第12話 おまけコーナー
おまけコーナー
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楓のいるクラスが乗っているバスを見てみよう。楓は前方でマイクを持って立っていた。
「え~、それでは只今から、楓先生のお悩み相談室を開講したいと思います。皆さまから既にお悩みを書いた紙を預かっておりますので、その中から幾つかのお悩みに答えていきます。全てのお悩みには答えられないかと思いますが、できる限り全員のお役に立てるように話しますのでご了承ください。では一つ目だ」
紙の入った箱から一枚取り出した。
「一つ目、(結局、たい焼きは頭から食べればいいんですか、尻尾から食べればいいんですか)だ。……。悩んでいるなら答えよう。
まずたい焼きを半分に割ってくっつけてみるんだ。そうすれば頭と尻尾を同時に食べられる。シュークリームの比じゃないぐらい食べにくいがな。
では次に参ろう。
二つ目は、(自己肯定感を身に付けたい)だ。申し訳ないが、私は自己肯定感という概念はあまり好きではない。それは、根無し草な自信や、傲慢さとほとんど変わらないと思うからだ。人間は、人間の持つ可能性を信じられるようになるべきだ。
なぜ自己肯定感を身に付けたいのかというと、それは恐怖や不安から解き放たれたいからじゃないか? 周りの人から嫌われていたらどうしよう。嫌われたらどうしよう。失敗したらどうしよう。
それなのに根拠のないものを拠り所に束の間の虚勢を張るなんて、ちょっとだけ恐怖や不安の形が変わるだけじゃないか。自己肯定感が失われたらどうしようってな。
この世で失われないものは人間の可能性だけだ。あらゆる苦しみにも侵されることがない絶対的なもの。それを起点にすれば、決して倒れることはない。
じゃあその可能性を信じられるようになるにはどうすればいいか。それは、自分の抱える苦しみを乗り越えることだ。そうすれば信じられるだろう? だって乗り越えたんだから。
(そのために自己肯定感が必要なんだ)って心の声が聞こえてきたが、それは違うぞ。自分の抱える苦しみを乗り越えるのに必要なのは忍耐だ。何か特別なことをする必要はない。ただ諦めず、自分の置かれている状況ですべきことをすればいいだけだ。
ちなみに、人間の持つ可能性を信じられるようになったからといって、恐怖や不安がなくなるわけではない。それに負けなくなるだけだ。恐怖や不安がなくなったら人は、傲岸不遜の化け物になってしまう。恐怖や不安も、人間でいるうえで必要なものなんだ。
これでいいかな。では次に行こう。
三つ目だ。(今さっきお父さんから電話がかかってきて、交通事故を起こしてしまったからその賠償でお金がいる、指定の口座に二百万円振り込んでくれ、って言われたんですけど、どうすればいいでしょうか。私にはそんなお金はありません)……。
絶対そうだとは言えないが、振り込め詐欺じゃないだろうか。だって、どうしてお金に困って子供に泣きつくんだ?
まさか子供が電話に出るとは思わなかったんじゃないかな。なんせ古典的すぎるからな。
……。まあ次に行こう。
四つ目。(今さっき小包の郵便物を受け取ったんですけど、差出人はわからないし、心当たりもないし、耳を近づけてみたらタイマーの音が聞こえるし、何がなんだかわかりません。どうすればいいですか)……だ。
それは爆弾じゃないのか? お悩みなんかどうでもいいから早く逃げろ! 手遅れになるぞ! ……って今言っても手遅れかもしれないが。
……これはただのいたずらだよな? その、爆弾の方じゃなくて、この手紙の方……。
生きてるんだよな? もう次に行っても大丈夫か?
……。はい……。次に行きます。
五つ目だ。(恋と愛の違いがわかりません。教えてください)。
まあ同級生に聞くことではないとは思うが、恥ずかしながら私の考えをお話しよう。
私は、恋と愛は行う主体が異なるように思う。恋するのは肉体、愛するのは命ということだ。
言い方を変えれば、代償が異なるといえる。恋の代償は物質だ。例えば、金とか時間とか人間関係とかだな。一方で愛の代償は命だ。命をかけると言うだろう? そんな感じだ。心を込めると言ってもいい。
一つ注意だが、恋と愛を完全には分断すべきではない。逆にそんなことをしてしまっては悲惨だからな。愛のない恋は虚しいし、恋のない愛は味気ない。
まあこれは私の考えだから、もし自分なりの答えが欲しいなら、自分の[苦しみ]と向き合って[心の底]からの想いを知ることだ。
じゃあ次に行こうか。
これで六つ目かな。(勉強する意味がわかりません。教えてください)と。
簡単に言えば、勉強は知恵を生み出すための知識をつける行為だ。知恵は人生の困難を乗り越えるために必要不可欠なものだな。
焚き火で例えるなら、知識は薪、知恵は炎になる。薪がないと火は点かないように、知識がなければ知恵は湧かない。
だから勉強しなければならないんだ。人生の荒波に負けないためにな。
それと余談だが、現代の教育機関では、知識は教えるが、知恵の生み出し方を一切教えない。薪は与えるが、火の点け方は決して教えない。だから、知識偏重の、人の心の痛みも知らない冷たいエリートが量産されたり、この手紙をくれた人みたいに勉強の意味がわからず、ただの苦痛な行為になってしまう人が出てきたりする。
確かに、自分で困難を乗り越えられる力をつけられては、集団としては御しにくくなるだろうが、この世界はもうそんなことは言っていられないぐらい窮地に立たされていると私は思う。
……ということで先生、私を退学にはしないでください。
さ、さあ最後のお悩み相談といこうか。
最後だ。(今目の前に目玉焼きがあるんですが、醤油とソース、どっちをかければいいでしょうか)。……。お前たちはどうして緊急の要件をここに書いてくるんだ。
まあいいだろう。私個人としては、目玉焼きにかけるなら、一番が塩胡椒で、二番がソースアンドマヨネーズで、三番が醤油だ。それ以降はみんな同率だな。ポン酢とかオーロラソースとか柚子胡椒とか。
なので、醬油かソースなら、マヨネーズがあるならソースを、ないなら醤油をかけることをおすすめする。
ということで、楓先生のお悩み相談室、以上だ」
生徒たちがしきりにアンコールと唱え始めた。楓は笑みがこぼれそうになった。
「え? アンコール? 仕方ないな~、一回だけだぞ?
今度こそ最後のお悩みだ。(私たち学生の本分は勉強だから、恋愛などに現を抜かすな、みたいな風潮がありますよね? どうしてこういう風潮があるのでしょうか。恋愛はそんなにいけないことなのでしょうか)。
まあどうしてそういう風潮があるかと言えば、恋愛に現を抜かす若者ばかりだからだろう。勉強の大切さはさっき言った通りだから、そっちの方は言うまでもないことだな。
私自身も、学生のうちは恋愛よりも勉強をすべきだとは思う。なぜなら、早いうちから恋愛をしても、何もわからないからだ。自分のことも、相手のことも、人間のことも、世界のことも。何もわからないうちにする恋愛は、後になって何も残らない。人生において最も大事な時期をずっと眠り通したようなものだ。いや、眠れば記憶が整理されるから、そっちの方がましかもしれない。ただ消し飛んだと言った方が正確だな。
さっき、恋と愛を分断させるべきではないと言ったが、付け加えると、この世界で、恋と愛の両方が完全に調和する相手と必ず出会える。というか私はそう信じている。
でもそれは、愛というものが命をかけるものである以上、自分の[苦しみ]と向き合って、[心の底]から願っていることを知ってからでないとできない。
だからまずは勉強し、自分と向き合って、[人間の心]を知るのが先だ。その後に必ず運命の相手と出会えるさ。
諸君、焦る勿れだ。なんてな。以上だ」
大迫力の演説に、聴衆から拍手喝采が起こった。楓は箱を置き、マイクを両手で持った。
「はい、というわけで、楓先生のお悩み相談室、終了になります。またやってほしいなどのご要望があれば、第二回が開催されるかもしれません。それまで、しばしのお別れです。ありがとうございました」
またしても竜巻のような拍手喝采が起こった。




