Dr.イエロー
<主な登場人物>
榊行雲
25歳。大学を卒業しロボット医になった。細身で天然パーマ。俳優の渡部豪太のイメージ。
東村春臣
65歳。高校に勤務するベテランロボット医。まもなく定年を迎える。小太りで穏やかな性格。スラムダンクの安西先生のイメージ。
ミシマ
17歳。高校に通う女子ロボット。剣道部。極道の家で育つせいか白黒つけたがる男っぽい性格。アイドルの森カンナのイメージ。
<シナリオ>
○アパート・リビング(朝)
テレビ画面の中、病室のベッドで医師が患者に心臓マッサージを施している。
TVの医師「死ぬな! 死んじゃだめだ!」
食卓に座る榊行雲、朝食のパンを食べながらぼんやりとテレビを見ている。
榊N「本当は医者になりたかった」
榊、溜息つきチャンネルを変える。
画面切り替わり、一軒家の前に立つアナウンサーの姿。
アナ「逮捕されたのはナンバー「KOTー139408」。登録ネーム、ナナカ。昨夜、所有者である相田悠太38歳を撲殺した疑いが持たれています。警察の調べによると、容疑者の体からは無数の傷跡が見つかっており、被害者による日常的な虐待の報復として――」
榊N「もちろん、人間を診る医者のことだ」
テレビ画面はスタジオに戻っている。画面の中、別のアナウンサーと遠藤教授。
アナ「ロボットリテラシーを専門とする東武工業大学の遠藤教授にお話を伺います。遠藤教授、改めてロボットによる犯罪についてお伺いしたいのですが」
TVの遠藤「本来ロボットに備わっているAIは、体験や環境からの影響を日々受けています。その内容によっては、ロボットがある対象に対し、恨みや憎しみといった負の感情を持つことも当然あるわけです。ロボットを管理する所有者は、法律で定められている通り、定期的な検診を受けさせ、メモリに異常がないかをチェックする必要があるんですね」
榊N「でも、金も偏差値も全然足んなかった」
テレビ画面にはロボットによる年度別の犯罪数グラフが表示される。
遠藤「これは人型ロボットによる犯罪数推移です。見ての通り増加の一途を辿っています。こうした背景からロボット撤廃論も根強くあるわけですが、むしろ管理をしっかり行うことで人間との共生を――」
リモコンでテレビを消し、席を立つ榊。
○電車内
朝、混雑した車内。立つ榊の前に背を向けた女性が立っている。うなじのところに「LEMー331005」と刻まれている。
榊N「ロボットは人類の生活には欠かせないものになってる。人間と同じように働いてお金を稼ぐロボットだって今じゃ当たり前のように存在してる」
○駅・ホーム
停車した電車のドアが開く。大量に吐き出される乗客。
榊N「と同時に、捨てられたペットのように管理放棄されたロボットが増え始め、あちこちで罪を犯しているのも事実で」
○交差点
信号待ちの榊。
交差点に面した電気スタンド(ガソリンスタンド)では、逃げるロボット(見た目は人)を「電気ドロボー!」と追っかける店員の光景。
榊N「ちなみにロボットの犯罪で最も多いのは無断充電。人間に置き換えれば、無銭飲食といったところか」
○坂道
登っていく榊。周りには制服を着て坂を登る高校生ら。
榊N「だからロボットの側に立つような仕事は、何かと風当たりが強くなっている。そりゃ溜息も出るってもんだ」
榊、坂道に疲れ立ち止まり、額の汗を拭う。
榊N「そんな俺が、大学を卒業して初めて就いた仕事。それが――」
榊、顔を挙げると、目の前にそびえ立つ大きな校舎。
榊N「ロボットを治療する医者。そう、ロボット専門のスクール保健医なんだ」
○高校・廊下
キョロキョロと辺りを伺いながら廊下を歩く榊。
○第二保健室
第二保健室と書かれたドアの前に立つ榊。
榊「ここか」
榊、軽く咳払いしてドアを開ける。
榊「失礼します。今日からこちらでお世――」
挨拶にかぶるように、ワン!ワン!と犬のけたたましい鳴き声。
榊「うおぉっ!」
飛びつく犬に組み敷かられ、尻餅をつく榊。
榊「なんで犬が⁉︎」
ピュウと口笛の音。
笛音に呼応した犬、速やかに榊から離れ、椅子に腰掛けている黄衣を着た東村春臣の横に座る。犬はコモンドール犬種のような見た目。
東村「これはこれは。バズが粗相をしました。えーと、あなたは……」
榊「さ、榊ですよ。今日からお世話になる榊行雲」
榊、立ち上がり、やや不機嫌気味に挨拶。
東村「さかき、いくも、先生ですね」
東村、バズの背中を開き、電卓のように並ぶボタンを押していく。バズの首元には「INー029」とある。
榊(んだよ、ロボットかよ……)
東村「(ボタンを押し終わり)これでご迷惑をかけることはありませんでしょう」
東村、よっこいしょと腰を上げ、黄衣を榊に差し出す。
東村「東村春臣です。お待ちしておりました」
榊、差し出された黄衣をどこか他人事のように見つめる。
東村「先生、あなたのですよ」
榊、受け取り、広げてみる。薄く黄色がかった衣服。
○校舎・廊下
黄衣を着て並んで歩く榊と東村。東村が校舎案内している。
東村「学年ごとに7つのクラス編成になっていて、そのうちの1つがロボットのクラスということになります」
榊「全学年で3クラスがロボットクラスってことですか」
東村「はい。人間と高校生活を共にすることで、お互いの性格や行動に慣れてもらうことを目的としています。榊先生には、ロボットの心と体のケアにあたって欲しいのです」
榊「ケアって、管理のことですか」
榊、東村に向く。
東村「その言葉は的確ではないでしょうね。今はロボットも人間と変わらない心を持っています。ですから管理というような接し方ではなく、心に寄り添うようなケアが必要だと考えています」
榊「はぁ……」
東村「さて。ここがロボットクラスの教室です」
2人、ドアの小窓から教室内の様子を伺うが、無人。
2人「……」
その時、外から「チャンス、チャンス!」と歓声が聞こえてくる。
東村「体育のようですね」
○高校・グラウンド
野球の試合中。満塁。打席に立つのは女子ロボットのマキ(17)。
榊と東村、ベンチ裏。
榊「野球⁉︎」
東村「投げて打って取って走る。ロボットの機動性を高めるにはなかなかいい競技なのです」
榊、スコアボードを見ると4回裏で4−2。ロボットクラスが負けている。
榊「へぇ。いい勝負してんじゃん」
東村「今攻めているのがロボットクラスです。打席は野球部のマキさん。逆転のチャンスですが――」
表情を曇らせる東村。
ピッチャー、ニヤニヤしながら振りかぶる。豪速球が投げられ、マキの頭部に直撃。マキ倒れる。
榊「あッ!」
東村「人間にとっては遊びに過ぎないのです」
俯き加減のマキの表情に影がさす。
ピッチャーに向けられる「お前、わざとだろ?」という声。
声の主は、バットを肩に担いだ女子ロボット、ミシマ。
ピッチ「(へらへらと)証拠あんのかよ。こっちだってピンチなんだよ」
ミシマ「てめぇ。ぶっ壊すぞ!」
マキもピッチャーに鋭い目を向ける。
マキ「(ぶつぶつと)ひどい……、許せない……」
ピッチ「さっさと行けよ。痛くねぇんだろ」
マキ、唇を噛み締め一塁に向かう。
ミシマ「マキ、見てろ! 仇とってやるからな!」
ミシマ、打席に入る。剣道の中段の構えでピッチャーに向き合う。
ピッチ「……ざけやがって」
ミシマ「ケジメ――、付けさせてもらいます」
榊「(東村に)これ、野球の試合ですよね……?」
東村「ミシマさんは剣道部なのです」
ミシマ「キェェーッ!」
振りかぶるピッチ、豪速球がミシマの頭部めがけて投げられる。
ミシマ「ヤァーッ!」
ミシマのバットは派手に空振り。額に直撃しひっくり返る。
マキ「ミシマ!」
ミシマの元に駆け寄るマキ。
ピッチ「振ったからストライクな」
マキ「なんで……、なんでこんなことするの!」
ピッチを睨みつけるマキ。憎悪に満ちた眼差し。
チャイムが鳴る。
ピッチ「はい、終了〜」
ピッチ他、ナインがだらだらと引き上げる。
東村「榊先生。とりあえず保健室に連れて行きましょうか」
○第二保健室
東村がミシマを、榊がマキの頭部を診ている。
ミシマの頭、ゴム性の皮膚が削れて、内側の精密な機械が僅かに見える。
東村「皮膚が少し削れてますが、パップしておけば大丈夫でしょう」
東村、「どれ」と立ち上がり、棚の方に向かう。
ミシマ、少し榊に意識を向けて、
ミシマ「東村先生、こいつは……?」
榊「先生に向かってこいつ呼ばわりすんな」
東村、大きめの湿布のようなものを手に戻ってくる。
東村「後任の榊先生です」
ミシマ「後任?」
東村「私も定年ですから。さぁ、榊先生に挨拶してください」
榊「よろしく」
会釈する榊、しかしミシマは無視。
ミシマ「(東村に)学校辞めちゃうんですか⁉︎」
榊(可愛くねぇぇぇ)
東村「そういうことになりますね。(ミシマに)じっとしててください」
ミシマ「そんなのダメです! 納得できません!」
東村、ミシマの額に湿布を貼り付ける。
ミシマ「先生!」
同じようにマキの側頭部に湿布を貼る榊。
東村「しばらくすれば皮膚の組織が出来上がります。メモリへの影響はないと思いますが、それは来週の定期検診で確認しましょう」
ミシマ、俯く。
ミシマ「……」
東村「私が診る最後の検診です。ミシマさん、必ず受けてくださいね」
榊「ちゃんと受けんだぞ」
ミシマ、榊を睨みつけた後、東村に一礼して退室する。
マキ「私も失礼します……」
マキ、俯いたまま退室。
ドアの方を向いたまま、小さく息を吐く東村。
○帰り道(夜)
並んで歩く榊と東村、バズ。
東村「定期検診のことはご存知でしょうか」
榊「実習の時に一度だけ。その時はボディとメモリのチェック。メモリ内のパーソナル波長が基準値を超えていたら国の更生センターに強制送還。そんな流れでした」
東村「強制送還という言い方は、あまり好きではないんですがね」
榊(面倒くせえな……)
なんとなく気まずい雰囲気の榊。
榊「ちなみに、今までに強制送……、送ったのは何体くらいだったんですか」
東村「前回の検診では1体でした。その子は所有者から性的虐待を受けていたのです」
榊「ロボットが?」
東村「見た目はほぼ人間と変わりませんから。彼女は服を脱がされたり、目の前で自慰行為をされたりしていました。時々暴力もあったようです。結果、極度の不安と緊張、それに怒りの波長が基準を超えてました」
榊「それで?」
東村「センターにチップを送りました」
榊「どうだったんですか」
東村「戻ってきました。なんというんでしょうか……。――いい子になってました」
榊「良かったじゃないすか」
東村「そうでしょうか」
榊「だって解決でしょう」
東村「私にはそう割り切れないのです」
榊「人に被害が出るより、マシなんじゃないですかね」
東村「確かに。確かに、そうですが……」
無理に納得しようとしている東村を見て、
榊(この人、よくロボット医やってこれたな)
東村「実は、ミシマさんはこれまで一度も定期検診を受けたことがないのです」
榊「は⁉︎ なんでですか⁉︎」
東村「本人の意思もあるんですが、親の意向が強くてですね」
榊「親って所有者のことですよね? ひでぇなそれ。ビシッと言ったほうがいいですよ」
東村「――榊先生、力を貸していただけませんか」
榊「俺が⁉︎」
○とある駅前(日替わり)
改札を出る榊。
到着していた東村が手を振っている。傍にはバズ。
榊「(バズを見て)犬、同伴ですか……?」
東村「ミシマさんに連れてきてほしいと頼まれたもので」
尻尾を振るバズ。
○とある道
並んで歩く榊、東村、バズ。
東村「まず、私がお父様とお話します。榊先生も何かあればお願いします」
榊「もちろん言ってやりますよ(ったく、せっかくの休みだってのに)」
軽く吠えるバズ。
東村「ここです」
立派な屋敷の前に立ち、門を見上げる東村とバズ。東村とバズの目線に合わせる榊。
大きな木製の立て看板に「辰嶋組」と書かれてある。立派な格式のある御屋敷が聳え立つ。
榊(辰嶋……組?)
東村「先方には連絡を入れていますので」
東村、呼び鈴を押す。
法被を着た若い男が出てきて、慇懃に東村に頭を下げる。
慌てて頭を深く下げる榊。
男「お身体、改めさせていただきます」
男、身体チェックとして、東村の体に手を当てがう。
男、次にバズの体に手を当てがう。バズは気持ち良さそう。
男、最後に榊の体に手を当てがう。
榊「ヒャッ」
榊、万歳の姿勢でごくりと唾を飲む。
チェックを終えた男、頭を下げ、
男「ご案内いたします」
○辰嶋組・和室
広々とした和室に、掛け軸やら日本刀が飾られている。傍には仏壇が置かれている。
上座に座る辰嶋親分と、やや離れて向かい合うように座る東村と榊。榊は正座で畏まっている。
辰嶋「先生にはいつもお世話になっています。今日は検診のことですかな」
東村「はい。ミシマさんにぜひ受診していただきたいと思いまして」
辰嶋、東村をじっと見つめる。
辰嶋「あの子から聞きましたよ。定年だそうで」
東村「ミシマさんを診ることができる最後の機会になってしまいました」
辰嶋「そうですか――」
辰嶋、一息入れて尋ねる。
辰嶋「伺いますが、もし検診に引っかかったら、あの子はどうなりますか」
東村「チップが更生センターに送られ、必要に応じてメモリに修正がなされます」
辰嶋「修正――。それは何故でしょうか?」
東村「ロボットと人間の関係性を安全なものに保つためです」
辰嶋「安全なものねぇ――」
辰嶋、口調が砕けてフッと笑みをこぼす。唾を飲み込む榊。
辰嶋「あの子から、こんなものを渡されました」
辰嶋、懐から1枚の紙を取り出し、東村らに見せる。
榊(進路調査用紙?)
辰嶋「高校2年生ですからね。そういう時期なんでしょう。私はね、アイツに跡を継いでくれと言ったんです」
榊「(思わず)ロボットにぃ⁉︎」
ギロリと睨みつける辰嶋。失言に口につぐむ榊、慌てて目を伏せる。
辰嶋「確かにロボットだ。だが私はあの子の生まれ変わりだと思って育てている」
辰嶋、横を向く。視線の先には仏壇に10歳くらいの少女の遺影。ミシマによく似ている。
榊
榊も遺影を見て察する。
辰嶋「それでアイツ、なんて言ったと思いますか」
辰嶋、東村を見据えて、
辰嶋「ロボットを診る医者になりたいって言ったんです。大好きな先生がいるってね」
東村「……!」
辰嶋「先生にお伺いしますよ。どんな人間が医師に向いていると思いますか。よくわからない基準をクリアした優等生ですか。それとも多少感情がでこぼこしてる劣等生ですか」
東村「……難しい問題ですね」
辰嶋「違うでしょう。先生は答えを持っておられるはずだ。私と同じ答えをね」
言葉が出ない東村。
辰嶋「先生には、本当に感謝しているんですがね」
俯く東村の様子を横目で見る榊。
○帰り道(夕)
並んで歩く東村と榊。
榊「すんません。力になれなくて……」
榊にいえいえと首を振る東村。
東村「私に迷いがあるからいけないのです」
東村、立ち止まり、通りに面した運動公園のグラウンドに目をやる。
そこにはバズと向き合うようにバットを構えたミシマの姿。
ミシマ「バズ!」
バズの口が開きボールが発射される。フルスイングするが空振りのミシマ、尻餅。
東村、その様子を眺めながら、
東村「私は思うのです。ロボットが人を傷つけることがないよう検診する。ただ、それは教育という大切な機会を奪ってしまっているのではないかと」
榊「……」
東村「そもそも人間だって人を傷つけます。それなら人間にだって検査が必要でしょう」
ミシマ「バズ! もう1本!」
バズの口から再びボールが発射。空を切るバット。
ミシマ「(バズに)速いよぉ〜」
文句を言いながらどこか楽しそうなミシマ。
東村「ロボット医として長く学校に勤めてきました。私は本当に彼らの力になれたのかどうか……」
榊「……」
バットを構えるミシマ。
榊、ミシマに向かって叫ぶ。
榊「ミシマ! バットをもっと寝かせるんだ!」
ミシマ、榊の方を向くが、無視してバットを立てる。
榊「あの野郎……」
東村「詳しいのですか」
榊「野球部だったんで」
ミシマ、バズから放たれたボールにまた空振り。
東村「ミシマさん、バットを寝かせると良いそうですよ!」
ミシマ「こう?」
素直にバットを寝かせるミシマ。
面白くない表情でミシマの元に足を進める榊。
榊「違うって。もっと脇締めろ」
ミシマ「(榊を無視するように)バズ! もう1本!」
バズから放たれる球。夕暮れの空に響く、榊の「ストライク、バッターアウッ!」 ミシマの「今のはバットにかすった!」 東村の笑い声。
○学校・外観(日替わり)
○第二保健室
検査装置から突き出た接眼レンズに目を当てながらマウスをいじる東村。
レンズから目を離し、装置に接続されたチップを外す東村。バットに並んだ次のチップを手に取り、再び装置につなげる。
榊は探知機を手に、直立するロボット生徒の体にあてがっていく。
いわゆる定期検診の様子。
○第二保健室(夜)
榊、席で背伸び。時計を見ると6時半。
東村は席に座っている。
東村「お疲れ様でした」
榊「アイツ、来なかったっすね」
東村「複雑な心境です。ロボット医としては失格ですかね」
苦笑いの東村。
東村「さて。良かったらこの後いかがですか。歓迎会も兼ねて」
榊「奢ってくれるんですよね」
東村、榊に笑みを返す。
バズ、小さく吠える。
東村「(バズに)お前は飲めませんよ」
バズ、今度は大きめに吠える。
東村「?」
保健室のドアが開く。制服姿のミシマ。
東村「ミシマさん……」
驚く東村、榊。
ミシマ「部活には出てたから」
ミシマ、入室。
ミシマ「先生、座禅っていうの? 頭ん中空っぽになるって顧問から勧められたんだけど、あれって嘘だよ。全然ダメだった。人間って本当にそんなことできんの?」
榊「お前……」
ミシマ、席に座り、東村に背中を向ける。
ミシマ「いろいろ考えたんだけど、やっちゃってよ。まだ間に合うんでしょ」
東村「しかし、お父様が」
ミシマ「ちゃんと言ってきた。反対されたけど」
東村「じゃあ……」
ミシマ「――筋を通したいって言った」
ミシマを見つめる榊と東村。
ミシマ「そしたらお父さん黙っちゃって。私、抱きしめられちゃった」
東村「センターに送られることは考えなかったのですか」
ミシマ「そうなったとしても、自分で決めたことだから。後悔しない」
東村「――わかりました」
東村とミシマ、榊を見つめる。自分を場違いに感じる榊。
榊「あー……、俺は先帰りますんで」
東村「違いますよ、先生。あなたにいて欲しいんです。これからは先生が支えていかなければいけない。(ミシマに)いいですね?」
榊もミシマを見つめ返す。見つめ合う二人。
ミシマ「お願いします」
○第二保健室(続き)
検査装置に目を当てている東村。
装置に差し込まれたチップに「YUMー114106」と表示がある。
ベッドに仰向けで横たわるミシマ。目に生気はなく、天井を見つめている。
東村、レンズから目を離す。
東村の様子を見守る榊。
榊「先生……」
東村、ふうっと椅子の背もたれに体を預け、榊に微笑む。
榊「そうすか。そうっすかぁ」
バズ、小さく吠える。
榊「バズ、良かったな」
榊の肩から力が抜ける。
榊「じゃあ今回は強制送……、いえ、送りは無しってことで」
東村の表情が曇る。
バズ、大きめに吠える。
シーンとした室内。
榊、ドアを見る。閉まったままのドア。
榊「誰かいんのか?」
榊、入口に向かいドアを開ける。
そこに部活終わりのマキが立っている。
榊「うわッ」
マキと榊、互いに驚く。
榊「お前、いつからここに……?」
マキ「べ、別に盗み聞きしてたわけじゃないんです。ミシマが入っていくの見えたから……」
―ミシマが第二保健室に入室する様子をグラウンド脇で見かけるマキのカット―
マキ「あの、さっきの強制送還って、私のことじゃないですよね?」
榊、東村に向く。東村は目を合わせず俯く。
マキ「教えてください。私のことじゃないですよね⁉︎ 違いますよね⁉︎」
答えられない東村。
マキ「私、この前の野球のことがどうしても頭から離れなくて。あんなことされて、今でもすごい悔しいし、許せないし……。だから、検診に引っかかってないか不安で……」
東村「マキさん、落ち着いてください」
マキ「私なんですね……。私、何も悪いことしてないのに……!」
マキ、そのままゆっくりと装置の方に足を進める。
榊「お、おい……」
マキ「嫌。送られたくなんかない。私、今の自分がいい!」
装置の前に立つマキ。
マキ「これに記録されてるんですか」
東村「いけません」
東村、マキと装置に間に入ろうとする。
マキ「邪魔しないで!」
マキ、東村を手で払いのける。
衝撃に倒れる東村。
榊「先生!」
東村の側に駆け寄る榊。朦朧とする東村。
東村「うう……」
バットケースからバットを取り出し、振りかぶるマキ。
装置にバットを振り下ろすマキ。
激しい音を立てて壊れる装置。
榊「ああ……!」
東村「早く……、チップを……」
装置に挿入されたままのミシマのチップ。
マキ、鬼気迫る表情でバットを何回も振り下ろしている。
榊
恐怖で身動きできない榊。
東村「くっ……」
東村、うめきながら立ち上がりよろよろと装置に向かい、装置を庇うように体を被せる。
東村「いけません……」
榊「先生!」
マキ「私のせいじゃない。これは全部――」
東村にバットを振りかぶるマキ。
榊、視界のバズに気付き、何かを思いつく。
マキ「――人間のせい」
東村に振り下ろされるバット。
榊「バ、バズッ! もう一本だ!」
バズの口から放たれるボール。
マキ「キャッ!」
命中し倒れるマキ。拍子にバットが手から離れる。
榊、這うようにあたふたと装置へ。
装置からチップを引き抜くと、ミシマの元に向かう。
ミシマの頭にチップを嵌め込む榊。
榊「起きろ! 起きてくれ! 再起動だ! ミシマッ!」
榊、何度もミシマの頬を叩く。
榊の背後に影がさす。
榊、振り向くとマキが立っている。心ここに在らずのマキ。
マキ「お前、誰?」
榊「え……?」
マキ、榊を払い除ける。勢いよく壁に吹っ飛ばされる榊。
榊「いっってぇー……」
マキ「悪くない……、私は悪くない……」
マキ、虚ろな足取りで榊の前に立つ。
榊「あ、あ……」
マキ、ふと背後に気配を感じ、振り返る。
ミシマが立っている。
マキ「ミシマ、なんで……?」
ミシマ、足元に落ちているバットを拾う。
マキ「だって私悪くないじゃん」
マキに向かって中断の構えを取る。
マキ「ミシマ。悪くないって言ってよ」
ミシマ「悪いよ」
マキ、カッと鬼のような表情になり、ミシマに飛び掛かる。
マキ「じゃあ、私の敵だ!」
ミシマ「大好きな先生、傷つけた」
ミシマ、前に踏み出し、鮮やかな返し胴でマキの胴を叩く。
衝撃で吹っ飛ぶマキの体。
マキ、崩れ落ち、ピクピクと痙攣。ショートの状態で体からはプチプチと小さな火花。
榊、深い安堵の息を吐く。
ミシマ「先生!」
ミシマ、東村の側に駆け寄る。
東村「……榊先生、早くマキさんを」
榊「え? でも……」
東村「私たちの仕事は何ですか? ロボットの心と体のケアでしょう。あなたにしかできないんですよ……」
榊を見つめるミシマ。
榊「……」
榊、立ち上がってマキの元へ。マキの体を横たわらせ、手袋をつける榊。
カチャカチャと修理している榊の背中を見つめるミシマ。
額にじんわり汗を垂らす榊。
榊N「結局その時は簡単な応急処置しかできなかった」
○教室内(日替わり)
ロボット教室。授業中の風景。
ミシマ、窓際の誰も座っていない席に目をやる(マキの席)。
榊N「マキはその後、更生センターに送られ、メモリの修正がなされることになった」
○第二保健室(日替わり)
榊の他、誰もいない第二保健室。
隅に落ちているボールに気付き、拾い上げる榊。
しみじみボールを眺める榊。
榊N「幸いなことに東村先生は軽い打撲で済んだ。そして2週間後、無事定年を迎えた」
○高校・グラウンド
榊N「そしてさらに1ヶ月後――」
野球の試合中。満塁。打席に立つのはミシマ、バッターらしい構え。
真剣な表情のミシマ。
バックネット裏で見守る榊。
ピッチ「ほ〜、構えはマシになったか」
ピッチャー、振りかぶり、球が投げられる。
ミシマの頭に向かってくる球を、間一髪避けるミシマ。
ピッチャーを睨みつけるミシマ、黙ってまた構える。
榊「(ピッチャーに)ちゃんと勝負しろよ!」
ピッチャー、榊を見て舌打ち。
榊「ミシマ、もっとバット寝かせるんだ」
ミシマ、口を尖らせながらも、バットを寝かせる。
ピッチャー、思い切りよく投げる。
ど真ん中の球。空振りするミシマ。
グラウンドに響く「バッターアウト!」の声。
ピッチ「終〜了〜」
ミシマ「クソッ!」
悔しそうにバットを叩きつけるミシマ。
ミシマにかかる「ドンマイドンマイ」という声。
ミシマ、顔を上げると満面の笑みを浮かべたマキ。
マキ「ミシマさん、行こ。次の授業始まるよ」
先を行くマキの後ろ姿を見つめるミシマ。
理由のわからない感情が込み上げてきて、顔をくしゃくしゃにさせるミシマ。
それを見つめる榊、大声でエール。
榊「ミシマ! ナイススイング!」
了。