第11話 研修旅行前編
研修旅行前編
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研修旅行当日はあっという間にやってきた。梅雨が威厳を失いつつある頃、皆は目的地へ向かうバスに乗っていた。
まずは七海と戸崎と金城と小野と野山のいるクラスが乗っているバスの様子を見てみよう。七海がガイドとして一人で先頭に座っていた。
『じゃあそろそろレクリエーションを始めましょうかしら』
意を決した七海は立ち上がってマイクを取り、後ろを向いた。マイクを持っていない方の手には水鉄砲が握られていた。
「レギンスアンドジングルベル! 只今からしばらくの間、このバスに乗っている乗客の皆さまの命は私が預かりました。
皆さまにはこれから、効果音しりとりを行っていただきます。
あ、紹介が遅れました。私、バスジャック見習いの七海香織と申します。
では早速、ルール説明をいたします。ルールは簡単、普通にしりとりをするだけです。ただ、単語で行うしりとりとは異なり、声に出してもらうのは、その言葉を示す効果音になります。例えば、コロッケならサクッホロッと言い、プリンならプリンッと言い、ギロチンならガシャンッコロンッと言ってもらいます。注意ですが、繋げていくのは単語の方です。
もう一つ、今から一人一枚紙を配りますので、そこに自分が発した効果音と、それの元となる言葉と、前の人がどんな言葉だったと思ったかを書いてもらいます。それを集めて最後に答え合わせをしますので、ご協力お願いします」
七海は初めから列の人数分に分けておいた紙を配った。
「では始めましょう。1つ目の言葉の効果音はパンッです」
効果音しりとりは滞りなく行われ、答え合わせの時間が始まった。
効果音 意図した単語 次の人が予想した単語
パンッ バスジャック 拳銃
ぴょん うさぎ うさぎ
七海「いいですね~、そういうのを期待してたんです」
ポッポー 銀河鉄道 ハト
七海「ちょっと無理がありません?」
はぁ 吐息 吐息
おぎゃー 赤子 赤子
ウホウホ ゴリラ ゴリラ
パラッパー ラッパ ラッパ
履き履き パンツ パンツ
七海「盛り上がってきましたよ~!」
パチパチ 爪切り つまらないパフォーマンスに対しての拍手
七海「た、楽しんでくれてますか?」
私がやりました 出頭 自白
ブーン クマバチ 蚊
チャリン 金 金
七海「やはりお金の音には敏感ですね~」
にゃー 猫 猫
パキッ、スン コロンブスの卵 骨折
ザクッ、バサッ 辻斬り きつつき
七海「サイコパスがいる?」
「考える葦である」 幾何学の精神 パスカル
七海「んの終わらせ方がしりとりの世界のテロリストですね」
くるくる ルービックキューブ ルーレット
トドメだ トドメ 油断大敵
ここはどこ?私はだれ? 記憶喪失 記憶喪失
ぶらんっ 吊られた男 吊られた男
七海「なんでわかるんですか」
ピュー コリオリの力 コリオリの力
七海「自然が起こした奇跡ですね」
スン ラスト一個の唐揚げ ラスト一個の唐揚げ
七海「私がいただきます」
何がどうなってるんだ ゲシュタルト崩壊 ゲシュタルト崩壊
七海「こっちのセリフですよ」
カキカキ 意思表示カード 意思表示カード
七海「本当に何がどうなってるんだ」
パッパラー ドッキリ大成功 ドッキリ大成功
七海「そうであってほしい」
ハァ 失って初めて気付いたよ 失って初めて気付いたよ
七海「同じ過ちを二度と繰り返さないでくださいね」
…… ヨガ ヨガ
七海「無音で伝わるなんて……」
プツン 我慢の限界 我慢の限界
七海「急にいい問題が来ましたね!」
アイドルの恋愛 いいと思います いいと思います
七海「個人の意見じゃないですか」
ドキドキ 好きです。付き合ってください。 好きです。付き合ってください。
七海「いいんですか? 全然ロマンチックじゃないですけど」
ぎゅっ いいに決まってるじゃないですか 今日の夕飯何?
七海「次の人興味なくなってるじゃないですか」
ギチギチ 肉詰めピーマン グロテスク
七海「別の献立にして!」
ふぅ 薬 ほっと一息
七海「これはやってますね」
「我々を楽しませるのは、戦いであって勝利ではない」 幾何学の精神 繊細の精神
七海「しりとりって、終わるんですね……」
七海はニコニコしながら言った。
「お疲れ様でした~! どうだったでしょうか、効果音しりとりは! 楽しんでいただけましたでしょうか良かったです~! 到着までまだ少し時間はありますが、私は疲れたのでこの辺りで終了にしたいと思います! ありがとうございました! お相手は、善良なバスジャック、七海香織でした~、またね~!」
次は青戸と細野のクラスが乗っているバスだ。司会を務める青戸が静かに立ち上がった。
「皆さんこんばんは。私、支離滅裂の支配人、青戸と申します。これからしばらくの間、お付き合いいただきますのでよろしくお願いします」
『……』
細野が勘違いして心拍数が一瞬乱高下した。
「私はよく、養殖よりは天然かと思いきや養殖くさい、変なところが抜けている、普通に変わっている、などと言われます。そのせいか、連想ゲームが非常に苦手です。自分では自信満々に答えたつもりなのに、どうしてか負けにされてしまうのです。なので今日は、私を勝たせてください。これから皆さんと、あるゲームをしたいと思います。
それは、支離滅裂連想ゲームです。ルールは極めて単純です。普通の連想ゲームは、自分に回ってきた言葉と関係ある言葉を言わなければいけません。ですが、支離滅裂連想ゲームでは、回ってきた言葉と関係ない言葉を言ってもらいます。もし関係のある言葉を言ったら……。別にどうもしません。それもある意味支離滅裂なので、ゲームは続けられます。ちなみにいつ終わるかというと、私が満足するまでですので、ご承知の上ご参加ください。私と皆さん、交互に行います。手拍子とかリズムも自由なので、好きなタイミングで返してください。
では始めましょう。初めは、アルミホイルです。ではどうぞ」
この狂気のゲームは二十往復繰り返された。
青戸の言葉 クラスメイトの言葉
アルミホイル ナメクジ
青戸「いいですね、その調子です」
天の川 ガンジー
ミルフィーユ マタタビ
青戸「そうきましたか」
ドモルガンの法則 玉結び
栽培漁業 短冊
スプーン ボウリング
青戸「面白くなってきましたよ」
脾臓 メソポタミア文明
カイワレ大根 黒目
完全燃焼 寄生
長篠の戦い ジョハリの窓
化粧水 一昨日
特殊相対性理論 鎮護国家
青戸「あっはっは、これは一本取られたな」
ひらがなの「と」 マカデミアナッツ
袴 最後の審判
結束バンド エプロン
ヤマタノオロチ ドミナントモーション
青戸「今日はなんて最高の日なんだ」
爪研ぎ フィルターバブル
願兼於業 認知的不協和
ケチャップ 要
メスシリンダー マザーボード
青戸は突然貴族のような拍手をし始めた。
「そこまでにしましょうか。……。いや~、実に楽しい時間でした。私はとても満足しました。ここで帰ってもいいぐらいに。ありがとう。皆さんのおかげです。あっちへ行っても、皆さんならきっと乗り越えられる。私はもう必要ないらしい。それじゃあさらばだ」
青戸はマイクを置くと、そのまま運転席の近くの扉から外に出ようとした。それを学級委員として近くにいた細野に止められ、席に引き戻された。細野はどさくさに紛れて隣に座った。
「青戸くん大丈夫?」
「すまない……。俺はみんなを楽しませられていただろうか……」
「斬新で面白かったし、みんなも楽しそうにしていたと思うよ!」
「そうか、それなら良かった」
そう言うと、青戸はそのままうとうとして眠ってしまった。隣にいる細野は頭を撫でようとしてやめるが、代わりに自分の肩にもたれさせた。
時間通りに全てのバスが到着し、生徒らは班行動で周辺を散策し始めた。七海、小野、金城、戸崎、野山の班は最初に資料館の中へ入った。七海は近くにいた戸崎に館内において適切な音量で話しかけた。
「精神構造の図があるわね。命と心がコインの表と裏の関係になっていて、人間の場合、そのコインに穴が空いていて、命の側から心の側を覗くことができる、と」
「それで、感情が心の世界に通じる扉であり、人によってその性質や使い方が異なる……。なるほど」
難しいことの中では窒息してしまいそうな小野も、意外にも興味を持って展示物を見ていた。
「別の見方をすれば、感情は心の世界における肉体になっているといえる、だって。そのため、感情があるから心の世界に働きかけることができる、か~。このイラストわかりやすいね~」
野山は言わずもがな興味津々で展示を見ていた。
『感情は他者のために発生するものである。また、自分のための怒りや悲しみなどの多くは本能であり、感情とは似て非なるものである……。つまり、感情には利他的な要素が含まれる……。これを書いた人からも、人間への熱い想いを感じるな』
金城はずっと、展示を見ているのか見ていないのかわからないような雰囲気で黙ってついてきていた。
『……』
「金城くんは退屈してないかしら?」
「気にかけてくれてありがとう」
「[心]とかには興味はある?」
「人並みにはあるんじゃないかな」
「そう。まあどちらにせよ、ここで学んだことは、きっと金城くんの助けになると思うから、展示とかポスターで惹かれるものがあったら、ゆっくり見てみてね」
「ありがとう。七海ちゃんは周りのことがよく見えてて優しいね」
そのやりとりを、小野が見るからに不安そうな顔を向けて聞いていた。
一行は実物展示のコーナーに移った。
「本当にこんな真っ黒でペラペラのスーツで感情の移植が行われていたのね」
「これもこれで不気味だね」
「このヘッドフォンみたいな機械は、音楽で感情に波を起こして波形を読み取る機械なんだって~。金城くんは音楽が好きなんだよね?」
小野は先ほどの不利を取り返そうと、頑張って金城の注意を引こうとした。
「そうだよ。よく覚えててくれたね」
「当然だよ! 音楽と関係のある展示なら、面白いんじゃないかな?」
「俺のこと気にしてくれてありがとう結衣ちゃん」
そう言われた小野は、照れ隠しで展示に視点を向けた。
「へ、へぇ~。心に響く音楽と体に響く音楽は必ずしも一致するものではないだって~」
野山は一つひとつじっくり見ていたので、少し遅れたところにいた。
『感情のデータからその時の五感が捉えた状況を再現することができるのか……。共感やデジャブなどという言葉があるように、人間は曖昧にしか捉えることができない。それは、人間は心で世界を認識するものであり、心は誰にも共通のものだからである。誰にも共通のものであるがゆえに、空間的に普遍で、時間的に不変なのである。一方で感情は特異的で、時間的にも空間的にも一つとして同じものはない。そのため、正確に読み取ることができれば、その当時の状況を部分的にだが正確に再現することができる……。凄い技術だな、ってうわっ』
七海が突然後ろから現れた。
「すごく熱心に見ているわね」
「人間のことだからね。もっと詳しくなりたいんだ」
「なんだか嬉しいわ。研修にここを選んでよかったと思えるから」
「ありがとう、俺を連れてきてくれて」
「方向音痴の案内人だけどね。[心]なんて今の時代じゃただのお荷物だから、それについての研修なんて、愚の骨頂だと笑われてないか心配だったのよ」
「道に迷ったり立ち止まったりするから楽しいのかもしれないよ」
「その先で大事なものを見つけたいわね」
青戸と細野がいる班を見てみよう。彼らは拷問など、危険な実験に使われた器具の展示スペースに来ていた。
「拷問を受けた人間の感情を記録し、別の人間にそのデータを無理矢理流し込むことで、肉体的には無傷で恐怖を与えることができる、か。どんな技術も誤った使い方をされるものだな。
大丈夫か? 気分悪くなりそうなら、無理に見なくてもいいんだぞ」
青戸の隣にいた細野は少し顔色が悪そうだった。
「気にかけてくれてありがとう。青戸くんの方こそ大丈夫?」
「大丈夫じゃないが大丈夫だ。これは必要な痛みだと思うんだ」
「必要な痛み、か。それなら私も頑張るよ!」
「そう、か」
入場者の列に自然と生じる流速に従ってすぐ近くの展示の前に移動した。
「心で感じていることと不相応な感情を流し込むことで人格を破壊する。段々と感情を、心を蓋するように使い始め、そうなるともはや人間ではいられなくなる……。最初にこれを考えた奴は、人間の心理をよく知っている奴だったんだろうな。だが、人間のことを愛さなかったか、愛せなかった。どちらにせよ、人間から愛されなかったんだろう。どうして人から愛されない人が出てしまうんだ」
同じ展示を見ていた細野はその解説を読んで、外には出さなかったものの、見えない槍で心を貫かれたようになった。
一行は資料館を出て、実物の実験場跡を見に来た。廃墟となった建物を、青戸は見上げて眉間に皺を寄せた。
「目には見えないが、押し潰されるような負の圧力を感じるな。目眩がしそうだ。
大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
青戸の気遣いに、細野は瞬時に笑顔を作って心を隠した。
「ううん! 大丈夫だよ! 青戸くんこそ大丈夫? 険しい顔になってるよ」
「俺は大丈夫だが……」




