方へ向けた。
「本はあんまり読まないね」
「そっか~。じゃあ、どうやって、現実の辛さに耐えているんだい?」
「……女の子、かな。……これは不健康?」
金城は一瞬スマートフォンに目線を落としてからこぼすように呟いた後、人がジョークを言う時によく見せる笑顔で言った。だが、それは悲しさがベースになっていた。戸崎は目を閉じて少し笑った。
「なるほど。まあ、健康的ではないね」
「そうしていて、人間が信じられなくなったりとかはしないの?」
「信じられないね。女の子も、自分も」
「そっか~。でも、どうしたらいいんだろうね」
戸崎は笑顔が悲しいものに変わった。野山は場の調を変えようと試みた。
「俺の場合は、読書で偉大な人間を知ることで、少しは信じてみようって思えるようになったかな」
「偉大な人間、か。一人も知らないな」
「人は、周囲の何人かの平均になると言われているからね。本を読むことによってそういう人たちに囲まれたら、自分もそうなれるのかもしれない」
戸崎も野山が起こした風に乗った。
「本、読んでみようかな。グラビア写真集とか」
金城は悪魔っ気のある笑顔で言った。戸崎は悪魔のいたずらに負けないようにとツッコまなかった。
「いくらか健康的だ」
「間違いないね」
野山の一言を最後に、永遠の沈黙が流れた。
翌日は自由行動ができる日であった。七海、小野、細野、青戸、戸崎、野山、金城、楓、水田、萌木の十人は、泊まったホテルの最寄り駅に集まった。なめらかな白い壁と曲線を多用した設計で、駅には現代的な雰囲気が漂っていた。最後にやってきた水田と萌木が第一、二声を発した。
「おー! みんな久しぶりだなー!」
「ほんとだよ~。クラスが違うと会わなくなるもんだね~」
「違うのはクラスだけじゃないわ。今の私は今までの私と全くの別物よ」
「どうした? 俺から見たら相変わらずボケまくってるいつもの七海に見えるけどなー」
七海は水田に対し、右手を開いて前に突き出し、目を閉じて上品に言った。
「なんでやねん」
「おお! 七海がツッコんだぞ!」
「あの七海が?! あんたほんとに七海?」
七海は目を閉じたまま、右手の人差し指以外を閉じ、人差し指を左右に振った。
「なに言うてまんねん」
七海は続けて右手を受話器の形にし、耳に近づけて流暢な関西弁で言った。
「うちやうち。覚えてへんか? あんたんとこの近所に住んどった七海や。今ちょっと金が入用でな。いくらか貸してくれへんか?」
「ボケてるわ。やっぱりいつもの七海だ」
「騙されるとこだったね」
「そんなことはいいとして。あなたたち、今日のスケジュールは頭に叩き込んでいるでしょうね!」
「聞いてはいるが……。頭に叩き込むほどのものか?」
楓は素朴な疑問を七海にぶつけた。それを聞いた七海は腕を後ろに組んで周りの迷惑にならない程度に叫んだ。
「熱意が足らん! 今から一人ずつスケジュールを暗唱してもらう! 私の合格が出れば出発して良し! ではまず一人目! 誰でもいいぞー!」
目を閉じて右手を耳に近づけ、完全に聞く体勢に入った。
「それじゃあ俺たちは先行ってるから、七海先生は一人で暗唱頑張ってください」
七海を除く全員はためらうことなく改札へと歩いていった。目を開けた七海は、自分が一人取り残されていることに気付いた。
「え? あの、ちょっと。置いてかないでよ~!」
急いで皆の後をついて行った。
一行は電車に乗り、京東タワー前駅で降りた。降りてすぐ、青戸は辺りを見回して、深呼吸するように言った。
「ここが京東タワー前駅か。素晴らしい」
「実物見た時みたいなリアクションじゃん。今からその感じじゃ、京東タワー本体見たらどうなっちゃうんだろうね」
「いいや、俺は京東タワーじゃなくて、京東タワー前駅が見たかったんだ」
「そっち?! 普通は本体でしょ!」
「こいつも相変わらずだな」
改札を出ると、京東タワーはすぐにお出迎えしてくれた。一同はタワーの頭まで見えるところまで歩いていった。細野はタワーを見上げて、目線と共にテンションを上げた。
「本物だ~! すご~い!」
「重厚感が凄まじいな。押しつぶされそうだ」
楓は見上げるとすぐに目を細めた。その近くで野山はバランスよく雲が入るように写真を撮っていた。最後に改札を出た金城は、前にいた小野に覗き込むように近づいて言った。
「大丈夫? 怖くない?」
「う、うん。大丈夫」
七海は右手の手のひらをタワーに向けた。
「ちょっと誰か写真撮ってもらえる? あの支えるやつやりたいわ」
「このタワーは傾いてないよ」
萌木は目を閉じて辺りのにおいを嗅いだ。
「何か美味しそうな甘い匂いしない? パンケーキかな?」
「タワーよりパンケーキってか」
タワーの中に入った。内部はホテルの一階のようであった。受付で展望台のチケットを買い、エレベーターで最上階まで上がった。水田はガラス窓に走り寄って大声をあげた。
「すげー! 日本小さー!」
「あんたがでかくなったんだよ」
青戸はゆっくりガラス窓に近づいて、誰に言うでもなくボソッと呟いた。
「展望台へのエレベーターは地上から伸びている……」
「名言風だな」
「名言風ね」
その後に続いていた楓と七海が同じことを思った。エレベーターの後ろの壁にいた金城と小野は最後に出て、金城は小野に手を差し伸べた。
「高いの平気?」
「あ、ありがとう……」
小野はためらいながらもその手に触れた。
各々が見たい方角の景色を見ていた。細野は青戸の隣に来た。
「青戸くんはこういう景色は好き?」
「好きだな、世界の果てしない広さを感じられて」
細野は「好き」に反応してドキッとしたが、すぐに正気を取り戻した。
「確かに、どこまでも続いてるみたいに広いね」
「[心]の世界はここから見える景色よりも広いぞ。だから必ず希望はどこかにある」
「そっか……。探してみるよ」
戸崎は七海の隣に来た。
「この景色を見て、何を思う?」
「世界も生きているなと感じるわ。道路が血管で、人とか車が赤血球とか白血球で」
「生きている、か。確かにそう見えるね」
「だからもしかすると、世界も苦しんでいるのかもしれないわ」
「君は、何に苦しんでいるんだい?」
「……生きる苦しみかしら」
「君は、大きなものを背負っているんだね」
戸崎は七海の横顔と手を一瞬見て、包み込むように言った。七海は悲しそうに目だけで反応した。
野山と楓は同じ方向から世界を見ていた。
『人は大勢いるけど、味方は一人もいない……』
『お前の敵は一体何なんだ?』
『……自分にしかわからない苦しみかな』
『そうか。それなら味方は来ないな』
『これだけ人がいて、共同体ができてるっていうのにね』
『そうだな。だが、一人だからこそ、そこに唯一性が生まれるとも言える』
『そうか。それもそうだね。……それでも、一人は辛いな』
一度は楓の方を向いた野山であったが、すぐにもう一度景色の方を向き直した。
『確かにそうだな。世界が広い分、余計に。だが、その苦しみの先には、過去と未来、死んだ人間とまだ生まれていない人間、目に見えないものの全てがお前を待っている』
野山は目を閉じて答えた。
『目に見えないものの全て、か』
『それに、隣にはいられないが、後ろには私たちがいる』
『……それは、頼もしいな……』
『そしてその苦しみの先に辿り着いたら、目に見えないものの全てを連れて、また現実に帰ってこい。私たちがお前の帰りを待っている』
『……それは大変だな。必ず帰らないと……』
野山はゆっくり目を開けた。楓は目を開ける瞬間の野山を見て言った。
『約束だぞ?』
『……約束するよ……』
野山は楓を見て自信なさげに言葉を発した。
タワーを後にした一同は、近くの中華街に入った。水田は辺りを見回しながら言った。
「すげー。きらびやかな商店街みてーだなー」
「……水田にしてはよく言った方だと思うよ」
萌木は飼い主のような気持ちであった。
「七海という字は上海という字に似ている。そして、香織という字は香港という字に似ている。……それがどうした?」
「七海ちゃんもテンション上がってるみたいだね!」
細野はいつも通りのテンションで、続けて青戸も不動のテンションで言った。
「中国も日本とあまり変わらないな」
「ここは日本だからね」
中華料理屋に入り、七海、細野、小野、金城、楓の五人と、青戸、戸崎、水田、萌木、野山の五人でテーブルを分かれて座った。その後、注文の品が届いて食べ始めた。七海のいるテーブルを見てみよう。細野が食べたものを飲み込んでから話した。
「回鍋肉美味しい~。私こういう塩分濃いめの味付け好きなんだよね~」
七海は回鍋肉を遠慮気味に取り皿に取って言った。
「わかるわ。生きてる感じがするもの」
金城は小野の方を見つつ言った。
「自分で取れる?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「さすがに過保護すぎないか?」
楓は麻婆豆腐をレンゲですくいながら水を差した。
七海はターンテーブルをゆっくり25度、-10度、37度、-52度回し、静かに餃子を取りながら呟いた。
「楓ちゃんの場合は逆に、たとえ子供ができても育児放棄を疑われそうね」
「人聞きの悪い。私はちゃんと育てるぞ。巣も作るし」
「巣って鳥じゃん! てゆうか七海ちゃんはさっき何してたの?」
「秘密の扉を開けようと思って」
「食卓に秘密の扉って設計ミスにも程があるだろ」
青戸のいるテーブルではどうだろう。萌木は食べたものを飲み込んでから言った。
「唐揚げうま~。もも肉うま~。鶏うま~」
「復元させるなよ。エビチリうま~。アノマロカリスうま~」
「カンブリア紀まで戻ってるよ」
戸崎はエビマヨをお皿に乗せながらツッコんだ。食事中でも自分のキャラクターを忘れない男であった。
青戸はチャーハンを野山の分と自分の分に分けながら言った。
「カンブリア紀は変わった生き物がたくさんいるよな」
「お前も変わった生き物だけどな」
店を出て、京東タワー前駅から電車で数分移動し、すぐ近くの商店街に入った。水田は感慨深く言った。
「ここは日本風の中華街だな」
「馬鹿すぎるでしょ」
細野は一つの店を指差して提案した。
「あれ駄菓子屋じゃない? ちょっと行ってみよ~よ!」
「いいわね。在りし日の再来といきましょう」
一行は駄菓子屋に入った。戸崎は店内をゆっくり見回りながら呟いた。
「へぇ~、こういうお菓子があるんだね~」
「ちっちゃくて可愛いのがたくさんある!」
小野が珍しく大きな声を出した。
萌木は小野の声に
「だね~」
と軽く反応した後、細野と七海の持つ小さな買い物カゴに駄菓子が大量に入っているのを見てさらに省エネモードで続けた。
「あんたたち爆買いするね」
細野は小さな買い物カゴを持ってニコニコしながら答えた。
「駄菓子屋なんて滅多に見つからないからね!」
一方で七海は真剣な顔で小さな買い物カゴを持って答えた。
「最後の審判に備えなくちゃね」
「最後の審判を舐めてるな」
『俺も何か準備しておいた方がいいかな』
青戸は一人で不安になっていた。そして戸崎は野山がさり気なく先に駄菓子を買っているのを見て気持ちだけ微笑んで思った。
『君は自由だね』
皆が駄菓子屋内のタイムカプセルに閉じ込められたような過去の空気に浸っている中、金城は店の外でスマートフォンを見ながら待っていた。
『香織ちゃん……。不思議な子だな……』
駄菓子屋で食料を調達し、商店街を抜けた一行は、すぐ近くにあるナンシテンネン城公園に入った。萌木と水田が先陣を切った。
「これがナンシテンネン城か~。ザ・日本の城って感じだね~」
「そうだなー。迫力がすげーよ」
「この城は、私だったら言葉攻めで落とすかしらね」
七海が思慮深い顔で呟いた。
「おお、たとえばどんな風にだ?」
七海は右手の人差し指を唇に当てながら首をかしげて言い放った。
「独り占めにしたいなぁ~」
七海の計略により、その場にいた全員に城が傾いたような感覚が生じた。水田はふらふらしている戸崎の肩を持って叫んだ。
「おい! 大丈夫か! みんな、戸崎の意識が一瞬落ちたぞ!」
その間、青戸は三秒間シャットダウンしていたが、すぐに起動した。
「名将だな。なんだ、お前もか。しっかりしろ」
楓は七海を見て感心した後、落とした駄菓子を拾う野山を見つけて手伝った。
「なんでだろ、悪いね。ああ、ありがとう」
野山は長い紐状のグミを拾おうとしたが、そのタイミングが楓と被ってしまった。細野は逆に不安そうに見える笑顔で硬直していた。
『七海ちゃん、可愛いな~。青戸くんは、七海ちゃんのことどう思ってるのかな』
一瞬細野を見た後に小野を見つけた金城は、ハムスターを弄ぶように言った。
「結衣ちゃんもやっとく?」
「え~、やらないよ~」
「もったいない、可愛いのに」
弄ばれているとわかっていながらも、小野の顔には表面張力を振り払って笑みがこぼれてしまった。
一騒動終えた後、近くの芝生でレジャーシートを敷いて、全員で座った。七海は右隣にいた小野に美味しい棒を一本渡し、左隣にいた青戸にきなこ棒を一本渡した。
「桜の木の下にみんなで集まって、お城を見ながら駄菓子を食べる。可愛気があって風流で、とてもいいわね」
細野も駄菓子を配っていた。
「桜はもう夏の装いだけど、これはこれでいいね~」
萌木は駄菓子を食べていた。
「確かに~」
「動く(花より団子)だな」
「萌木は花まで食べそうな勢いね」
「あたしはか弱い草食動物なんだ~」
萌木は水田をあからさまに見ながらそう言い、水田が照れてそっぽを向くのを見て満遍の笑みになった。 小野は静かに上を見上げる金城を見つめて水に浸されたようにふやけてしまった。
『金城くん、絵になるな~』
青戸は城の方を見ながら嘆いた。
「立派な天守閣だな。明日で地球が滅ぶのがもったいない」
「え? 明日で地球が滅ぶの?」
「ああ。今朝お茶を飲もうとしたら、茶柱の十字架が立ったんだ」
「茶柱の効果は飲んだ本人だけに降りかかるんだ。残念だったな、滅ぶのはお前だけだ」
楓の放った冷たい一言に、青戸は名前通りの青ざめた顔になった。隣の青戸がそんな風になっているせいかいつも以上に血色が良いように見える七海は、駄菓子の復刻版という文字を見ながら独り言のように言った。
「私たちは、これからどうなっちゃうのかしら」
「どうしたの? 急に」
「この世界は、自分も含めて変わらないものはないわ。当然、それがより善い方向に変わっていくと信じているけれど、そのために終わってしまうものもあるでしょう? それはそれで寂しいの」
「より善くなるんなら良くね?」
七海は微笑みながら水田を見て
「あなたはほんとシンプルな思考の持ち主ね」
と言った後、漠然と全員を見て続けた。
「じゃあもし自分が、より良くなるために終わらなければいけない側にいたら?」
「それでより善くなれるなら、良いんじゃね?」
萌木はお菓子の袋を開けながら言った。
「あなたたち、どうしてそんなにシンプルに考えられるの? 萌木とか、食べてる草に寄生虫でも付いてたんじゃない? それで頭が、」
「あたしは肉も食べるよ!」
「訂正になってないぞ。……終わる側にいるのは全て生への執着だ。終わりたくなければそれから解き放たれればいい。だがそれは何も、生を捨てられる状態でも、死を恐れない状態のことでもない。不滅なものを強く信じている状態のことだ」
楓の言葉に続けて、青戸がヤンガードーナツを開封しながら言った。
「そうだ。俺たち人間の最も根源的な動作は(信じる)だ。だから、信じることによって不滅の世界へ至れる。はいどうぞ」
開封したヤンガードーナツを七海に手渡した。受け取った七海は礼を言ってから一口かじった。
「[心]が信じていることを私も信じるわ。お返しに、はいどうぞ」
七海は代わりにきなこ棒を渡した。青戸はそれを不審気に受け取った。
「どうも。君はどうして俺にきなこ棒を食べさせたがるんだ?」
「青戸くんの口の水分を奪いたいからかしら?」
「新手の強盗だ……」
余計に青ざめた青戸だったが、きなこ棒を開封して食べた。




