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第13話 研修旅行語り部編

     研修旅行語り部編

               *

 見学を終え、宴会場での夕飯も済ませた生徒たちは、大きな畳の部屋に集まって語り部さんの話を聞く体勢になっていた。

 全人類の平均顔をした語り部は、前方でマイクを持って立っていた。

「どうも皆さんこんばんは! 今日は私のために来てくれてありがとうございます! 私は不老不死の語り部、生田化石(いきたかせき)と申します!」

 会場が静まり返った。

「って冗談です冗談。私のためになんか誰も来ませんよね……」

 今度は会場がざわついた。

「え? 不老不死の方は冗談じゃないのって? 冗談じゃないに決まってるじゃないですか。私のアイデンティティですよ。感情の実験によって、とある目的を達成するまで死ねなくなったんです。老化も当時のまま進んでいません。あ、でもこのことはあんまり他の人に言わないでくださいね。化粧品会社とか製薬会社に伝わったら何かしら実験台にされてしまいますから。

 では早速本題に入りましょう。あれは僕が大学生の時でした。その頃から既に社会には諦めムードが蔓延していました。問題は解決できないものばかりなのに、科学技術は停滞し、経済は少しずつ破滅に向かっている予感を与えてきて、それに加えて度重なる災害によってあらゆる方面へ打撃を受け続けていたので、まあ無理もないといえばそうとも言える状態でした。

 そんな中、感情を取り扱う技術が一歩前に出ました。感情を移植したり、ネガティブな感情を消したり、ポジティブな感情を増幅させたりと、感情をほとんど自由自在に操る技術が、人間に試される段階まで進んだのです。

 私は自らの意思でその実験の幾つかに参加しました。最初はお金がもらえるからという理由だけで応募しました。

 みなさんは気をつけてくださいね。苦労せず安易に幸せが手に入る手段は、ことごとく後になって牙を剥いてきますから。私を見てください、ほら。死ねなくなっちゃいましたよ、あはっはっは……。

 ……。

 あれ? 皆さんは、不老不死ジョークはあまりお好きではない? まあ永く生きてきて不老不死ジョークが受けたことは一度もないけど。じゃあここで寿命の無駄遣いや~、って言って自分で、いや寿命とかないでしょ! ってツッコんでも受けない?

 ……。

 わかりました。もう永遠にしません。

 では気を取り直して、ということなので、私には実験場に関わった彼らを責めることはできません。責めようとすると自分で自分が恥ずかしくなってしまいます。

 では次に、実験によって私の身に何が起きたかを話していきます。

 まず、感情が無くなりました。まあ無くなったといっても、ワインを飲んでもワイングラスは残るように、器は残ってるんですけどね。

 じゃあ感情が無くなったらどうなるのか。なんと、心の中が[心]だけになります。皆さんは省治学で学んでいると思いますが、[心]とは、[心の穴]と呼ばれるもののことです。なのでさっきの言葉は矛盾しているようですが、まあ言いたいことはわかるでしょう。

 皆さんも[心に穴]が空いたような経験を一度は体験していることでしょう。簡単に言えば、それが常にある状態、それしかない状態です。あらゆる現実感が喪失します。あらゆる感情を味わえなくなり、自分はここに存在しているんだという感覚が無くなってしまいます。自分の身に起こっていることが他人事のように感じます。今も他人事のように喋っているでしょう? そういう感じです。

 そんな私が皆さんに伝えたいことは[心]についてです。[心]とは[真理の結晶]のことです。[この世の全てを創り出している法則]そのものです。私たちはその[法則]によって生み出されました。ということは、[私たちの本体]はその[法則]、「心」だということです。

 この世界にあって「心」から生み出されていない人間はいません。ということは、誰もが同じ[心]を持っているということです。つまり、他人を傷付けることは自分を傷付けるのと同じなんです。だから他人を傷付けてはいけません。それと同様に自分を傷付けてもいけません。

 誰も傷付けないことなんてできるのか、っていう顔をしていますね。できたら既にやってるわ、っていう顔も見受けられます。そんな皆さん、私の顔を見てください。どんな顔をしていますか?」

 全員が語り部の顔をじっと見た。

「可愛い顔をしてるでしょう?」

 生徒たちは表面的な苦笑いをした。

「まあ可愛いのはひとまず置いておいて、誰もやってないんですよ。初めから誰かが傷付くのは仕方がないと諦めて、せめて自分がそのターゲットにならないようにと頭を使っているんですよ、初めからね。現代ではそれこそが真理であるかのように語られています。

 でも、この世界の真理をどう信じるかというのを甘く見てはいけません。真理は自分の中にもあります。なので、諦めの真理は自分を諦めることになります。自分はうまくその真理から抜け出そうとしますが、自分から逃げることはできません。いつか必ず自分を、自分の人生を諦めることになります。

 ですから諦めるのはやめてください、自分を含めた全員が幸福になる道を。必ずあります。[この世界を創って動かし続けている真理]ですよ? どうしてそれがこの世界に縛られるというんですか? こうして不老不死の人間すらいるんですから。なので、私との出会いに免じてもう一度挑戦することを許しましょう。

 ……。

 あれ? 嬉しくないの? この可愛い顔に泥を塗る気ですか?

 まあ可愛いのはもうひとまず置いておいて、私が感情を失って知ったことは、[心]は決して諦めていないということです。この世界は一体どこに向かっているのかと思ったことはありませんか? それを[心]が知っています。私たちは[心]の願いを叶えるために生きているんです。

 それはズバリ、全生命の幸福です。皆さんのお父さんとお母さんの願いは愛する皆さんの幸せでしょう? 全てを生み出した父と母が真理だとして、その願いは愛する我が子、この世界の幸福なのです。

 私が伝えたいことは以上です。熱血教師みたいな情熱は微塵もありませんが熱血教師みたいなことを言います、これからは自分の[心]を諦めないでくださいね。それでは終わります。今日は私のために来てくれてありがとうございました」

 最後になってようやく心のこもった拍手が起こった。

「はい、じゃあ質疑応答の時間に移りましょうか。

 ……。

 一つ目の質問は(終わりじゃなかったの?)になりそうですね。そんな皆さまに、いい言葉を教えてあげましょう。終わらなそうでも終わるのが御長寿番組、終わりそうで終わらないのが不老不死なのです。

 では質問のある方、手を頭の後ろで組んでください。

 ……。

 間違えました。手を挙げてください。

 それじゃあ最初はそこのあなた」

「今日は興味深いお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。そんな興味深いお話の中で、一点気になったことがあるので質問いたします。それは、不老不死ジョークは永遠にしないとおっしゃったはずなのに、御長寿番組の話で不老不死ジョークを使っていましたよね? それはどういうことでしょうか。気になりすぎて成仏できそうにありません。ぜひ答えをお聞かせ願いたいです。」

 語り部は空間に「なんでやねん」の手振りをしてから答えた。

「一番気になるとこそこかい! まあいいですけど。私の言う永遠は、無限に時間が続くことではなくて、時間に縛られないことなんです。だから、永遠は今の中にもあるんです。だから、永遠にしませんって言ってから永遠が訪れて、最後に不老不死ジョークを言った後からまた永遠が始まったんです。あと成仏できないなら不老不死になるしかありませんね~。お待ちしております。

 では次の方! そちらの方!」

「本日は面白くてたまらないお話をありがとうございました。僕がお聞きしたいのは、実験で語り部さんの身に起きたことです。そこをもう少し詳しく教えていただけないでしょうか」

「ありがとうございま~す。後遺症みたいなことかな? それはね~、超わかりやすい例えでいくと、映画館に5DEXみたいな体験型の、ありますよね。温度とか風とか水とかにおいとか振動とか、映画のシーンに合わせて再現されるっていう。自分の身に起きていることが、その映画を自分の中で自分が見ているような感じです。何かを食べている時も、自分が何かを食べている、で終わり、運動してる時も、自分は体を動かしている、みたいに感じるって言うとわかりやすいんじゃないかな? 伝わった? 私の生活が」

「ありがとうございます」

「いえいえ~。では次の方! 手前の方!」

 七海が立ち上がった。

「本日は私たちのためにお腹がよじれるほど面白い話をしてくださり、本当にありがとうございました。私がお聞きしたいのは、[心]が諦めていないと気付いた経緯です。どのようにして、どうして[心]が諦めていないと気付いたのでしょうか」

 語り部は空間に「おい!」っという手振りをしてから答えた。

「なんかその表現だと漫談みたいになっちゃうから~。

 で、経緯ね~。まあ感情が無くなってるからね~。意識を向けられるところが[心]しかない状態だから、ずっとそれに向き合い続けるしかなかった。そうしているうちに気付いたんですよ~。あらゆる[苦しみ]は人間を諦めさせるためあるんじゃなくて、人間を幸福へと導く揚力を発生させるためのものだと。飛行機は空気抵抗があるから飛べるようにね。そういう感じです」

「ありがとうございました。あの世でまた会えることを楽しみにしています」

「いやあの世に行けないのよ。てゆうかまだお別れの時間じゃないよ」

 語り部は前方にいた教師の合図を見た。

「え? もう終わり? あ、そうですか~。わかりました! ではここまでにしましょう! 聞きたいこととかあったらこの後も全然来てくれたら答えますのでね。なんといっても不老不死ですから、時間はあるんです。ということで、ありがとうございました!」

 割れんばかりの拍手をもって終了となった。

 会の後、生徒の大半は自分たちの部屋へ行き、実行委員と学級委員は別の部屋に集まった。部屋では全員が輪になって座っていた。実行委員長が演説を始めた。

「皆さん! ひとまず一日目、お疲れ様でした~!」

 明るいメンバーが声で盛り上げ、七海や青戸、楓、戸崎などの盛り上げるのがあまり得意ではないメンバーは拍手で応戦した。細野はいつもの明るさが空元気気味に感じられた。

「はい! というわけで、半年近く活動してきた私たちですが、ついに明日が最終日となります!」

 またしても会場が盛り上がった。

「いやそこは盛り上がるところじゃないよ~。え~、明日は基本的に自由行動なので、私たちが何かをするというわけではありませんが、最後まで怪我人など出さないよう気を引き締めていきましょう!」

 皆が大きく返事をした。

「では何か言っておきたいことなどあれば手を挙げてください! ……。~はい! じゃあ最後まで、私たちも実行委員としての自覚は忘れず、でも全力で楽しんでいきましょう!」

 首脳陣の集まりは終了し、多くは自分の部屋のある上の階へ帰ったが、青戸は細野の様子がおかしいのに気付き、椅子や自動販売機が置かれたスペースに細野と共に留まっていた。細野は疲れた顔で椅子に座った。

「ごめんね、心配させちゃって……」

「別に構わないが、話せるなら話してみてくれ」

「……青戸くんって自分が何者かわからなくなることってある?」

「……。俺の場合は何者にもなれなくて、何者でもないと思うことはよくあるが、そういうことではないのか?」

「う~ん。あくまでつもりかもしれないけど、何者かのフリをし続けていたら、元の自分がどんなだったかわからなくなる、みたいな……」

「宇宙に長く居た宇宙飛行士が地球に帰ってすぐの頃はほとんど動けない、みたいなことか? それでそんなに思いつめた表情になるとは思えないが」

「初めから宇宙にいた人が地球で生きることができると思う?」

 青戸は事実を言うのにためらいを感じていると悟り、例えをそのまま用いて話そうと試みた。

「もしかして、その宇宙での生活にも限界を感じているのか?」

「……。そうなんだ……」

「そうか……」

 偶然飲み物を買いに、七海が青戸と細野のいる階まで下りてきた。いつも通り、心の中で小声で独り言を言っていた。

『充実感っていう言葉は恐ろしい言葉ね。文字通り「感」しかなくて、[心]は全く満たされていないんだから。何をしても[心の穴]のまま。どうしたらいい、って、……!』

 七海は自動販売機のエリアに青戸と細野がいるのを見つけ、壁に隠れた。

『これぐらいの心の声の大きさなら二人には聞こえないでしょう。てゆうかなんで私はとっさに隠れたの。今度は私が見つけられる側ってわけ? 二人は一体何の話をしているのかしら』

 青戸は七海の存在には気付かず、そのまま自分の深い部分の悩みを話そうとした。

「……俺は、いつも独りだった。どこにいても何をしても、誰といようと。両親がいないってのもあるが、そういう物理的な話だけじゃない。この世界は映画のフィルムみたいなものが二枚重なっていると思った。一枚はみんながいるフィルムで、もう一枚は自分だけがいるフィルム……。だがある時気付いたんだ。そのフィルムは人の数だけあることにな。人間はみんな孤独なんだ……」

「そうだったんだ……」

 細野の反応を見た青戸は、余計なことを話してしまったかと思い慌てて弁明しようとした。

「……とにかく、八方塞がりなんじゃないかっていう絶望なら俺も味わっているから、何か役に立てるかもしれない」

「青戸くん……。……私ね、お父さんが、その、芸能事務所のかなり偉い立場にいるんだけど、そのお父さんが私とお母さんには当たりがきつくて。でも、事務所に所属してる女の子たちといると楽しそうにするんだよ……。だから私、その女の子たちみたいに可愛くて明るい子になればちょっとは優しくしてくれるかなって。でもお父さんの態度は変わらなかった。そもそもそんな、今の時代に芸能界でやっていける子なんて女の子としての天才なんだよね……。私はそんな子たちみたいにはなれないよ……」

 細野は緩やかに涙を流し始めた。青戸は持っていた鞄からポケットティッシュを取り出して細野に渡した。

「そうだったのか……」

「ありがとう……。……それでね、元の自分でいようとしたんだけど、昔から作った自分で居続けていたせいか、その元の自分がどんなだったのかあんまりわからなくて。しかも、少しは思い出せたかと思ったら、その自分としては、何もない空っぽだった……」

「……。そうか……。それは、苦しいな……」

「どうしたらよかったんだろう……。何がいけなかったのかな……。でも、こうするしかなかったんだよね……」

「……自分は絶望すべくして絶望したと感じるよな」

「そうだね……。青戸くんもそう感じることがあるの?」

「そうだな……。頻繁に、あるかな……。だが、悲観的な意味ではなく、絶望して初めて本当の自分を見つけられたのも事実だ。絶望といっても、それまで持っていた望みというものは与えられた仮初(かりそめ)のものだった。それらが全部なくなって初めて、自分の中から希望を生み出せる。だから、絶望は終わりではない。始まりなんだ。君にはその絶望の先で希望を見つけてもらいたい」

「希望、か。私も見つけられるかな…」

「君なら見つけられるさ」

「……ありがとう。あ、もう戻らないとだよね。ごめんね、心配かけちゃって」

「こちらこそすまない。全然力になれなくて」

「そんなことないよ。ほんとにありがとね」

 二人が上の階へ戻っていくようなので、七海は下の階へ一度避難した。そして、二人が去ってから自動販売機のエリアへ移動した。

『盗み聞きしてはいけない内容だったわね。悪いことをしてしまったわ。

 ……。それで、どうして[心の穴]がこんなに広がっているのかしら……。罪悪感? それもあるけど、それだけじゃない……。』

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