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第1話 入学式当日

     入学式当日

               *

『運命の相手はどこだー!』

 桜の花のカーペットが敷かれる頃、区立先駆高校は入学式を迎えていた。誰もが新たな生活に期待と不安の感情を行ったり来たりさせている頃、廊下でクラス分けの張り紙を見ながら、心の中でそんな雄叫びをあげている少女がいた。この物語を貫く運命を背負った一人目の人間、七海香織である。

 そこに二人の男女が近づいてきた。幼馴染の萌木京香と水田康平である。萌木は七海の心の声に肉声で反応した。

「名前見ただけじゃわからないでしょ」

 七海は声のする方を向いて言った。

「あら、萌木と水田じゃない。どうかしたの?」

「どうかしてるのはお前だろ、七海」

「あなたたち、クラスはどうだったの?」

「それがなんと! 全員二組で一緒のクラスだった!」

「本当に? ……本当じゃない! もしかして、あなたたちが運命の相手だったの?」

「腐れ縁であることには間違いないな。それより早く教室入ろうぜ。もうホームルーム始まっちまう」

 三人は、既に大勢の生徒がいる教室に入っていった。黒板に貼られた座席表の前で立ち止まると、七海は人差し指を前に出しながら自分の席を確認した。

「私の座席は……。一番後ろの窓際じゃない! これで頬杖をつきながらアンニュイな表情で外を眺められるわ!」

「そんなことに憧れてんのあんただけだよ。それより、あたしたち席は離れちゃったね」

「そうね。あなたたちは廊下側みたい」

「ていうか七海、お前大丈夫なのか? 心の声聞こえないの。俺たちは長い付き合いだから普通に接してるけど、隣とか周りの席の奴が理解してくれるか……」

「心配してくれるのはありがたいけど、何も問題ないわ。だって、隣の席の人は私の運命の相手なんだもの!」

 水田の気遣いに、七海は悲しみを跳ね除けるように元気よく答えた。

「これじゃ、問題なさそうだね」

 三人とも自分の席に座った。そこから数分も経たないうちにチャイムが鳴り、担任の先生が静かに教室に入ってきた。担任は教卓の前で立ち止まり、強烈になること必至な学生生活の火蓋を切った。

「おはようございます。このクラスの担任になりました、五十嵐と申します。一年間よろしくお願いします。」

『なんだか冷たそうな人ね』

 七海が心の中でそう呟くと、クラスメイトの大半が七海の方を向いた。五十嵐も熱さの感じられない目線を七海の方へ向けた。

『しまった! つい本音が! ってこれも失礼じゃない!』

 七海は周りに対して目線と顔だけで謝った。

 教室のざわめきが静まってから、五十嵐が淡々と話し始めた。

「人の心の声が聞こえるようになる薬、リスナーゼを国民が接種し始めて二百年が経ち、ようやくヒトの遺伝子にその形質が保存され、薬の投与なしで能力が発現するようになりました。

 皆さんは、生まれてから一度も薬を投与されていない初めての世代です。

 なので、心の声が聞けるのが当たり前のように感じている方もいるかもしれませんが、今話した通り、せいぜい二、三百年前に発現したものであり、人間が必ず持っていなければならないものでもなんでもありません。その有無で差別するような真似はしないようにしてください」

 一通り挨拶を終えると、担任の五十嵐は一人ずつ点呼をとり、全員の出席を確認した。

「それでは、アイスブレイクを行いたいと思います。

 皆さんには、隣の席の人と少し変わった自己紹介をしてもらいます。方法は簡単です。

 心の声と肉声で、同時に別々の自己紹介をしてもらい、相手にどちらが本当のプロフィールか当ててもらうというものです。それでは初めてください」

 まずは水田の席を見てみよう。お相手は細野陽子、卑しさのない自然な明るさを放つ少女である。

「じゃあ早速始めよっか~。まず私からやるね~。私の名前は細野陽子!

 出身は関東県         『近畿県

 好きな食べ物はチョコレート   豚の角煮

 趣味は映画鑑賞         居酒屋巡り

 好きな映画は009        アーバンスピード』

 こんな感じかな~?」

「瞬時にできるのすげえな。魅入られて全然内容聞いてなかったわ」

「ちょっと~。ちゃんと聞いてよ~」

「わりいわりい。もっかいやってくんねえか?」

 水田は適当に謝るジェスチャーをしながら言った。

「今度はちゃんと聞いてね。私の名前は細野陽子。

 出身は関東県         『近畿県

 好きな食べ物はチョコレート   豚の角煮

 趣味は映画鑑賞         居酒屋巡り

 好きな映画は009        アーバンスピード』

 わかったかな?」

「わかったわかった。口で喋ってた方だろ?」

「正解!」

「よっしゃあ! わかりやすくて助かったよ。未成年なのに居酒屋巡りなんてしてたら相当変なやつだからな」

「同時にってなったら、話すだけじゃなくて聞く方も難しいからね~。気付いてもらえてよかったよ~。じゃあ次は君の番ね。できそう?」

「ちょっと待ってな。……、よし、始めよう! 俺の名前は水田公平、

 出身は神奈川区        『東京区

 好きな食べ物はサラダ      ラーメン

 趣味は将棋           スポーツ

 好きな映画はトランスレーター  ジョイント・ボーン』

 どうだ? わかったか?」

「多分! 心の声の方じゃない?」

「おお! 正解だ! よくわかったな!」

「なんか心の声の方が水田くんっぽいなって思った! ラーメンとか好きそう!」

「そうそう。ラーメン屋に行く間隔、一週間も空けられねえんだよな」

「かなりの頻度で通ってるね~。体壊さないようにね!」

「おう! サンキュー! それより、009好きなんだな! 俺もスパイ映画好きで見るんだよ~」

 次は萌木と戸崎雄介の席だ。誰にでも別け隔てなく接する萌木から話し始めた。

「私からやっていい? やってみたい!」

「じゃあお願いするよ!」

「じゃあいくね! あたしの名前は萌木京香で~、

 出身は神奈川区で~、       『東京区で、

 好きな食べ物はおせち!       カレー!

 趣味は料理で~、          スポーツで、

 好きなスポーツはバトミントン!   バレー!』」

 戸崎は遠慮がちな笑顔をベースに悩むような表情をした。

「う~ん。難しいな~。でも、わかった気がする! 心の声の方じゃないかな?」

「お! 正解! よくわかったね! どこでわかった?」

「う~んと……。

『料理をするようには見えないって言うわけにはいかないし』

 勘かな!」

「ちょっと~。心の声聞こえてるよ~。料理するようには見えないってどういうこと~?」

「あはは、ごめんごめん。まあ、刑事の勘だと思ってくれるとありがたいかな」

「刑事じゃないでしょ~。もういいから次やって~。絶対当ててあげるから」

「お! 臨むところだ! じゃあ始めるね! 僕の名前は戸崎雄介、

 出身は東京区、     『千葉区、

 趣味はランニング、    瞑想、

 好きな偉人は坂本龍馬、  西郷隆盛』

 ……以上で!」

「三つだけか~。そうだな~。口に出した方でしょ!」

「正解だ! 凄いね! どうしてわかったんだい?」

「微量だけど汗のにおいがしたんだよ~」

「それは凄いね! 本当の刑事みたいじゃないか!

『ていうよりは警察犬の方が近いかもしれないけど』」

「ちょっと~、また聞こえてますけど~。誰が犬ですって~」

「またまた失礼したね。君は心の声を聞く聴覚も鋭いようだ」

 一歩引いて人と接する戸崎と相手の懐にズカズカと入っていく萌木。案外相性がいいのかもしれない。

 次は小野結衣と金城樹の席だ。小野は小動物のような、何をしていても健気に見えてしまう少女であり、金城はザ・美形な肉食動物というような青年だ。一体どのようなドキュメンタリーを見せてくれるのだろうか。話し始めたのはやはり金城の方だ。

「難しそう? 俺から始めようか?」

「お願いしてもいい?」

「いいよ。じゃあ始めるね。俺の名前は金城樹で、

 出身は茨城区、     『東京区、

 マイブームはドライブ   音楽』

 こんな感じでいいかな?」

「いいと思う! 先にやってくれてありがとう!」

 小野は守りたくなるような笑顔で返事した。

「どっちだと思う?」

「う~ん。……心の声の方かな~」

「お、凄いじゃん。正解。よく当てられたね」

「やったあ!」

「それじゃあ次は君の番だけど、できそう?」

「うん。頑張ってみるね! 私の名前は小野結衣です。

 出身は千葉区         『東京区

 マイブームは御朱印巡りです。  家庭菜園です』」

「よくできたね。う~ん。声に出した方が君のプロフィールじゃないかな」

「正解! 当ててくれてありがとう!」

「当てられて良かった。そうだ、結衣ちゃんって呼んでいい?」

「え! えっと、いいよ!」

「ありがとう。俺のことも樹って呼んでいいから」

「わかった! そうするね!」

 目にも止まらぬ速さの先制攻撃であった。

 次は楓凛と野山蓮の席だ。会話どころか動きも少ない二人にとって、担任の出した最初の課題は無理難題とならなければいいが。低身長で童顔ながら既に何千年も生きたような風格を感じさせる楓が口火を切った。

「私からやってもいいか?」

「ああ、助かるよ」

 戸崎とはまた異なる控えめな振る舞いをする野山は、ナッツのような硬い殻で覆われた個によって、楓の空気に飲まれることなく淡白な返事をした。

「じゃあ始めるな。私の名前は楓凛。

 出身は栃木区だ   『岩手区だ。

 趣味は読書で     日向ぼっこで

 好きな本はメフィスト。 掟の扉』

 どうだ? わかったか?」

「普通に難しいね。ちょっと考えさせてくれる?」

「構わんが、そんなに難しいか?」

「うん。多分だけど、口に出した方じゃないかな?」

「なんだ、わかってるじゃないか。簡単だっただろ?」

「いや難問ではあったと思う。

『この人、ちょっと変わってる人かな』」

「……。次はお前の番だ。始めてくれ」

「そうだね。じゃあ始めるよ。俺の名前は野山蓮。

 出身は鳥取区      『福岡区

 趣味は素振り       読書

 好きな本は星の女王さま。 君の心臓を掴みたい』

 こんな感じかな」

「なるほど。難しいな。だが、私の敵ではない。心の声の方だ」

「お。正解だよ。さすがだね」

「何の素振りかはわからないが、何にせよ何かしら素振りをしそうな雰囲気ではなかったからな」

「確かに。言われてみれば」

 素朴な時間であった。

 最後は我らが七海と青戸匠の席だ。七海はいつも七海なわけだが、極めて独特なオーラを漂わせる青戸とどのような化学反応を起こすのだろうか。七海が品のある振る舞いで話し始めた。

「私、心の声が聞けないの。だから申し訳ないけれど、普通の自己紹介にしてもらえるかしら?」

「そうだったのか。だったら、心の声の方も口で言う形にするのはどうだろうか?」

 不地山の天然水のような感触を抱かせる青年青戸が機転を利かせて答えた。

「それでいいならそうさせてもらえると助かるわ。お礼に私から始めるわね。私の名前は七海香織よ。

 出身は東京区で、

 座右の銘は汝自身を知れ、

 辞世の句は、」

「ちょっと待ってくれ! 辞世の句、もう言ってしまうのか?」

「ええ。もう考えてあるの」

「早くないか?」

「だって、死ぬ間際に考える余裕があるとは限らないじゃない」

「確かにそうだが……。まあいいか。止めて悪かった。続けてくれ」

「じゃあ続けるわね。

 辞世の句は、暖かな 朝日に包まれ さようなら」

「……」

「……。終わりだけど? どうかしたかしら?」

「あれ? もう一つのプロフィールの方はやらないのか?」

「え? 心の声に出していたわよ? もしかして、あなたも心の声が聞けない人なの?」

「いや、俺は聞けるが、俺だけ一方的に聞けるのは対等じゃない気がして」

「あら、あなた優しいのね。じゃあ二つ目のプロフィールも口に出すわね」

「よろしく頼む」

「じゃあ始めるわね。

 出身は大阪区、

 座右の銘は、賽は投げられた、

 辞世の句は、悲しくて 死んだところで 死にきれぬ」

「辞世の句が暗いな。そうだな……。後半がプロフィールであってほしくないから前半の方で」

「あら! 正解よ! よくわかったわね!」

「ほとんど願望だけどな。後半の辞世の句を詠まないでいい人生を送ることを祈るよ」

「感謝するわ。じゃあ次あなたの番ね。手間をかけさせることになるけどお願いね」

「構わないさ。では始めさせてもらおう。俺の名前は青戸匠だ。

 出身は東京区で、

 好きな将軍は上杉謙信。

 好きなアニメはセンサー・ダークリー。

 そして二つ目のプロフィールが、

 出身が大阪区、

 好きな将軍はナポレオン、

 好きなアニメが五本の指に入る花嫁だ。

 どうだろうか?」

「二つ目に言った方でしょう!」

「即答だな。どうしてそう思ったんだ?」

「直感よ! まあ強いて言えば、二つ目を言う時、ちょっとリラックスしたように見えたから」

「名探偵だな。君には心の声を聞く力は必要ないんじゃないか?」

 新たな潮流を引き起こす可能性に満ち溢れた二人であった。

 その後、何事もなく入学式が執り行われ、登校初日は終了となった。七海は、萌木と水田と夕日のある方角へ、最寄り駅に向かう坂を降りていた。

「ついに私たちも高校生か~。全然実感湧かないな~」

 萌木がしみじみとした口調で言い、水田がそれに反応した。

「だな~。子供の時となんも変わってねーもん」

「あなたたちもまだまだ子供ね。精神はどれだけ自分の[心]と向き合ったかで成長度が決まるのよ。その点、私なんてもう七十歳ぐらいじゃないかしら」

「まだ生まれてから七十年も時間経ってないだろ」

「そういえば、どうだったの?」

「何のことかしら?」

「運命の相手がどうの、って話だよ」

「ああその話ね。私にはわからないわ」

「あんたの運命なんだから、あんたにわからないんじゃあしょうがないね」

「そもそも、どうやったら運命の相手を見分けられるのかしら」

「それがわからないまま運命の相手がとか言ってたのかよ。まああれじゃね? なんか落ち着く、みたいな」

 水田のその言葉を聞くと、七海は突然水田に急接近した。

「なんか落ち着くっていうのは具体的にはどういう状態のこと? どうしてなんか落ち着くの?」

「七海のソクラテスモード始まっちゃったよ。これは深いところまで潜りそうだね」

「で、どうなの?」

「こうなると止められないんだよな~。でも確かに言われてみればわかんねーな。萌木はどう思う?」

 七海はその言葉を聞くと、今度は萌木に急接近した。

「ちょっとあたしにパス回さないでよ。え~っと、そういえばなんか、懐かしい感じがするらしいよ」

「どうして懐かしい感じがするの?」

「自分で考えろ!」

 萌木と水田の奏でた怒りの協和音に、七海はふと我に返ったように元いたポジションに戻った。

「ああ、悪かったわね。つい過去の血が騒いで。でも、あなたたちといると懐かしい感じがするわよ」

「幼馴染だからだよ!」

 またしてもツッコミの協和音が鳴り響いたのであった。

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