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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

校歌囲い

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 義務教育。

 字面的には、なんとも堅苦しい響きを感じさせるけれど、こいつがもたらした影響はでかいと思う。

 分野を問わず、教え込まれる根幹部分。こいつは自分の得手不得手を知るきっかけとなり、広く一般常識を伝える役割も持つ。かつて識字率の高さを驚かれたというのも、教育部分によるものが大きいだろうなあ。


 あらためて考えると、恐ろしさを感じることでもある。

 生徒に右を見ろと教え、右を見ない生徒をただすのは、教育とも呼べるし、洗脳とも呼べる。

 発酵と腐敗の違いに似て、利になるか、害になるか、いずれの結果によって呼び名が変わるだけであり、行っていることはほぼ同じかもしれないな。

 そしていざ卒業して、多くの人と意見を交わすうち、「あれ、うちの学校て、なんか変じゃね?」と思うことも、あるんじゃないか? 内にとどまっていると、その実態はつかみづらいからなあ。

 はっきりした異常でなかったとしても、個人レベルで不思議な体験をすることもある。

 私も経験があるのだけど、聞いてみないかい?


 学校において、退屈な時間はなに? と生徒に聞いた場合、つまらない授業に次いで、あるいはトップに躍り出るのが集会の時間じゃないだろうか。

 特に起き抜けの朝礼は、なかなかしんどい。まだ心身のエンジンがかかりきっていないこともあって、たいして関心を持てない話を傾聴しろというのは、辛抱たまらない人も多いだろう。

 中には熱心に聞き入る子もいるだろうが、「早く終わってくれ~」と心から願う子もいて、私なぞはその後者であった。


 なにが一番苦手なのかというと、これらの集会最後で必ず歌うことになる校歌だ。

 大勢が一丸となって、同じことを行う。これは集団を形成するにあたって、同じ仲間であることを認識する重要な儀式。

 学校において校歌はその最たる例といえ、この大人数が集まる特異な環境でもって、仲間意識を高めるためにあるのだという。

 しかし、私は自分の学校の校歌を好きになれなかったんだ。

 歌詞にあるのか、メロディにあるのか、詳しいことを語るのは難しい。ただ歌おうとしても、ものの数秒でのどにこみ上げてくるものを覚え、声を出すのがままならなくなってしまう。

 一度や二度なら、たまたまの体調不良といえなくもないけど、毎度となったら、ちょっとねえ。

 しかし同調圧力というか、なんというか。みんなが歌っている中で、ひとりだけ体調不良を訴えるのって度胸がいるもんじゃないかい?

 私はなかなかそれを言い出すことができず、歌い終わる数分の間をひたすらに耐え忍んだのだけど……半年ほどで限界を迎えた。


 もう、あのときはしんどかった。

 天と地がひっくり返るというよりも、1000回その場で回った後の、嵐の小舟に揺られているかのようだったよ。

 先生たちに言い出すより早く、私は横倒しになった。その日の集まりは体育館で、固い床と私の石頭が響きあったのか、思ったより大きな音がしたな、と感じたよ。

 意識を失うことはなかったが、あまりの気分の悪さは口も頭もろくに回してくれない。

 みんなが遠巻きに見守る中、駆けよってくれた先生の姿は認めても、まともな応対はできていなかったと思う。


 先生によって、負ぶわれた私はてっきりそのまま保健室へ連れていかれるものと考えていたよ。

 しかし、一階にあるはずの保健室へ向かうのに、先生はやたらと遠回りをした。

 いまだ目まい絶えない視界ではあったが、先生は四階建ての校舎の四階まで確かにあがったばかりか、各階の特別教室すべてをのぞき込むようなルート。

 やたらに時間を稼いでいた、としか私には思えなかったが、疑問を発するゆとりもない。

 すでに負ぶわれた私は、先生の肩に頭を預けてぐったりしているのがやっとだった。気を抜けば、胃の中のものがいつでも口の中へ満ち満ちてきただろう。


 そうしてほぼ校舎一周のツアーが終わったとき、ようやく私は保健室へ。そのベッドに寝かされることになったんだ。

 保健の先生は用事があって、この場を離れねばならないとのことで、保健室には私ひとりが残される。

 目まいは多少良くなってきたものの、まだ自力で立つには心もとない。

 やむなくベッドから保健室内をぐるっと見回してみたのだけど……気が付いたんだ。


 普段なら、中身がはっきり見えるガラス張りのガラス棚の内側に張り紙がされている。

 いや、それどころか部屋の梁あたりに、ぐるりと文字を書いた紙が広く渡されているんだ。

 その文字は、校歌の歌詞だった。

 一番から三番まである校歌が、何度も何度も繰り返され、びっしりと書き尽くされていた。いずれも手書きの墨で、だ。

 ベッドは部屋の中央。ちょうど私をびっしり取り囲む形で歌詞たちが展開していたんだよ。


 異様な状態に置かれているのに気付きながらも、何もできずにいる私。

 そのうち目まいも収まってきて、保健の先生も保健室に戻ってきてくれたんだが、そのタイミングで。

 ぽたり。

 紙から、歌詞を書きつけている墨たちが、一斉に垂れ始めたんだ。

 長く長く尾を引き、保健室の部屋を汚す墨たち。当然、紙面は黒々と汚されて、元の歌詞など読み取れはしない。

 でも、保健の先生は「どうやら、峠は越えたようだ」と胸をなでおろしていたっけ。



 私の通う学校の校歌は歌詞そのものに、特別な力があるらしい。

 現代ではほとんど日の目を見ず、それだけに出くわすとやっかいな連中。彼らがえらく嫌うものが、こっそり仕込まれているのだとか。

 私が体調を崩していたのも、そいつらに目をつけられ、取り込まれそうになっていたため。

 それに抗する準備のために、ああして時間をかけて臨んだのだそうな。

 確かにこのあと、私が校歌によって調子を崩すことはなくなったよ。

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