序章〜思いを寄せて〜
紘ノ心は、今日も歩道の端を歩いていた。
短くも、長くもない通学路。
ゆったり歩く彼の隣を、たくさんの生徒たちが通り抜けていく。
秋も終わりかけ。
冷たい空気が、心の白い頬を優しく撫でた。
耳をすませば、楽しそうな声がきこえてくる。
やれ楽しみだの、めんどくさいだの、宿題がどうだの。
そこには、どこにでもあるようないつも通りの風景があった。
「こ〜こちゃんっ!」
心の背後から、彼にとっては聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
それは、彼の幼馴染である咲花優夢から発せられたものだ。
嬉しそうにニコニコとした笑顔のまんま、早足で心の元へ駆け寄ってくる。
薄い黄色の髪を後ろで結んだ優夢からは、まさに天真爛漫、といった雰囲気が見てとれる。
優夢は心の隣までくると、心に向かって話題を振り始めた。
心から話題が振られたことが、優夢の経験上なかったからだ。
「ねぇここちゃん、今日寒いねー。手袋付けて来ればよかった」
優夢は両手にハァーと息を吹きかけると、寒そうに息のかかった手を擦り合わせる。
「……………」
その様子を横目で見ていた心は、通学用のバッグの中から暖かそうな手袋を取り出した。
「使うか?」
心が優夢にそれを差し出すと、彼女はキラキラと瞳を輝かせる。
「いいの?!」
「あぁ」
優夢は楽しそうな鼻歌を歌いながら、早速心から受け取った手袋をつけ始める。
「あったかい」
優夢が嬉しそうな笑顔を心に向ける。
「そう、それはよかった」
淡白な返事を返す心の隣を、優夢はいつもより、少しだけ距離を詰めて歩く。
「ここちゃん」
「何?」
「ううん、なんでもない」
今日もまた、いつも通りの一日が始まろうとしていた。